高齢者における健康の社会的決定要因
公開日:2016年7月25日 12時00分
更新日:2019年10月17日 10時16分
厚生労働省は、2012年に国民の健康づくりの基本方針となる「健康日本21(第二次)」を発表しました。ここでは、高齢者の健康寿命を延ばすとともに、地域や社会経済状況の違いによる集団間での「健康格差の縮小」が目標とされています。この施策の取り組み期間は、平成25年からの10年間と定められています1)。
この方針ではさらに、栄養、運動、休養面などでも「健康的な生活習慣の確立」といった、個人の取り組みを中心とした施策が掲げられています。さらに、地域性や年代などによって起こり得る「健康格差是正」にむけた社会環境の整備にも着目している点で、画期的なものとなりました。
国が「健康日本21」という健康づくりの基本方針を策定した背景として、
- 疾病の一次予防の重要性が再認識され、早世(早死)や要介護状態を減少させ、健康寿命の延伸等を図っていくことが重視された
- 平成7年に成立した「地方分権推進法」により、健康に関する様々な施策が、地方自治体主体で検討、実行されるようになったこと
などが関係しています2)。
しかし実際は、高度経済成長期以前と比べると、地域における住民の社会活動への参加が希薄になり、人とのつながりに豊かさが無くなってきています。これが、現在の高齢者の健康にも、何らかの影響を及ぼしていると考えられています。
人との繋がりの豊かさが健康に影響を及ぼす
近年、日本だけではなく、諸外国においても、「社会的な健康決定要因の関与」についての研究がなされています。また、疫学的な視点からの「社会疫学」という分野も、発展がみられています。その一方で、人々は「根拠に基づく保健政策」を求めるようになりました。
こうした背景があり、世界保健機関(WHO)は1998年、「The solid facts」というタイトルで、健康の社会的決定要因についての根拠をまとめた出版物を発表しました。その後もこの分野での研究は著しい発展をみせ、新しい多くのエビデンスが蓄積されつつあります。
人々が「健康」と「社会的な要因」に関心をもつようになり、蓄積された多くのエビデンスを元に作成されたのが「健康日本21」です。現在は第2次になっていますが、この中では、高齢者の健康づくりの目標として、
- 健康寿命の更なる延伸
- 生活の質の向上
- 健康格差の縮小
- 社会参加や社会貢献
などが重視されています。特に、健康度が高くなっている高齢者については、就労や社会参加を促進する必要があり、その一方で、健康度が低くなりがちな高齢者に対しては、虚弱化の予防などを、課題として挙げています(図)。
具体的には、高齢者が健康な生活を送るための環境整備にむけた指標として、「就業または何らかの地域活動をする高齢者の割合を増やすこと」が掲げられています3)。就業または何らかの地域活動を高齢者に促すことで、人との繋がりをつくりあげ、それをさらに豊かにしていくことで、より健康的な生活が送れるような社会環境を、構築していくという方針です。
高齢期に至るまでの「経緯」が健康に影響を及ぼすのか
日本では、1961年から「国民皆保険制度」がスタートし、日本全国どこへ行っても、健康保険で受けられる治療内容であれば、誰でも公平に医療を受けることができる国です。しかしながら、必ずしも「誰でもが平等に健康を維持できる」わけではありません。そこには健康に対する格差が生じています。
例えば、教育年収や所得により、健康度の自己評価や、精神健康度の評価に大きな差があることがわかってきました。さらに、個人の社会的な階層だけではなく、「地域における収入格差」もあることから、そこで生活する高齢者の健康に、影響を与えていることが明らかになっています。
海外の研究ではありますが、どのような社会だとしても、その最下層部に近いほど平均余命は短くなり、多くの病気にかかりやすい傾向があります。さらに、社会の最下層部に位置する人々は最上層部に属する人々に比べて重い病気にかかったり、早死にする割合は、少なくとも2倍に達するということです。
またこれは、社会全体に見られることで、貧困層に限ったことではありません。例えば、優秀な会社で働いている者であっても最下層部に位置していればその会社の中層部、上層部に位置する者よりも、肉体的、精神的な観点から、何らかの病気にかかりやすい、ということなのです4)。
高齢者になるまでの生活環境や経歴が、高齢者の健康に及ぼす影響について、日本での研究事例はほとんどありません。欧米での研究では、35歳以前およびそれ以降に引き続き、経済的な困窮を経験するか否かで、高齢者になった時に身体機能に障害をもつ可能性が、高くなる傾向がある、というものがあります5)。
日本で研究した場合、この「35歳」という年齢が変わってくる可能性はありますが、いずれにしても、社会的な格差により「差別を受ける側」だった経験がある人では、高齢者になった時の健康度に影響を及ぼす可能性があると考えられています。
参考文献
- Kahn, J.R. and Pealin, I.I. (2006) "Financial strain over life course and health among older adults", Journal of Health and Social Behavior, Vol. 47, pp17-31.