第4回 オールド・ロングステイ
公開日:2019年1月24日 11時46分
更新日:2022年11月30日 09時36分
こちらの記事は下記より転載しました。
宮子あずさ(みやこ あずさ)
看護師・東京女子医科大学大学院看護職生涯発達学分野非常勤講師
退院促進の流れの中で
私が勤務する精神科病院は、昭和2(1927)年に開院し、すでに90年以上が経過している。古い患者さんの話を聞けば、昔は牛などの家畜を飼い、患者と「看護人」(と古い患者さんは呼ぶ)で世話をしていたそうである。
このような話をする人の多くが50年を超える入院を経験し、退院すると訪問看護の指示が出る場合が多い。こうした長期入院の患者さんが退院するようになったのは、それこそ国を挙げて退院促進を進めたからである。
この先駆けとなったのは、1995年に発足した障害者施策推進本部が発表した「障害者プラン~ノーマライゼーション7か年戦略~」である。そこでは1996年度から2002年度までの7年間で、精神科医療機関の入院患者を33万人から30万人に減少させる目標が盛り込まれていた。その後もさまざまな施策が続き、最新のデータでは、入院患者は29万人台になっている。
国は長期入院の患者を退院させると報酬を出し、病院は退院促進を強力に進めていった。背景には、グループホームの力も大きい。家族との関係が切れた患者さんは、頼るといえば地域の支援者のみ。独居がむずかしい人を引き受けてくれるグループホームは、病院にとっても救世主であった。
こうして退院促進に励んだ結果、私が働く病院では、もう出せる人は出し尽くした、そんな感がある。そして、国の方針も、「ニュー・ロングステイ(=新たな長期入院)を出さない」ことに重点が移ってきた。
治療の変化、予後の違い
この病院に来て9年が経ち、古い患者さんと新しい患者さんの予後の違いを強く感じている。たとえば、強い被害妄想で親が異変に気づき、すぐに来院した場合など、薬物療法が著効を示す。
やはり、病的世界に浸る時間が長いと、影響が大きい。また、再発を繰り返すたび、到達点のレベルが下がる。だから、古い発症の患者さんに新しい薬を使っても、大きな変化は期待できない。精神疾患も身体疾患同様、「早期発見早期治療」が必要と声を大にして言いたい。
こうした治療の変化により、新たな発症の患者さんは、多くが3か月程度で退院していく。退院が早ければ、家族関係は維持されやすく、職場や学校に戻れる確率も高い。古い患者さんが、長期入院で多くを失うのとは対照的である。
治療の変化は患者さんの予後を大きく変えた。これからしばらくの間、精神科病院は、すでに出しようがないオールド・ロングステイの患者さんと、短期で出ていく新しい患者さんが混在する時期に入っているようにみえる。
今、精神科医療において最優先で行うべきことは、新しい患者さんをすっきり治すことではないか。したがって、「ニュー・ロングステイを出さない」という目標は、状況からみて妥当であると考える。
一方で、この数年、入院してくる患者さんがまた増えている。精神症状がありながらも、ギリギリ地域で暮らしていた人が、加齢とともに介護が必要になってきたのである。
オールド・ロングステイは許して欲しい
ある男性は、足が弱って歩けなくなり、最終的に入院の方向となった。精神症状はほぼ不変。ひどい妄想がありながらも、なんとか家で暮らしていたが、最後は日常生活がままならなくなった。
彼の住居はマンションタイプのグループホーム。私たちはそこに毎週訪問していた。吸いたい煙草も禁じられ、不機嫌は増強。訪問するとドアが開くうちから大声で怒鳴っており、失禁で部屋中が水浸しの日もあった。
転倒、支援者への暴力など、さまざまな事件を経て、彼はうちの病院に戻ってきた。17歳で入院し、72歳で退院。80歳を目前に、古巣への帰還である。初め退院を喜んだ彼は、今は入院を喜んでいる。
精神科の長期入院は、人権侵害との批判も強い。その懸念はあって当然であり、そうした外圧があってこそ、私たちも自らを振り返ることができる。とはいえ、それがいかに間違った仕組みであったとしても、彼はそれに沿って長年生き、年老いてしまった。
現在、何人もの古い患者さんが、年老いて、独居がままならなくなっている。彼らが希望すれば病院に戻してあげたいと思わずにいられない。実際、オールド・ロングステイの患者さんが多少増えたからといって、大勢(たいせい)は変わらないだろう。
なぜなら、新しく発症した患者さんは、速いサイクルで退院していく。そして、オールド・ロングステイの患者さん数は限られ、増えていくことはない。ニュー・ロングステイさえ出さなければ、いずれ解消する問題である。
訪問看護で関わる古い患者さんは、若い頃から病み、多くのものを失ってきた。中には中学生で発症している人もいる。
治療の手立ても少なく、偏見から家族とも切り離された。こうした患者さんが、病院に戻って最期を迎えたいなら、そのくらい叶えてあげたいと思う。
著者
宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・東京女子医科大学大学院看護職生涯発達学分野非常勤講師
1963年生まれ。1983年、明治大学文学部中退。1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業。1987~2009年、東京厚生年金病院勤務(内科、精神科、緩和ケア)。看護師長歴7年。
在職中から大学通信教育で学び、短期大学1校、大学2校、大学院1校を卒業。経営情報学士(産能大学)、造形学士(武蔵野美術大学)、教育学修士(明星大学)を取得。2013年、東京女子医科大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。
井之頭病院訪問看護室(精神科病院)で働きつつ、文筆活動、講演のほか、大学・大学院での学習支援を行う。
著書
『宮子式シンプル思考─主任看護師の役割・判断・行動1,600人の悩み解決の指針』(日総研)、『両親の送り方─死にゆく親とどうつきあうか』(さくら舎)など多数。ホームページ:
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