健康長寿ネット

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第33回 洗髪の効用

公開日:2021年8月13日 09時00分
更新日:2021年8月13日 09時00分

宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・著述業


 親しい人がうつになり、かなり長引いている。元は元気だった80代女性。最初不調と聞いてからすでに1年近く。食欲不振、のどの違和感など、身体不調の訴えから始まる、典型的な高齢者のうつの経過をたどってきた。

 早期から心療内科に通い、眠剤と抗うつ剤を内服。その甲斐あって不眠はなく、食事も摂れている。今は低値安定といった具合で、億劫感と予期不安が目立つ。やればできることをできるか心配で、結局やらない。結局寝ている時間が長く、1日を無為に過ごしてしまう。

 同居の家族からは、精神科の看護師ということでアドバイスを求められるが、膠着状態の現状では、画期的な提案もない。「起きていなければと思うんだけど、寝ている方が楽で.....」と淡々と語る女性に、ため息をつく家族にも疲労の色が濃くなってきた。

 精神科で働いていると、こうした患者さん、ご家族に、本当によくお目にかかる。高齢者のうつは、体調の波にも左右され、若い時とは異なる深刻な問題も生じやすい。薬物療法の効果はあるものの、さまざまなマイナス要因が足を引っ張り、長引く場合も少なくない。

 こうした時、患者さんも家族も、私たち医療者に、回復を請け負う魔法の言葉を求めている。「〇〇すれば治ります」「あと〇週間で治ります」。それを言ってあげられれば良いのだが、そういかないのが、病気の難しさである。

 親しい人の家を訪れた時も、似たような光景が繰り返される。「気長にやりましょう」「必ず治るはず」。言えるのは、気休め程度の言葉。当然、こんな言葉は、みな聞き飽きている。

 無力感を感じつつ、私がこの日提案したのは、洗髪だった。だんだん身仕舞いがだらしなくなっているのが気になり、特に髪はかなり油っぽくなっていた。

 聞けば、入浴は毎日するが、洗髪する気にはなれないという。最後に洗髪してから、優に半年は過ぎている。「転ぶのではないか」「疲れるのではないか」と予期不安が強く、結局湯船につかって身体をこする程度で、出てくるそうだ。

 今日の今日では無理というので、一週間後に再訪し、洗面台で洗髪すると決めた。そして先日その約束を果たし、髪は見事にきれいになった!

 いざ洗ってもらうと決めれば、本人に迷いはなく、私が洗髪する間、いつもより話もできた。秋から洗っておらず、暑くなってからはとても気持ちが悪かったこと。洗髪をしなければとずっと気になり、それもつらかったこと......。

 洗髪という動作自体は、やろうと思えばできる動作。本人もそれをわかりながら、やらなければと思い悩み、結局やれずに思い悩み続ける。まさにうつの心理状態だと感じた。

 洗髪をしたことで、思い悩むことがひとつなくなり、さっぱりした感覚も持てた。本人にとってよかったのはもちろんだが、家族も私も、久々に達成感を共有した。これも、大事な成果だったと思う。

 私はこれまでの経験から、手詰まりな時は、入浴、洗髪、爪切りなど、身体をきれいにする支援をするよう心がけている。もちろん無理にとはいわない。でも、できるだけすすめる。

 身体をきれいにすると、さっぱりして、見た目も整う。それはその人の尊厳を守ることに通ずる、社会的かつ精神的な支援にもなるのである。

 次回の洗髪が、自分でできるようになればと願いつつ、「汚れたらまた洗いましょう」と声をかけ、この日は家を出た。

写真:筆者の愛猫もふこの家での様子と訪問看護での洗髪に使用した使い捨てケープの様子を表わす写真。
<私の近況>
暑い日の訪問看護は、電動自転車の移動で疲労困憊。でも、かわいい愛猫・もふこが待っているのを見ると、疲れも吹き飛ぶのでした。こうやって、階段の上から呼ぶのが、もふこ流。相変わらず、一度滑った階段は、降りてきません。
洗面台での洗髪には、写真の髪染め用使い捨てケープを使いました。乾かせば複数回使えそうです。買った時は、3枚合わせてたたまれていたので、使いやすいように、1枚ずつたたんで入れ直しました。こんな準備をしておくのも、手早く終えるコツです。

著者

筆者_宮子あずさ氏
宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・著述業
1963年生まれ。1983年、明治大学文学部中退。1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業。1987~2009年、東京厚生年金病院勤務(内科、精神科、緩和ケア)。看護師長歴7年。在職中から大学通信教育で学び、短期大学1校、大学2校、大学院1校を卒業。経営情報学士(産能大学)、造形学士(武蔵野美術大学)、教育学修士(明星大学)を取得。2013年、東京女子医科大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。
精神科病院で働きつつ、文筆活動、講演のほか、大学・大学院での学習支援を行う。

著書

『宮子式シンプル思考─主任看護師の役割・判断・行動1,600人の悩み解決の指針』(日総研)、『両親の送り方─死にゆく親とどうつきあうか』(さくら舎)など多数。ホームページ:ほんわか博士生活(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)

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