第47回 受診の苦労
公開日:2022年10月14日 09時00分
更新日:2022年10月14日 09時00分
宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・著述業
今働いている精神科病院は、勤務している医師のほとんどが精神科医。身体疾患の合併に備え、内科医が2名と、歯科医が1名勤務し、外勤の皮膚科医が週に1回病棟の診察に回る。
今となっては当たり前の話なのだが、精神科病院に転職して一番驚いたのは、病院内でこれ以外の診療科を受診できないことだった。
ここに来る前、働いていた病院は、内科系、外科系の様々な診療科がある、いわゆる総合病院。精神科病棟に入院している患者さんが腰痛を訴えれば院内の整形外科を受診できた。
入院中の患者さんが苦労して外のクリニックに行くのを見て、改めて、以前の環境がいかに恵まれ、特異であったかわかったのだった。
例えばある患者さんは、軽い白内障のため、眼科のクリニックに通院が必要。半年に1回病院近くのクリニックに通院している。通常の会話は十分可能だが、新たなことを覚えるのが難しく、簡単な手続きも聞きながらでないとできない。
この患者さんの受診には、必ず日勤の看護師が1人付き添っている。本人は「1人で行けるのに」と不満顔で、私もこのくらいなら1人で受診できるのではないかと感じていた。
しかし、病院のルールでは、入院中の患者さんのクリニック受診は、全て看護師が付き添わねばならない。ごくわずかな例外は、退院間近で、退院後もそのクリニックに通院する人。その場合も、自分で全てできる人でないと許可が出ない。
確かに、入院中の受診は病院が全面的に責任を負うので、クリニックの業務に支障が出ないよう配慮するのは仕方がない。
さらに、色々面倒な手順もある。まず、受診の期間が空いていれば、主治医が最新の状況を知らせる診療情報提供書が必要になる。また、保険診療に関連した手続きを病院が求められる場合もある。
けれども、このあたりだけ看護師が支援すれば、1人で受診し、後はクリニックの人に尋ねながらでも、受診できる人もいるように感じた。
このように私が思うのも、訪問看護の利用者さんは、かなり理解力に難があっても、行きたい時に行きたいクリニックを受診していたからだ。確かに、問題を起こした人もいる。
例えば、ある利用者の男性は、常に幻聴と対話しており、外出中もそれは変わらなかった。どうもその幻聴が女性看護師について何か言ったらしく、彼女に求婚するようになった。
最終的には出入り禁止となり、処方を受けていた降圧剤がストップ。訪問看護の際、血圧が高いことから通院を中断していることに看護師が気づいたのだった。
この時は精神症状も悪かったため、いったん入院が決まった。退院後は精神科で降圧剤ももらうようになったが、その後も眼科や整形外科など、通院しているようだった。
このような経験があるので、私は「この人なら自分で受診ができる」と判断するレベルが、かなり低いと自覚した。そして、入院というのは、安全は守られるけれども、不自由なものだと改めて思ったのだった。
ここまで読んで、「そんなに迷惑をかける人を受診させないでほしい」と感じる方もいらっしゃると思う。例えば、待たされると爆発する人、受診前後の手続きがわからず何度も確認する人、誰彼かまわず話しかける人.........。
クリニックなどには、いろいろな人がいる。しかし、しかし、そのような人が皆精神科医療の適応になるとは限らない。
また、高齢や様々な理由から、通院が難しい人がいるのも確かである。その場合取れる方法は訪問診療とガイドヘルパーによる通院支援。訪問看護の利用者さんも、これらの支援に助けられている人もいた。
入院中も、在宅でも、他科受診はしばしば困難な問題を生んでいる。安易な受診を諌(いさ)める向きもあるが、必要な受診もしにくい現実がある。こうした問題に目を向けていきたいと改めて思っている。
著者
- 宮子 あずさ(みやこ あずさ)
- 看護師・著述業
1963年生まれ。1983年、明治大学文学部中退。1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業。1987~2009年、東京厚生年金病院勤務(内科、精神科、緩和ケア)。看護師長歴7年。在職中から大学通信教育で学び、短期大学1校、大学2校、大学院1校を卒業。経営情報学士(産能大学)、造形学士(武蔵野美術大学)、教育学修士(明星大学)を取得。2013年、東京女子医科大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。
精神科病院で働きつつ、文筆活動、講演のほか、大学・大学院での学習支援を行う。
著書
「まとめないACP 整わない現場,予測しきれない死(医学書院)、『看護師という生き方』(ちくまプリマ―新書)、『看護婦だからできること』(集英社文庫)など多数。ホームページ: