第45回 ベッドと布団
公開日:2022年8月12日 09時00分
更新日:2022年8月12日 09時00分
宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・著述業
自宅で過ごす高齢者にとって、何が恐いかといえば転倒である。身近なところでも、父は肝臓がんで療養中のところ、自宅で転倒。腰椎を圧迫骨折して寝ついたのが命取りとなり、誤嚥性肺炎で急変して亡くなった。
このほかにも、入浴中に脱衣所で転倒して頭を打ち、急性硬膜下血腫で亡くなった人、布団から起きようとして布団に足を取られて転び、骨折した人。看護師として関わった患者さんにも、そのようなアクシデントが起きていた。
高齢者の転倒が起きる場所としては、自宅が多い点に注意してほしい。理由としては、外出時の方が気を使うこともあろう。また、すでに行動範囲が狭まり、自宅で過ごす時間が長いことも、室内での転倒が多い理由と考えられる。
ちょっとした段差が危ないとも聞く。足が思うように上がらず、つまずきやすくなっているからだ。
最近病棟で久しぶりに働き、改めて高齢者の動きを見て、いろいろ考えることがある。ベッドに戻って横になる時、とても危ない動きをする人がいる。
具体的には、いきなりベッドに手を置いてベッドの上に膝を突き、四つん這いになってベッドの上を移動する。そしてそれから、仰向けになるのだが、思った位置に寝るのがなかなか苦労なのだ。
一度やってみてほしいのだが、多くの人がまずベッドに腰掛け、仰向けになるように動くのではないか。その方がはるかに楽で、自分が寝たい位置に体を動かすことができる。
ではなぜベッドに手をついて四つん這いになるのかと言えば、恐らく入院前は布団で寝ていたのではないだろうか。これは布団であれば、誰もがとる動きであり、理にかなっていると思う。
もう一つ考えられるのは、体力が弱り、全身を使わないとベッドに寝られない場合である。体力がある時は、ベッドに座ってから寝ていた人が、弱ってくると、ベッドに手をつき、這い上がるようになる。
ベッドに慣れていないにせよ、体力が弱ったにせよ、いずれの場合も、ベッドに上がる時、ベッドから降りる時、転倒・転落には要注意である。
このように、ベッドも慣れないと危ない面もあるのだが、高齢者にとってベッドのメリットは大きい。以下、そのメリットを挙げてみる。
- 布団の上げ下げをしなくて済む。
- 散らかっても、寝る所だけは確保できる。
- 布団を床に敷く万年床よりは衛生的。
- 布団よりも立ち上がりやすい。
- 寝ついた時、介護を受けやすい。
- 病院や施設はベッドなので、慣れておいた方が良い。
おそらく時代が降るほどベッドで寝る人は増え、わざわざこのようなことを書く必要もなくなってくる気はする。しかし現在のところはまだ、布団で生活する人も決して少なくない。
布団のデメリットとしては、初めに書いたように、立ち上がりの際の危険がある。布団に足を取られての転倒は、意外によく聞く話なのだ。
布団で寝るのであれば、なるべくはだけやすく、足に絡まないことにも注意して、寝具を選んでほしい。
居住スペースの問題もあり、すべての人にベッドを、と言うのは乱暴だろう。しかし、老いへの備えというなら、やはりベッドへの転換はおすすめしたい。
できれば物の片付けとセットで。そのためには、体力があるうちに取り掛かるのが良い。布団を続けるか。ベッドに替えるか。考えどころである。
慣れた生活を変えるのは、心理的にも負担が大きい。周囲の人も、ぜひ支援してあげて欲しい。
著者
- 宮子 あずさ(みやこ あずさ)
- 看護師・著述業
1963年生まれ。1983年、明治大学文学部中退。1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業。1987~2009年、東京厚生年金病院勤務(内科、精神科、緩和ケア)。看護師長歴7年。在職中から大学通信教育で学び、短期大学1校、大学2校、大学院1校を卒業。経営情報学士(産能大学)、造形学士(武蔵野美術大学)、教育学修士(明星大学)を取得。2013年、東京女子医科大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。
精神科病院で働きつつ、文筆活動、講演のほか、大学・大学院での学習支援を行う。
著書
「まとめないACP 整わない現場,予測しきれない死(医学書院)、『看護師という生き方』(ちくまプリマ―新書)、『看護婦だからできること』(集英社文庫)など多数。ホームページ: