第80回 バイデン大統領に対する高齢批判について
公開日:2024年5月10日 09時00分
更新日:2024年5月10日 09時00分
井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学クリニック医師
アメリカ大統領選挙について新聞記者の取材を受けた。バイデン大統領(81)とトランプ前大統領(77)の戦いとなっており、特にバイデン氏に対して米国内で高齢批判が高まっている。米誌ニューヨークタイムズは2020年にバイデン氏に投票した人のうち61%の人が国を引きうるには高齢過ぎると回答したという世論調査の結果を発表したそうである。
こうした議論についてどう思うかという取材であった。
アメリカは1967年にロバート・バトラーが提唱して雇用、賃金、解雇、労働条件における「雇用における年齢差別禁止法」を世界に先駆けて制定している。
そのアメリカで大統領が「高齢過ぎる」と批判している人たちが多数存在するというのは驚きである。
高齢者に対する固定観念をバイデン氏にも抱いているようである。
しかし高齢者や年を重ねることについて一般的に言われていることが科学的に検証されていることはまずない。
事実であるか事実に反しているか評価されることなく、代々引き継がれてきたに過ぎないのである。
高齢者に対するイメージの中で最も顕著なものは記憶力の低下である。バイデン氏は言い間違いなどを指摘されて記憶力の衰えが問題になっているそうだが、本当にそうだろうか。記憶力の低下は加齢による個人差が大きく、年をとっても全く低下しない人が存在することもよく知られた事実である。
また「運転免許証を返上してもおかしくない年齢の人が核兵器のボタンを押すというような究極の判断力を求められてもよいのだろうか。」
という懸念もあるそうである。
高齢になれば判断力が鈍くなるのではないかというのである。
しかしヒトの肉体的な変化をもたらす老化現象は、ホモサピエンスの精神活動を左右する脳には、それほど影響を与えないという事実を人類は古代から気がついていた。
ギリシャの哲学者であるキケロは次のように述べている。
「偉大な事業を成し遂げさせるものは、体力でもなければ肉体的な俊敏さや速度でもなく、英知や先見の明や判断力といったほかの特色なのだ。そしてそれは年寄りが持たないどころか、大いに発揮することができるのだ。」
高齢者に対する思い込みや憶測が私たちの「知」や生活という「現実」を豊かにすることはない。
高齢者の「何が問題かを見分ける能力」は若者よりも勝るのである。
(イラスト:茶畑和也)
著者
井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学クリニック医師
1943年生まれ。名古屋大学医学部卒業、名古屋大学医学部老年科教授、名古屋大学医学部附属病院長、日本老年医学会会長などを歴任、2024年より現職。名古屋大学名誉教授、愛知淑徳大学名誉教授。
著書
「これからの老年学」(名古屋大学出版)、「やがて可笑しき老年期―ドクター井口のつぶやき」「"老い"のかたわらで―ドクター井口のほのぼの人生」「旅の途中でードクター井口の人生いろいろ」「誰も老人を経験していない―ドクター井口のひとりごと」「<老い>という贈り物-ドクター井口の生活と意見」「老いを見るまなざし―ドクター井口のちょっと一言」(いずれも風媒社)など