第73回 帰れない理由
公開日:2024年12月13日 08時30分
更新日:2024年12月13日 08時30分
宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・著述業
私が働いている病棟には、入院期間が5年を超える患者さんが何人もいる。
幻聴や妄想が常にあり、生活が脅かされている人もいれば、一見穏やかに生活している人もいて、その症状はさまざまだ。
国は精神科病院における長期入院を減らす取り組みをしており、診療報酬上の加算を設定している。5年以上入院していた患者さんをある人数退院させると、病院に大きな収入が入る。ただし、退院後3ヶ月は再入院しないという条件付きだ。
現状では、退院可能な人はなんとか帰し、これ以上帰せる人を探すのはなかなか困難。今いる人を帰すのは、かなりハードルが高い。
ある人は、とても穏やかで、なぜ入院が長くなっているのか、私などは首をかしげていた。毎日院内散歩にも出て、1人でなんでも出来る。家族との折り合いが難しいと聞いていたが、能力的には1人でも暮らせるように見えた。
ところが、ある時看護師が今後の生活の希望を聞くと、その人の表情が突然変わった。
「なんでそんなこと聞くんですか。希望は何もありません」
いつもの礼儀正しさはどこかに行き、突然シャッターが降りたように、殻に閉じこもったと、関わった看護師は話していた。
また、本人の希望もあって退院の話を進めても、うまくいかない場合もある。
ある人は高齢の親との関係が破綻。自宅に帰れる当てなく入院となった。半年ほどしたところで、本人からグループホーム入居の希望が出た。
院内のワーカーが動いて候補となるグループホームを探し、試験外泊を前に調子を崩した。うつで起きられないと言い、ナースコールで看護師を呼びつけては、「私、入院がいいんです。グループホームに行かなくちゃダメですか」の確認を繰り返す。
結局、グループホームの話は保留となった。
本来であれば、長期入院が好ましくないのは言うまでもない。長期入院は患者さんの生活能力を奪い、確実に生活の質を下げてしまう。
その一方で、病院内にいるのが安心で、刺激に弱い人もいる。退院を匂わすだけでシャッターが降りてしまう人に対して、私たちはどう関わればいいのだろう。
また、退院を希望しながら、話が具体的に進むと不安定になる人もいる。その人のペースに合わせようとするが、常に同じ所で話が止まると、どうしたものか悩んでしまう。
帰れない理由は人さまざま。そして、それが言語化できない人が、とても多い。しかしそもそも、それを冷静に言語化できるならば、そこまで病まなかったはずなのである。
<近況>
実家から持ち帰った思い出の品を、写真に撮ったりスキャナに読み込んだりして、少しずつ整理しています。これは、陶板に刷られた富士見ヶ丘幼稚園時代の写真。その幼稚園も今はありません。スクールバスに空きがなく、母が自転車に乗せて連れて行ってくれたのをよく覚えています。それにしても基本的な顔の作りって、大きく変わらないみたいですね。
著者
- 宮子 あずさ(みやこ あずさ)
- 看護師・著述業
1963年生まれ。1983年、明治大学文学部中退。1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業。1987~2009年、東京厚生年金病院勤務(内科、精神科、緩和ケア)。看護師長歴7年。在職中から大学通信教育で学び、短期大学1校、大学2校、大学院1校を卒業。経営情報学士(産能大学)、造形学士(武蔵野美術大学)、教育学修士(明星大学)を取得。2013年、東京女子医科大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。
精神科病院で働きつつ、文筆活動、講演のほか、大学・大学院での学習支援を行う。
著書
「まとめないACP 整わない現場,予測しきれない死(医学書院)、『看護師という生き方』(ちくまプリマ―新書)、『看護婦だからできること』(集英社文庫)など多数。ホームページ: