団地を活用してユニーク介護 介護を通した安心で楽しい地域づくり(神奈川県藤沢市湘南大庭地区 ぐるんとびー)
公開日:2020年10月30日 09時00分
更新日:2024年9月 9日 16時35分
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団地の1室に初めて誕生した小規模多機能型居宅介護施設
これまで店舗スペースを利用した集合住宅の中に介護施設が入ることはあったが、団地の一室を利用した小規模多機能型居宅介護施設は前例がなかった。それが5年半前に藤沢市湘南大庭(おおば)地区で始まった。
藤沢市は東京都心から電車で1時間程度の神奈川県中部の湘南地方に位置する。東に鎌倉市、西に茅ヶ崎市に挟まれた緑豊かな郊外の住宅地だ。人口は43万6,477人(2020年8月1日現在)、高齢化率は24.45%に達する。中でもここ湘南大庭地区の高齢化率は藤沢市で最も高い32.57%になる。ところがかつて藤沢市には小規模多機能型の施設が1つもなかった。
理学療法士である菅原健介さん(40)(写真1)は、2015年3月株式会社ぐるんとびーを設立し、この年の7月、小規模多機能型居宅介護ぐるんとびー駒寄(こまよせ)を築20年の都市再生機構(UR)賃貸住宅湘南ライフタウン・パークサイド駒寄(239戸)の6階にある3LDKの1室(93m2)に開設した(写真2)。現在の定員は登録29名、通い15名、泊り5名となっている。
その後、2017年11月にぐるんとびー訪問看護ステーションを道路隔てたマンションの1階に開設、2019年11月にはここにケアプランを立てる居宅介護支援事業所を開設、さらに2020年4月には「カンタキ」といわれる看護小規模多機能型居宅介護も開設した。ここが地域交流スペースにもなっている(写真3)。
このすぐ隣りの駐車場にも新たな施設を計画しているという。まさに住民の支持が施設拡張の追い風になっている。
お互いが見える関係が安心をつくる
ここ藤沢市湘南大庭地区は、湘南海岸から丘1つ隔てた内陸部で海は見えない。が、団地の6階にある小規模多機能型居宅介護ぐるんとびー駒寄の幅広のベランダに出ると、心地いい海風が頬を撫でる(写真4)。通りを隔ててコミュニティスペースや訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所、看護小規模多機能型居宅介護などが入るマンション1階にあるぐるんとびーもよく見える。その前にある歩道の花壇の植え替えを自主的に作業する住民の姿もあった(写真5)。
お隣さんとのベランダの敷居は外されていて、元フラダンスの先生だったおばあちゃんが「話声が聞こえたから気になって出てきた」とベランダ伝いに現れた。お茶を飲みながらしばらくおしゃべりをした後、ニコニコしながらまた自室にベランダから帰っていった。
この棟に菅原さんの5人家族、看護師、理学療法士、作業療法士、介護福祉士、社会福祉士のスタッフが住んでいる。お互いの施設や自宅がよく見える。帰り際、菅原さんの奥さんの有紀子さんが次男をサッカー教室に送る姿が見えた。
二次元だったコミュニティの姿は団地というタテ・ヨコ・ナナメの三次元空間で、新しいコミュニティの姿を見せている。
本当にやりたいのは介護を通した地域づくり
菅原さんは言う。「安心できる居場所があって初めて人は回復をめざします。大きな団地を1つの家族にと考え、団地ならではの立体的な人間関係を築けるはずです。高齢者を地域で支えるには平面的な人間関係ではなく、団地でつくられるような立体的な人間関係が必要です。同じ団地の一室をシェアハウス化して数人で住めば家賃は安く抑えられます。介護サービスは小規模多機能ホームを利用すればいいし、食事についても団地内に住む主婦の力などで地域の支え合いが生まれることで、低コストで提供するサービスも可能です」
「人生の最期まで、人として当たり前にある願いを実現したい。好きな人たちと好きな場所で思うように過ごしたい。こうした願いを実現するために、介護職や看護職、リハビリテーション職が専門を活かしてちょっと手助けをする。そこにぐるんとびーの原点があります。僕が本当にやりたいのは、介護そのものではなくて、介護を通した地域づくりです」
政府が進めているアジア健康構想(AHWIN:Asia Health and Wellbeing Initiative)の一環として、第1回「アジア健康長寿イノベーション賞」準大賞を今年7月に受賞した。2018年10月には福祉の先進事例を表彰する第6回かながわ福祉サービス大賞を受賞した。受賞理由は、団地内にコミュニティスペース、社員寮を設け、その多くが自治会役員となり、介護、子育て、障がい者、待機児童、不登校の受け皿になるなど多世代交流の地域拠点となったこと。
高齢者介護を通じて「子どもを育てる」。自分で考え、判断し、動ける子どもを育てる。それが地域づくりの核となっている。
また、さまざまな市民団体との連携・協力もぐるんとびーの活動を支えている。例えば、社会福祉法人いきいき福祉会、認定NPO法人こまちぷらす、湘南大庭会、NPO法人ほっと舎アルクなどだ。
デンマークで過ごし理学療法士になり会社設立
菅原さんは鎌倉出身で中学・高校と東海大学デンマーク校で過ごした。東海大学卒業後、IT系の広告会社に勤めるものの、「直接的に人の役に立つ仕事につきたい」と理学療法士の養成校に通った。その後、母親の菅原由美さんが進めている訪問ボランティアナースの会キャンナスの仕事も手伝った。あの東日本大震災の被災地に入り、看護師を送り込む仕事に没頭した。
しばらく理学療法士として病院勤務を経て、ぐるんとびーを設立した。
「ぐるんとびー」という聞きなれない言葉は、デンマークの牧師詩人(1783年~1872年)、浪漫思潮の勃興に大きな役割をし、今日のデンマークを築いた第一人者の名(ニコライ・フレデリク・セヴェリン・グルントヴィ)からきている。
地域のよろず相談として頼りにされている
小規模多機能型居宅介護に勤める看護師でケアマネジャーの石川和子さんは「いろんな面白いことが多々あります」と同僚の神谷直美さんとケラケラ笑いながら話してくれた(写真6)。
「ケータイの番号がバレてしまったから、いろんな相談の電話がかかってきます。そうすると『そこまで話を聞いてくれたことはなかった』と感謝されます。夫婦喧嘩の仲裁をしたこともあります。毎朝訪問しているうちに落ち着いてきました。金融の相談、引っ越しの相談といろいろあります。その度に相談者に同行して、行政、消費者センター、司法書士の無料相談に行っているうちに、一巡してとうとう同じところへの相談に戻ったこともあります。
地域の医療福祉関係の人から『やりすぎ』と怒られることもありますが、電話がかかってきますので、出てしまうだけです。制度の中でできる、できないではなく、ひとりの住民として困っていることの解決に動きたいと思います」
「これ全部無料のボランティアです」と言って、「もう笑うしかありません」と大きく笑った。
去年の台風の時、いつもは歩けないはずの人なのに台風が怖くてなんと1人で歩いてきた。そこで「一緒にお泊りしましょう」と一晩過ごしたこともあったという。
これは小規模多機能型居宅介護の枠を大きく超えている。住民に必要とされることに対応していくうちにこうした形態に進化してきたのだろう。
菅原さんは東日本大震災で被災者支援に入った経験から「どこにどういう方がいらっしゃるか知っていますから、自治体と協力して救援活動の態勢をすぐにつくれます。災害があってから外からの支援では遅すぎます。普段からそうしたことを準備することが大切です」と地域の安全・安心づくりを強調する。
まちづくりはさまざまな創意工夫にあふれている
ぐるんとびーの事業は実に多彩だ。例えば、まちかど相談室、有機野菜を扱うまちかど八百屋(写真7)、まちかど食堂、ママトレ、床下遊び(写真8)、ボルダリング(写真9)、ペット預かり、マンツーマントレーニング、マシントレーニング、骨折した人向けの週2回のプール、パーキンソン病の人向けのスポーツ吹き矢、脳卒中後の人との畑仕事や卓球教室、旅行の同行介助、ぐるんとびー農園など。
プールが好きだったおじいさんが亡くなると「まちかど葬儀」をした。今は亡くなった人の飼っていたペットの世話や動物愛護、子どもの不登校や虐待対策を考えていると菅原さんは言う。まもなくスタッフが70人を超えるぐるんとびーは新たなシステムに移行する段階にきているという。
楽しそうにしていると要介護度が下がる
「みんな楽しそうにしていると、6割の方の要介護度が下がったこともあります。そうすると介護保険の収入が減ってくるのが悩みです」と菅原さん。
ハワイアンの音楽が流れる地域交流スペースで、フェアトレードの無農薬コーヒーを出すカフェは住民が気軽に立ち寄る場になっている(写真10)。
地域に根ざして住民に必要な機能をつくっていく、ひと言でそれは「不安定性との対峙」と菅原さんは言う。地域は動いているし、変わってきている。それに無理なくごく自然に介入する場づくり、人づくりをしなやかに進めている。それがぐるんとびーの魅力だろう。
(2020年10月発行エイジングアンドヘルスNo.95より転載)
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