健康長寿ネット

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第89回 同窓生

公開日:2025年2月14日 08時30分
更新日:2025年2月14日 08時30分

井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学クリニック医師


Aさんは糖尿病に精神疾患を抱えていたが、周囲の助けにより自立した生活を送っていた。
私の外来に月に1回通院していた。
ある時彼が私と同じ大学の出身であることを看護師が教えてくれた。
それまで大学での同窓生であることを知らなかったので「あなたは私の先輩だったんですね」と言うと、彼は驚いて椅子から立ち上がった。
普段は穏やかな人で、会話する時はじっくりと相手の真意を確かめてから反応する人であった。
その人が突然椅子から立ち上がるような大袈裟な動きをしたことに驚いた。
大学の同窓生であることを私に指摘されて驚いたと思ったが、彼がビックリしたのはそのことではなかった。
私に「先輩」と言われたことに驚いたのだった。
その驚きぶりから察すると、私よりも随分と年下であると思っていたようだった。まさかその私に「センパイ」と言われるとは思ってもみなかった、ということだったのだ。
彼が「先生の方が先輩ですよ」と言うのでカルテを確かめてみると彼は68歳であった。
その時私は70歳を超えていたのである。

私は70歳頃までは同年代の人を年上とみることが多かったような気がする。自分の年齢はいつも実年齢よりも若いと思い込んでいたようだ。
他人の年齢が何歳か尋ねたくなるのは自分の年齢に近い場合だ。
かけ離れた世代の年の差に注目することはない。

老人は同じ年頃の年寄りの年齢が気になって、絶えず相手の年齢を推測したり確かめたりしている。
若い人にとっては年寄りの年齢の差などには興味が無いが、当人たちにしてみれば年齢は最も分かりやすい若さの指標である。
年齢が近い人の間では1歳でさえ競争になる。
80過ぎの女性が同級生の友人を紹介するときに「生まれた年は同じだけど私より3か月も姉さんなのよ」と言ったりする。
私は、80歳を超えてからは同年配の患者が私より若く見えるようになった。
患者全員が私より年下のように思えるのだ。
外来に来る患者が麓から山の頂上へ登ってくる登山者のように見えるようになったのである。
私は山の頂上で待っている。
「よくここまで来たね」とねぎらうのが私の役目である。
「この先は気楽に行きなさいよ」と口には出さないがそう思うのである。
今日来た80歳の患者が、顔色、背筋、会話などから、60歳代に見えた。
私が年齢を聞くと「先生と同じ年だよ」と言うので「私は81だよ」と言うと「先生も60代にみえるよ」と慰めてくれた。
私が患者に慰められる年齢になったようだ。

筆者が年下の同窓生を先輩と呼び、驚いて立ち上がる同窓生の様子を表した図

(イラスト:茶畑和也)

著者

写真:筆者_井口昭久先生

井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学クリニック医師

1943年生まれ。名古屋大学医学部卒業、名古屋大学医学部老年科教授、名古屋大学医学部附属病院長、日本老年医学会会長などを歴任、2024年より現職。名古屋大学名誉教授、愛知淑徳大学名誉教授。

著書

「これからの老年学」(名古屋大学出版)、「やがて可笑しき老年期―ドクター井口のつぶやき」「"老い"のかたわらで―ドクター井口のほのぼの人生」「旅の途中でードクター井口の人生いろいろ」「誰も老人を経験していない―ドクター井口のひとりごと」「<老い>という贈り物-ドクター井口の生活と意見」「老いを見るまなざし―ドクター井口のちょっと一言」(いずれも風媒社)など

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