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第13回 年齢同一性障害

公開日:2018年9月28日 11時22分
更新日:2023年8月21日 13時02分

井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学健康医療科学部教授


私は老化が進行しているという自覚はない。視力も聴力も日常生活を送る上に支障はない。
私は自分を老人だと思っていないが、私を無理矢理老人にさせるのは外形的な遮断機である。
気分よく人生の街道を走っているのに定年、年金の支給開始、高齢者自動車免許証取得のための試験、後期高齢者医療制度への加入と、行く手を遮って年齢を確認させる。
私は精神的には老いたという感覚は全くない。
それに熟成したという自覚もないし、いつまでたっても老成などするつもりはない。
この分だと私は永遠に老人になりそうもない。
私の抱いている「自分の心は実年齢にそぐわない」という感覚は現代を生きる老人に時折みられるらしい。
そういう症状を持つ人間を年齢同一性障害者というそうである。

新潮45の今年の8月号に『嗚呼、我ら「年齢同一性障害」』という特集記事が組まれている。

年齢同一性障害とは最近の造語らしい。
Yahooで検索してみるとかなりのヒット数があるので多くの人がこの言葉を使っているらしいことが分かる。
その定義は「自分の気持ちが実年齢と一致しない、老人なのに老人たる意識が全くない」人につけられた病気らしい。
これの症候は現代の高齢者に特有で若い人にはみられないところをみると老人症候群の一種である。

その特集記事の中で1947年生まれの作家である山口文憲さんが書いている。題名は『本物の老人がいない「超高齢化社会」』である。
彼によると昔は、といってもそんな遠い昔ではなく1953年に作成された映画、小津安二郎監督の「東京物語」の頃は世間の老父像には笠智衆が演じたようなはっきりした老人の「型」があったという。
しかし平成も終わりを迎えつつある今それが典型的な老人像であると言えるようなモデルはどこにも存在しないというのだ。

確かに私の周りを見渡してもこれが現代の老人であるという典型例は見当たらない。

現代の若者の思い描く老人像はどんな姿だろうか?
私は19歳の学生たちに聞いてみた。
講義の途中で思い浮かぶ老人の名前を挙げよと言うと、「そんなことを言われてもー」といった顔をした。
突然に老人の名前をあげろと言われてすぐに思い浮かぶのは「イグチ先生」だけであるらしかった。私の思いとはうらはらに彼らは私のことを老人と思っているらしい。
私は「テレビに出ている人の中で君たちが老人と思っている人の名前を挙げろ」と言った。
学生たちはビートたけし、タモリ、明石家さんま、デヴィ夫人をあげた。
私はその返答に面食らった。
デヴィ夫人はともかく私はタモリやたけしが老人だとは思っていない。
さんまはまだ若者だと思っている。
しかし若者たちはタモリやたけしを、さんまさえ老人だと思っているのだ。

どうやら年齢同一性障害の原因は老人の自己免疫のようだ。
老人のまっただ中に入ってしまうと老人が見えなくなるのは、人間の脳が自分の脳を理解することができないのと同じ理屈である。

若者からみれば我々は心も体も十分に老人のようだ。

図:老いをみるまなざし_第12回年齢同一性障害_挿絵

(イラスト:茶畑和也)

著者

写真:筆者 井口昭久先生

井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

1943年生まれ。名古屋大学医学部卒業、名古屋大学医学部老年科教授、名古屋大学医学部附属病院長、日本老年医学会会長などを歴任、2007年より現職。名古屋大学名誉教授。

著書

「これからの老年学」(名古屋大学出版)、「やがて可笑しき老年期―ドクター井口のつぶやき」「"老い"のかたわらで ―ドクター井口のほのぼの人生」「旅の途中で」(いずれも風媒社)など著書多数

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