農業を通じた村おこし高齢者の知恵と経験を活かす(岐阜県加茂郡東白川村)
公開日:2018年11月13日 10時38分
更新日:2019年2月 1日 15時28分
「農業で村を元気に」高齢農家が立ち上がる
岐阜県美濃地方の最東端、標高1,000メートル級の山々に囲まれた山間部に東白川村は位置する。「神道の村」として知られる同地では、1868年(明治元年)に廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)が行われて以降、いまだに寺は存在しない。人口は約2,500人、高齢化率は37.8%(2011年12月末時点)と、同年の全国平均の23.3%を大きく上回る。他の地方と同様に少子高齢化、人口流出といった課題を抱えている。
そんな東白川村で、「農業で村を元気に」をスローガンに結成されたのが「てんとうむしガーデン組合」(以下、組合)である。2000年、過疎化が進む村を守ろうと、地域の高齢者が立ち上がった。当時の組合長(現・顧問)である松岡勝さん(80歳)(写真1)は、「地方で仕事も少なく、若い人たちはどんどん村を離れていく。村の活気がなくなっていく中で、私の周りの高齢農家の多くが『何とかしなきゃならん』という気持ちを持っていました。それならば、私たち高齢者が村おこしのために、何かできることをまずやってみようと、活動を始めたのです」と結成までの経緯を話す。
松岡さんの呼びかけに数十人が集まり、活動開始時には57人が集まった。その中には農業未経験者や女性もおり、その人たちに農業に携わってもらいながら、村おこしの方策を模索していた。また当時は、まとまった資本がなかったものの、全員がボランティアで活動し、松岡さんらが活動費を捻出しながら、やりくりをしていた。
「本当に周りの人たちに助けられました。私はただ組合をつくっただけで、その後のことはすべてほかの人に任せっぱなしでした(笑)」と松岡さんは話す。組合結成後、事務局を設置して、運営の実務を行っていたのが今井登さん(78歳)(写真1)だ。松岡さんとは昔からの付き合いで、「お金はないけど、組合の手伝いをやってくれないか」との頼みに二つ返事で了承した。「このままじゃダメだという気持ちはみんな持っていました。松岡さんがその気持ちを背負って活動をするというので、協力しないわけにはいきませんよ」(今井登さん)。
組合の名称は当時の役場の担当者が考えたもの。天敵のアブラムシを食べてくれる益虫として縁起のよい「ナナホシテントウ」が名称の由来となっている。
学校給食の食材提供、道の駅の建設「できることは何でもやる」
組合員は農家だけではなく、村長や村会議員など多職種から構成されている。活動当初は、組合の考え・方針を統一させるため、話し合いの場が何度か設けられた。しかし、村岡さんは「寄り合って頭を突き合わせているだけでは何も出てこない。とりあえず、何かやってみよう」と呼びかけて、まず行ったのが食農教育であった。2000年からベテラン農家が中心となり、村内小学校で野菜・水稲栽培の指導を行った。
翌年、安江啓次村長(当時)から、子どもが学校給食を残しているため、おいしい野菜を提供してくれないかと相談を持ちかけられた。「収穫した野菜がすべて市場へ出荷されるわけではなく、余剰分をどうにかしたいと考えていました。そんなときに村長から学校給食への食材提供の相談を受けたので、私たちにとってもありがたい話でした」と、松岡さんは当時を振り返る。東白川村および中津川市加子母(旧・加子母村)の小学校4校を対象に、食材の約30%の提供を行ってきた。
小学校への食材提供を行うことで生産のロスを補うことができたが、それでもまだ十分ではなかった。消費しきれずに廃棄処分してしまっていた分を活用するため、松岡さんは役場に地場産野菜を販売する農産品直売所(道の駅)建設のアイデアを提案した。それはほかの地域ではどこもやっていない取り組みだった。役場はその提案に対して補助金を交付。その補助によって、2001年に農産品直売所「茶の里野菜村」が建設された。
「『とにかくできることは何でもやる』という気持ちで、いろいろとチャレンジしました。そのつど、組合のみんなには助けられました。本当に感謝しています」(松岡さん)。
自発的な活動を促して生きがいづくりにつなげる
「茶の里野菜村」には、直売所だけではなく、地元野菜を使った郷土食の提供を行うレストランもある。「当時、農業経験がなく、かつ重労働ができない女性たちの力を何とか活かすことができないかと考えていました。そこで、料理が得意な女性組合員を募って、地場産の食材を使った食事の提供を思い付いたのです」と、松岡さんは話す。
組合女性部(20人)が中心となり、食堂の運営をスタート(写真2)。毎年3月から12月まで休まず営業しており、郷土食など地元の新鮮な食材を活かした食事を提供している(写真3)。近隣住民や観光客に人気で、年間約3,000万円を売り上げる。現在では食堂の売り上げが全体の約60%を占めるようになった。
食堂を切り盛りするのは副組合長兼店長の桂川幸さん。女性で初めての副組合長。食堂で働くようになってから、以前よりも表情が明るくなった人が多数いるという。「最初はただ働くだけという人もいましたが、お客さんのためにレシピを考えることも多く、自発的に動くうちにみんなやりがいを感じるようになり、自然と表情が明るくなったと思います」と、女性組合員の一人は話す。
「ここは労働の場であり、生きがい創出の場であり、地域高齢者の憩いの場でもあるのです。目的は違いますが、ここへ来てみんなが元気になるような場所をめざしたいです」(今井さん)。
体験事業をきっかけに農業を身近に感じてほしい
組合では、農業の普及活動を重要課題と考え、2001年には「都市農村交流会」を試験的に実施。これは2泊3日の農業体験事業で、名古屋市の生協グループの会員のほか、16人が参加した。組合員も多くが参加、協力した。
「農業を知らない人たちにまず野菜づくりがどういうものかを知ってほしかったのです。小学校で栽培指導などを行っていましたが、子どもだけに教えるのではなく、親も巻き込んで普及を図らなければいけないと考えていました。みんなに農業を営んでほしいというわけではなく、農業を身近なものにしたかったのです。知識を深めることで、どんな野菜がいつ旬であるか知ることができます。それだけでも食卓はより豊かになり、農作物に興味を持ってくれるきっかけになるのではと考えたのです。だから、子どもだけではなく、大人へも目を向ける必要がありました」と松岡さんは取り組みの背景について話す。
それ以降も、不定期ではあるものの、村外の人たちを対象とした体験事業を組合は継続。2006年頃から、東白川村は村を挙げてのグリーン・ツーリズムを実施。グリーン・ツーリズムとは、農山漁村地域において自然、文化、人々との交流を楽しむ滞在型の余暇活動である。
組合は、グリーン・ツーリズムの活動推進を行う「東白川村里山アカデミー」が企画した野菜づくりや収穫体験の指導依頼を受けた。今井さんは、「村のグリーン・ツーリズムも私たちもめざすところは同じです。だから、手と手を取り合って目標に向かって進めればよいと思います」と、取り組みの参加経緯を話す。
東白川村役場産業建築課農務係長の安江修治さん(写真1)は、「親子を対象とした体験事業は人気が高く要請が多いのですが、誰でも請け負うことができるものではありません。組合の方々のようなベテランではないとこなすことができない部分が多々あるため、非常に助けられています。そのほか、村の行事にもいろいろと協力してもらっているので、組合はなくてはならない存在だと思います」と話す(写真4)。その言葉の通り、組合は村の年間行事である「お松さま祭り」(写真5)をはじめ、さまざまなイベントの運営に協力している。
「農業離れ」対策は新規加入者への支援体制整備
現在、組合運営の中心を担っているのは副組合長の安江郁雄さん(77歳)(写真1)。定年を迎え、地元である東白川村に帰ってきた。今から8年前、隣に住む組合員に誘われ、活動に興味を持ち加入。ときどき、それまで住んでいた岐阜市を訪れる安江郁雄さんは、「毎年市内に行くたびに同じ年代の人が亡くなっているのです。それまで元気だった人が急に病気になって、寝込んでしまうという話をよく聞きます。それに比べて村のお年寄りはみんな元気ですね。確かなことは言えないけれど、農業をやることで生活にメリハリが生まれ、心にも身体にもよい影響が出ていると感じています」と話す。
しかし、組合にも課題がある。それは若手の加入率が上がらないことだ。当初、役場ではリタイアした60~65歳人たちに順次組合に加入し、運営に協力してもらうという想定していた。しかし、フタを開けてみると、70歳代まで元の勤務先で働く方が大多数であった。そのため、組合への加入数も減少傾向となっている。そして、そういった人たちがいざ農業を始めようと思っても、体力的に厳しく、未経験の方は少なくないため、能力的にもハードルがいっそう高くなってしまうという。
そうした「農業離れ」はまだ深刻とはいえないが、村全体の課題と捉えると無視できない課題である。リタイア後のライフデザインが多様化したため、組合もその影響を受けている。
若手の加入が滞ることで、後継の育成が難しくなる。「農業を始めることに抵抗を感じる人は少なく、敷居も低いのですが、問題はそれを継続することです。つくり方、病気・害虫のこと、学ぶことは多く、手入れも大変です。また、新しく農業を始めるとなると費用がかかるため、採算が取れないこともしばしばあります。農業は1、2年ですぐに成果が現れないことも多いため、生活が不安定になると懸念する人も多いのかもしれません」と安江郁雄さんは話す。
組合と役場では、新規で農業を始める人のリスクをいかに軽減し、支援体制を整備するかを検討している。「地道ではありますが、声かけを行い、組合への加入が老後の1つの選択肢として、皆さんに認知してもらえばいいなと思っています」と今井さんが話すように、住民の自発的な組合加入に期待を寄せている。
「内側から元気にする」健康づくりもまちづくりも一緒
いくつかの課題はあるものの、組合が指導役として携わっている体験事業を通じて興味・関心を持つ若手が年々増えてきたという。役場によると、特に都市部に住んでいる人たちからの問い合わせが多く、若干ではあるものの、転入人口は増加している。
そうした人口動向について松岡さんは「私たちも体験事業を通じて手応えを感じている。若い人たちを巻き込んで、村おこしをいっそう進めたいです。ですが、そこまでには採算性やそのほかの課題を解決していかなければならないとも思っています。しかし、状況はそれほど悲観的ではないので、取り組みを進めていきたいと思います」と話す。
新規加入者へのリスク軽減の対策として、役場は組合と連携しながら研修体制の整備を進めることをめざしている。「ベテラン農家の方々に協力を仰ぎながら、研修体制をしっかり整えることができれば新規加入者も安心して農業を行うことができるのではないでしょうか。農家が多い自治体は日本に数多くありますから、先行事例などを参考にしながら、課題解決を進めたいです」(安江修治さん)。
また、安江郁雄さんは現在加入している組合員のケアも課題の1つとした。「組合員はみなさんとても元気です。しかし、高齢者であることは変わりないですから、急にけがや病気になることもないと言えません。そうした人たちの健康管理を組合や行政でやっていかなければならないと思います」。
「組合が人づくりの場となり、村を元気にしたいですね。人を育てて、村を育てる。それが理想です」と今井さんは言う。若い人だけではなく、さまざまな年代の人が関わって、技術の伝承と人とのつながりづくりを促す。
「年齢は関係ない。まだまだやるよ。まちづくりはそこに住む人たちがやる気にならないとうまくいかない。今ある環境でできることをやって、内側から盛り上げなきゃならない。それは健康づくりもまちづくりも一緒のこと。まだまだ頑張りますよ!」と松岡さんは意気込みを話す。
今後も人口の高齢化により、主要人口が65歳以上となる地域が数多く生まれる。高い高齢化率を誇る東白川村では、65歳以上の農家が地域活性化の担い手として活躍。結成から14年、高齢者の知恵と経験を活かした取り組みは着実に村おこしとしての成果を出している。こうした高齢者の活躍の場をつくることで、生きがいづくり、介護予防、閉じこもり防止などにもつながっている。組合が展開する高齢者が中心となった地域活性化の取り組みが、国内で広く普及することが期待される。
(2014年4月発行エイジングアンドヘルスNo.69より転載)
転載元
公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.69