第56回 これからの15年
公開日:2023年7月 7日 09時00分
更新日:2023年7月 7日 09時00分
宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・著述業
母が亡くなって11年が経った。60歳の誕生日を前にして、最近よく思い出す母の言葉がある。当時母は60歳、私は28歳。すでに結婚して家を出て1年以上が経っていた。
実は母は、私たちの結婚には反対で、私はそれを押し切って結婚した。反対の理由は、一人娘の私を手放す淋しさだったと思う。いろいろ激しいやりとりもあったが、30数年が経ち、母も亡くなり、全ては過去の思い出になった。月日が経つのはほんとうにありがたいことだと感謝している。
このようないきさつがあったので、この時期まだ少し私たちは気まずく、何か用がなければ、進んで母の家には行かなかった。たまたま用があって母の家に顔を出した時、母は同世代の友人と電話中で、こんな言葉が聞こえた。
「これからの15年は、これまでの15年と全然違うわよ。私たちも年を取るし。お別れも増えるでしょう」。その時母はそのように言い、電話の向こうにいる友人も、同意しているようだった。
当時はまだ私は若く、正直言って、母の言葉はピンとこなかった。けれども、今改めて、母の言った意味がよくわかる。45歳から60歳までの15年は、まだまだ若さがある。年上の友人知人も元気で、亡くなる人は少なかった。
けれども、ここからは明らかに違う。今から15年経てば、私は75歳。自分の健康もわからなければ、年の順にお別れがくるとも限らない。
60歳になったと言うと、「人生百年時代、まだまだよ」と励ましてくれる元気な高齢者もたくさんいる。とは言え、もちろん皆がそうなるわけではない。いろいろと覚悟を始める年代のように感じている。
15年と言えば、2009年4月から今働いている精神科病院に来て、15年目に入った。昨年まで働いていた訪問看護室は、高齢の利用者が多く、今は病院や施設で暮らす人もいる。入院中の人とは院内で顔を合わせるが、めっきり弱り、老いを感じさせられることが多い。
入院中の患者のなかに、14歳で発病し、70代半ばになる女性がいる。親がいる間は自宅で暮らしていたが、両親が亡くなり、一人暮らしになった。病状が悪いと被害妄想がひどく、家に人を入れなくなる。訪問看護に行っても入れてもらえず、困り果てたことが何度もあった。
その人も、70代になってから身体の病気が重なり、一人暮らしが難しくなった。それでも入院は嫌だというので、病院近くのアパートに住み、ヘルパーの支援を受けた。これで数年がんばったが、いよいよ歩行も難しくなり、今は入院中である。
印象的だったのは、年を重ね、人の手を借りて生きるようになるにつれて、被害妄想が落ち着いたことだ。全員ではないが、激しい精神症状は、年を重ねるほどに穏やかになる人も少なくない。いわゆる晩期寛解といわれる、精神疾患に特徴的な経過である。
入院し、車椅子で売店に来る女性と、時々会う。私を見ると、うれしそうに手を振ってくれる。ドアを開けず、息を潜められた昔を思うと、大きな変化である。
病院より地域、という価値観に照らせば、無念の退却になるのかもしれない。けれども、穏やかに暮らす女性を見ていると、これはこれでよかった。そのような気持ちにもなるのである。
振り返ると、私は60代初めから70代半ばまでの女性と関わっていることになる。この先15年経った時を思うと、確かに、これまでの年月とは全く異なる下降線になるのは間違いない。改めて、母の言葉を思い出す。
けれども、その15年は、確かに生きられた15年であり、ただただ老いるばかりではない。病みながら、老いながら、生きていくということ。さまざまな年代の人と関わり、生死を見ているからこそ、そんな気持ちもわいてくる。
この仕事を続けつつ、還暦を迎えられるのは、本当に意味深いことだと感謝している。
<私の近況>
6月は2日が結婚記念日、30日が私の誕生日と、記念日が多い月なのです。私が結婚したのは1990年。当時住んでいたアパートの前で、私の愛車(オートバイ)と撮った写真を見てやってください。近くの教会で式を挙げたので、アパートと教会を、この格好で往復しました。もう1枚は、両親が結婚した時の写真。私が1963年生まれなので、その前と言うことしかわかりません。先日母の遺品を整理し、見つけました。我が両親ながら、なかなかの美男美女だと思います。
著者
- 宮子 あずさ(みやこ あずさ)
- 看護師・著述業
1963年生まれ。1983年、明治大学文学部中退。1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業。1987~2009年、東京厚生年金病院勤務(内科、精神科、緩和ケア)。看護師長歴7年。在職中から大学通信教育で学び、短期大学1校、大学2校、大学院1校を卒業。経営情報学士(産能大学)、造形学士(武蔵野美術大学)、教育学修士(明星大学)を取得。2013年、東京女子医科大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。
精神科病院で働きつつ、文筆活動、講演のほか、大学・大学院での学習支援を行う。
著書
「まとめないACP 整わない現場,予測しきれない死(医学書院)、『看護師という生き方』(ちくまプリマ―新書)、『看護婦だからできること』(集英社文庫)など多数。ホームページ: