第52回 加齢に伴う変化には4つの条件を満たしていなければならない-進行性、普遍性、内因性、有害性-
公開日:2022年1月14日 09時00分
更新日:2023年8月21日 11時51分
井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学健康医療科学部教授
年賀状を準備するのが年々早くなった。今年は12月6日にはすべてが整って投函するだけになった。
宛名をプリントアウトし終えてから輪ゴムで留めてポストへ投函しようと思って、気が付いた。
「早すぎはしないか?」
念のためにネットで調べてみると年賀状の引き受け可能な時期は12月15日からだった。それ以前に出されたものは通常の郵便物と同じ扱いとなり投函してから2~3日程度で相手に届いてしまうことが分かった。
若い頃は年末ぎりぎりまで年賀状は書かなかった。元旦に配達される最終日は12月25日までだとはわかっていたが、30日までに投函すればなんとか元旦には届くだろうと大晦日ぎりぎりまで年賀状には手を付けなかった。
年賀状を書くのは先延ばしする癖がついていた。
それが加齢とともに早まってきた。
年賀状に限らずあらゆることに早く手を回すようになってきた。
何事によらず準備するのが早くなるのは加齢とともに進行するような気がする。
義理の母親は旅行に行く数ヶ月前から準備にとりかかり準備したことを忘れてしまうことがよくあった。
私の同僚は講演会の講師に招かれると何回でも下見をするようになったそうである。
私だけに特有な現象ではなくて加齢とともに生じる普遍的な現象ではないか。
「早くから準備をするのは加齢現象なのだろうか?」
私はStrehlerによる加齢に伴う変化の条件を思い出した。
Strehlerは加齢に伴う変化には基本的に次の4つの条件を満たしていなければならないと提案しているが、その条件に照らし合わせてみた。
1つ目の条件は進行性である。「徐々に起こるものでなければならない」としている。
年賀状を書くのは徐々に早くなったので、この項目は当てはまる。
2つ目の条件は普遍性である。「一つの種の総てのメンバーが年齢が進むにつれて徐々におこる欠損を示さなければならない」としている。
少なくとも私の身の回りの全てのメンバーに当てはまりそうである。
3つ目の条件は内因性である。「変化させうる環境要因の結果であってはならない」としているがこの項目は悩ましい。
私が年賀状を早くから準備するようになったのは、日常的に果たさなければならない仕事が少なくなってきた頃からである。環境要因の変化が関係していると思われるので内因性ではなさそうである。
4つ目の条件は有害性である。「心身に有害なものでなければならない。すなわち機能を衰退させるものでなければならない。」としている。
年賀状を早く仕上げると、私の心身は爽快になり、機能にとっては有益であるのでこの項目は全く当てはまらない。
結論として4つの条件のうち「進行性」と「普遍性」だけはかろうじて該当しそうだが「内因性」と「有害性」は当てはまらない。だから老化に伴う変化ではなさそうであった。
そして、私の得た結論は「年賀状を書くのが年々早くなるのは他にやることがなくなるからである」であった。
(イラスト:茶畑和也)
著者
井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学健康医療科学部教授
1943年生まれ。名古屋大学医学部卒業、名古屋大学医学部老年科教授、名古屋大学医学部附属病院長、日本老年医学会会長などを歴任、2007年より現職。名古屋大学名誉教授。
著書
「これからの老年学」(名古屋大学出版)、「やがて可笑しき老年期―ドクター井口のつぶやき」「"老い"のかたわらで―ドクター井口のほのぼの人生」「旅の途中でードクター井口の人生いろいろ」「誰も老人を経験していない―ドクター井口のひとりごと」「<老い>という贈り物-ドクター井口の生活と意見」(いずれも風媒社)など