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第77回 震災と在宅酸素療法

公開日:2025年4月11日 08時30分
更新日:2025年4月11日 08時30分

宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・著述業


 この3月11日で、東日本大震災から14年が経った。改めて時の経つ早さを痛感しつつ、発生直後の状況を思い出している。皆さんは、どのような思い出をお持ちだろうか。

 2011年の震災当日、私は亡き母の血液内科の受診に付き添っていた。14時46分に地震が発生した時には、すでに母の家に戻り、昼食の相談をしているところだった。

「今日も待ち時間長かったね。輝子さん、何かデリバリー頼もうか」

 疲れ果てた母にそんな声をかけた途端、大きく家が揺れ、ミシミシと家中が鳴りはじめた。

 震源地から遠い杉並区も震度5。木造の古い家は天井が一瞬菱形に見えるほどすさまじく揺れた。呼吸機能が落ちて在宅酸素療法を行っていた母は、こわがるだけで身動きできない。母に覆い被さりながら、ただただ、揺れが静まるのを待つしかなかった。

 その後、福島第一原子力発電所での大規模な事故が起こり、東京は計画停電が行われた。在宅酸素療法では、電動の酸素濃縮器が必須。それが使えなければ、外出用の携帯ボンベでつなぐしかない。

 それを見越して、お世話になっている業者が奔走してくれたのだろう。母の元にも酸素ボンベが大量に納品された。あの時の安堵感は忘れられない。

 今私が勤務する病院には、定期的に酸素ボンベが届けられる。たまたま母がお世話になっていた業者の、見慣れたトラック。その姿を見ると、今も自然に頭が下がってしまう。

 実際、東日本大震災では、4月7日の余震による停電に際し、山形で在宅酸素療法を行っている人が亡くなっている。電気が止まり、携帯用の酸素ボンベに切り替えて使えなければ、母もそうなったかもしれないのだ。

 この14年で、災害弱者の避難に関する話題も増えた。医療技術の進歩によって、多くの人が、医療処置を継続しながら生きるようになった。これは非常によい変化である反面、災害時には多くの備えを要する。母が受けた震災時の支援は、企業単位の努力の賜物だったと思う。その経験が生かされ、今では自治体も災害弱者の把握に努める。必要な支援が、速やかに届くようであってほしいと願う。

 特に気になるのは、電動の医療機器を使っている人。在宅酸素療法のみでなく、人工呼吸器が必須であれば、酸素ボンベの供給では足りず、電力がなんとしても必要になる。

 また、電動車椅子は、電気がなければ動かない。こうした停電への備えは、個人レベルでは限界がある。震災の振り返りを機に、さらに体系的な支援を考えなければならない。

 2012年の春に母が亡くなり、間もなく13年になる。徐々に症状が重くなりながらも、寿命と思える80歳まで生きてくれたのは、娘としてありがたいことであった。

 そして、それを支えてくれたあの時の業者さんたちにも、心から感謝している。

写真:著者の母親がハンドベルを演奏している写真

<近況>

 私の両親は、池上本門寺にある永代供養塔に眠っています。お墓参りに行かねばと思いつつ、もう2年ほどご無沙汰していて.......。先日春分の日に、ようやく行くことができました。

 写真は、亡くなる1年前の2011年11月、仲のいい友人たちに囲まれてステージに上がり、ハンドベルの演奏をした時のものです。酸素ボンベには、自慢のきれいなカバー。

 酸素を外せない状態にはなっていたものの、楽しみは忘れない人でした。

 この後間もなく入院し、80歳で永眠。最後まで良い人生だったね、輝子さん。

※この時期、母がインタビューに応じた記事がありました。
[吉武輝子さん]ベルを奏で「旬」の80代 (ヨミドクター、読売新聞)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)

著者

筆者_宮子あずさ氏
宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・著述業
1963年生まれ。1983年、明治大学文学部中退。1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業。1987~2009年、東京厚生年金病院勤務(内科、精神科、緩和ケア)。看護師長歴7年。在職中から大学通信教育で学び、短期大学1校、大学2校、大学院1校を卒業。経営情報学士(産能大学)、造形学士(武蔵野美術大学)、教育学修士(明星大学)を取得。2013年、東京女子医科大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。
精神科病院で働きつつ、文筆活動、講演のほか、大学・大学院での学習支援を行う。

著書

「まとめないACP 整わない現場,予測しきれない死(医学書院)、『看護師という生き方』(ちくまプリマ―新書)、『看護婦だからできること』(集英社文庫)など多数。ホームページ:ほんわか博士生活(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)

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