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第86回 田舎の葬儀は変わらない

公開日:2024年11月 8日 08時30分
更新日:2024年11月 8日 08時30分

井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学クリニック医師


朝食を終えてクリニックの診療に出かける準備をしていると、信州に住んでいる妹から義母が死亡したという電話がかかってきた。
義母は88歳である。私は80歳であるので年の差が少ない母親である。
私の実の父親は私が1歳の時に戦死しており、母は父の弟と再婚した。40年前に母が死に20年前に義父が死んだ。
義父と再婚した義母は田舎の施設に4年前より入所していた。
私はその日に予定されていたクリニックの診療を同僚にお願いして葬式のために生家へ向かった。車で2時間である。
生家に着くと東京から駆け付けた弟と葬式の準備に取り掛かった。
義母の遺体は施設から妹によって葬儀社に移されていた。
「簡単な葬儀-安い葬儀」を宣伝していた葬儀社である。
葬送の形態はこの10数年でかなりの変遷を遂げている。

最近では家族葬が半分を占めるまでになっているらしいことを新聞で知っていた。
また様々な埋葬がおこなわれるようになり、葬式に寺院が関与しなくなっているらしい。
義母は葬儀をしないようにと、遺言に残していた。
私たち兄弟はその意思を尊重してできるだけ簡素な葬送の儀で送り出そうと思っていた。
家族だけの葬儀が1日のみで完了する筈であった。
しかし葬儀社が我が家が檀家となっている菩提寺を知ってから簡単な葬式の予定は突然崩壊した。
「あのお寺の檀家だけは駄目なんです」と頑なに拒否しだしたのである。
その葬儀社は我が家の菩提寺と契約を結んでおりそのお寺の下請け仕事を取り仕切っていたのである。
葬式は寺の指図に従って行うことしかできないというのだ。
それでは昔ながらの葬送の儀を手順通りに踏んで行うことになり、手間とお金と日数が昔と同じだけかかることになる。
私たちは葬儀社だけの葬式を行うように主張した。
しかし葬儀社は翻意することはなかった。頑強にお寺の意に沿った葬式しかできないと言い張って譲らなかった。
葬儀社は寺院の権威に怯えていた。
結局、我が家がそのお寺から離れて葬式を挙げることに賛意を得ることはできなかった。
広告に出てくる、簡単な葬儀、安い葬儀は絵に描いた餅であった。
既に遺体を葬儀社に預けてしまっていた我々としては葬儀社に従うことしか選択肢はなく、結局昔ながらの寺院による葬式を挙行することになった。時間もお金も昔と変わりはなかった。
出席者は10名足らずであったが、かかったお金は500名余りが参加した父親の葬儀費用と差はなかった。

著者が小さなお葬式を想像している様子を表わす図

(イラスト:茶畑和也)

著者

写真:筆者_井口昭久先生

井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学クリニック医師

1943年生まれ。名古屋大学医学部卒業、名古屋大学医学部老年科教授、名古屋大学医学部附属病院長、日本老年医学会会長などを歴任、2024年より現職。名古屋大学名誉教授、愛知淑徳大学名誉教授。

著書

「これからの老年学」(名古屋大学出版)、「やがて可笑しき老年期―ドクター井口のつぶやき」「"老い"のかたわらで―ドクター井口のほのぼの人生」「旅の途中でードクター井口の人生いろいろ」「誰も老人を経験していない―ドクター井口のひとりごと」「<老い>という贈り物-ドクター井口の生活と意見」「老いを見るまなざし―ドクター井口のちょっと一言」(いずれも風媒社)など

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