全世代参加型のごちゃまぜのまちづくり(栃木県大田原市 一般社団法人えんがお)
公開日:2023年7月14日 09時00分
更新日:2024年8月13日 14時41分
こちらの記事は下記より転載しました。
全世代がごちゃまぜにつながるまち
栃木県北部に位置する大田原市。山の手地区寺町通りにある元酒屋のガラス戸を開けると、年配の方が楽しくおしゃべりする姿。その横にはディスカッションする若者たちや犬猫がくつろぐ姿も見える。駄菓子の棚の前には春休み中の小学生たち。昭和の懐かしい雰囲気が漂う空間だ。
ここは
(以下、えんがお)が運営する地域サロンである(写真1)。高齢者が気軽に訪れることができる居場所として空き店舗を借り受け、大田原商工会議所と立ち上げた施設だ。1階には地域サロンとフリースクール、2階には学生向けの勉強スペース。一日中1人で過ごす高齢者の居場所づくりと、勉強場所に困っている学生の双方のニーズに応えることで、自然に多世代間交流ができる空間となっている。さらに、地域サロンから徒歩2分圏内にある空き家を活用し、地域食堂、無料宿泊所、シェアハウス、障害者向けグループホーム、学童保育を運営。年齢・障害の有無にかかわらず、全世代がごちゃまぜにつながるまちをめざしている。
1週間に1回、電話でもいいから誰かと話がしたい
えんがお代表の濱野将行さん(32)(写真2)は、法人設立のきっかけをこう話す。「あるおばあちゃんの『1週間に1回、電話でもいいから誰かと話がしたい』という言葉に強い衝撃を受けました。会話がなくひとりぼっちでいる高齢者の孤立をどうにかしたいと思ったのです」
国際医療福祉大学の作業療法学科で学んだ濱野さんは、在学中に東日本大震災の被災地支援や国際ボランティアを経験している。ボランティアの中で出会ったのが、「社会課題を解決し、自分たちの手でよりよい社会をつくる」と熱意あふれる先輩たちだった。
濱野さんは大学卒業後、高齢者施設の作業療法士として勤める中で、介護保険制度の中でしか高齢者へアプローチできない自分に苛立ちを覚えたという。さらに、仕事の傍らで行っていた地域と高齢者をつなぐボランティアでは「高齢者の孤立」の問題に直面した。
「例えば、制度の中では骨折や認知症になってからリハビリを行います。そもそも骨折する前、認知症になる前に、高齢の方はひとりぼっちの時間が長すぎます。家に閉じこもりがちで運動をしないから、筋力が衰え骨折もしやすく、認知症にもなりやすい。そうなってからアプローチするのではなく、その前の孤独な時間に手を差し伸べる人がいてもいいのではないか」
2017年、濱野さん25歳の時、施設に週4日勤務しながら、残りの3日でえんがおを立ち上げた。立ち上げメンバーは、大学の後輩でボランティア仲間の門間大輝さんと小林千恵さん。事業が軌道に乗った1年後には濱野さんは高齢者施設を退職し、えんがおの専任となった。2022年からは新卒メンバーの長谷川翔一さんが加わり、現在は4名のスタッフで運営している(写真2)。
さらに活動を後押するのが70名を超える「えんがおサポーター」と呼ばれる学生さんたち。80名にのぼる個人会員や賛助会員、地域企業にも支えられ、事業展開から7年目を迎えた。
居場所・役割があることが一番の介護予防
えんがおは「誰もがつながりを感じられる社会」をビジョンに掲げ、「高齢者の孤立の予防と解消」の社会課題と向き合っている。特筆すべきは、その活動に若者が関わり、共に成長していく機会をつくっていることだ。「若者の力を活かした高齢者の孤立の解消」と濱野さんはいう。
最初に始めた事業は、現在も根幹事業と位置づけている生活支援事業である。介護保険制度対象外の生活支援サービスで、いわゆる「高齢者向け便利屋サービス」だ。生活支援はスタッフが対応するが、学生や若者に同行してもらうことがポイントとなる。スタッフが生活支援をしている間、若者には高齢者の話し相手になってもらい、その方の特技や強みを引き出してもらう。
「私自身が『支援するとされる』の関係にあまりワクワクしません。ある場面では支援するとされるの関係が入れ替わることが大事です。人にはそれぞれ強みがあります。例えば、電球交換はできないけれど、料理が得意だから地域食堂で手料理をふるまう。出会った高齢者をいかに『地域のプレイヤー』に変えるかが重要です。本当の意味での介護予防とは、居場所づくりだと思っています。居場所というのはひも解いていくと役割があることです。地域サロンに来た人を"お客さん"にするのではなく、お掃除当番や段ボールつぶしなど、できることをできる範囲でしてもらう。この場所で必要とされてるから頑張らなきゃという張り合いがあること、居場所・役割があることが一番の介護予防だと思っています」と濱野さんの言葉に力が入る。
取材に伺った日、地域サロンでは80代の安田さんと鈴木さんが美味しいお茶をいれて応対してくれた。オープンを控えた学童保育に設置する足湯の建設現場では、手すりを付ける位置を決める際、安田さんと鈴木さんが利用者モニターとして大活躍。「本当にいい仕事をしてくださるんです」と濱野さんは目を細めた。
徒歩2分圏内に7軒の空き家を活用したまちづくり
徒歩2分圏内に散りばめられたえんがおの施設(図)。寺町通りに面した地域サロンの向かいには地域食堂がある。「週に1度くらいはみんなでご飯を食べましょう」と地域の人が集まり、昼食・夕食を共にしている(写真3)。「ばあちゃんの手料理食堂」も開催しており、70~80代の女性たちが「けんちんうどん」や「ホッケ定食」など、それぞれの手料理でもてなす(写真4)。キッチンが空いている日は「シェアキッチン」として貸し出しも行っている。
1本路地を入った場所にある無料宿泊所は、遠方から見学に訪れる人のための宿泊施設だ。その程近くにソーシャルシェアハウスがある。地域活動へ意欲を持つ若者に、相場より低い家賃で住まいを提供することにより地域活動に参加してもらうというコンセプト。また、家庭の事情等から自宅で過ごすことができない若者が安心して"逃げられる場所"としても開放している。
さらに道を進むと見えてくるのが、"地域開放型"の障害者向けグループホームの男性棟と女性棟。地域開放型としている理由を、「知的・精神障害を持った方は、長い間、地域と関わることなく分断されてきた実情があります」と濱野さんはいう。グループホームの入居者は、日常的に地域食堂で地域の人とご飯を食べ、地域サロンでは学生や若者と交流する。知的・精神障害を持った方が"地域の中で暮らす"グループホームだ。
寺町通りに戻り見えてくるのが、2023年4月オープンの学童保育。小学生たちの「放課後の居場所」だ。コンセプトは、子どもたちが室内で遊ぶだけでなく、地域の人と子どもが自然に関わる"地域開放型"の学童保育。地域に開放する象徴として設けたのが、通りから見える場所に設置した「足湯」である(写真5)。足湯は小学生や保護者のほか、地域の誰もが利用できる。
7つの施設を結ぶ道の途中には子どもの広場があり、ここが子どもたちの遊び場となる。「学童保育に通う子どもたちが地域の真ん中を歩いて広場にいく。高齢化が進む地域に子どもの声が響き渡ります」と濱野さん。
笑顔のあるところに人は集まる
地域づくりを仕事にするにあたり一番に意識したのは、「たくさんの人を巻き込むこと」だという。例えば、7軒の施設のうち2軒の建物は地域の人からの寄付である。他の5軒についても「こういう施設をつくりたい」という構想の段階から地域の人に相談し、紹介を経て賃貸契約を結んでいる。オープン前から地域の人に関わってもらい一緒につくり上げることで、地域の人が「仲間」となり、強力な「応援者」となる。そして、お祭りなどの地域イベントには、スタッフが若者の担い手として参加し、大いに楽しむそうだ。
「人が集まっている団体とそうでない団体を考えた時に、『活動している本人が楽しんでいること』が重要だと気がつきました。『人のために』はもちろん大事ですが、その前に自分たちが楽しんで幸せでいることが、遠いように見えて実は人を巻き込むうえで重要で、ゆくゆくは地域の人の幸せにつながります」と濱野さんはきっぱり。
学生サポーターの皆さんに話を聞くと、「ここは居心地がいいし、何よりも楽しい」と笑顔が返ってきた。笑顔のあるところに人は集まる。法人名の「えんがお」の名前の由来になった「笑顔」と「えんがわ」。その名の通り、えんがおは「笑顔の集まる地域の縁側」のような存在だ。
地域づくりをビジネスにする
2021年出版の『ごちゃまぜで社会は変えられる』(濱野将行著、クリエイツかもがわ)には、えんがお流「地域づくりとビジネス」の詳細が記されている。社会課題の解決をめざしたソーシャルビジネスは収益を上げるのが難しいといわれる中、えんがおは第6期も黒字で終えたという。
「福祉事業のグループホームなどは黒字ですが、一方で、生活支援事業はなかなか黒字になる事業ではありません。しかし、孤立している高齢者の生活支援は私たちが一番やりたいことなので今後も続けていきます。だたそれだけでは収益は上げられないので、収益のメインになる事業とやりたい事業を分けることが経営において重要だと思います」
改めて、濱野さんに地域づくりに向き合う皆さんへメッセージをお願いすると、「まずは自分たちが楽しむことが前提です。そのうえで誰が何を求めているのか、誰が喜ぶのかを見極めて、ニーズをベースにして動くことも重要なことです。そうすると事業を始めた瞬間から成果が得られやすい。まちづくりには余白も大事です。100点でなくてもいい余裕・余白が人を惹きつけます。皆がリラックスできる居場所には少々のダサさ、ゆるさが必要だと思います」。
「俺たちの小さい頃にも、えんがおがあったらよかったね」--最近スタッフの皆さんがこんな言葉を口にするそうだ。「自分たちがほしかったものをつくっていることが私たちの誇りです」
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