「いきがい焼き」づくりで高齢者の元気づくり(北海道中川郡池田町 池田町いきがいセンター)
公開日:2019年10月10日 12時54分
更新日:2024年8月13日 15時07分
こちらの記事は下記より転載しました。
人口減少と高齢化は全国共通の課題
北海道の6月はさわやかな風が吹く。青々とした麦、小豆、ジャガイモなどの畑、ホルスタイン牛やヒツジが草を食(は)む牧場が広がる(写真1)。一直線の道路が地平線までのび、白肌のシラカバ並木が鮮やかなリズムをつくる。遠くに望む日高山脈にわずかながらの雪が輝いている。
ここ北海道中川郡池田町は十勝平野の中央やや東寄りに位置し(図)、総面積は371.91㎢。海抜100~200mの平坦な地形。夏は30度を超え、冬は氷点下20度以下になる。降雨量、降雪量ともに少なく、"十勝晴れ"という晴天に恵まれることが多い。
ここに人口6,689人(男3,143人、女3,546人、2019年6月末現在)が暮らす。最も人口が多かった1950年代の約1万7,000人の頃の約4割に減少してしまった。高齢化率は現在42.3%だが、人口減少と高齢化は続き、6年後には高齢化44.7%になると予想されている。さらに進めば60%台になる恐れも出てきた。こうした人口減少と高齢化による"消滅自治体"への流れは全国どこの地域でも共通していることだ。
こうした中、池田町は「いきがい」をキーワードに「高齢者を元気にする」特色ある事業を続けている。
「いきがいセンター」で陶芸作業に励む高齢者たち
近くの小学校を移築してできた赤い屋根の「いきがいセンター」に入ると、「いきがい焼き」の商品がずらりと並ぶ(写真2)。湯飲み、皿、茶わんなど。大きなものではフクロウの置物、ランプシェードなどがある。値段は小さいもので300~500円程度、大きなもので3,000円程度と高くはない。
その奥に高齢者たちが黙々と作陶に励む(写真3)。小さなろくろを手で回し、ていねいに形を整える。この日は十数人が参加していたが、女性が3分の2くらいと多い。
「いきがいセンター」を奥に入ると焼き窯や資材置き場があり、さらに奥に行くと子どもたちの陶芸教室が開かれていた(写真4)。小学生の子どもたちは真剣な表情でろくろで粘土を回して茶わんをつくっていた。おしゃべりの声は聞こえない。
男性の指導員が大きな声で、「茶わんの口径は13センチくらいにしてね」と言うと、子どもたちは物差しで口径を測る。中には「口径」の意味がわからず、縦に測る子もいた。
売上の半分は作陶者本人に半分は町に入る仕組み
この「いきがいセンター」は、町内の60歳以上を対象に、昭和47(1972)年から実施している池田町の「陶芸通所事業」だ。管理は池田町役場保健福祉課高齢者支援係が担当している。
介護保険事業の中で池田町では「介護予防活動から展開する生活支援体制整備事業」という目標のもと、総合事業を2015年度から始めた。その基盤となったのが「高齢者に必要なのは、手厚い介護ではなく、『いきがい』を持った生活を送ること」という考えだ。
作陶作業は4~10月は毎週月~木曜日、参加料は月1,000円、11~3月は毎週月・火曜日、参加料は月500円と半額。いずれも午前9時から午後3時まで行っている。作品は「いきがいセンター」の売店コーナーや町内の商店などで販売。売り上げ金の半分は作陶した本人に渡り、半分は材料費などで町に入るという仕組みだ。総売り上げは年140万円程度で、運営に年1,000万円程度の費用がかかるため、町の負担は少なくない。
また、住民に陶芸に親しんでもらうために、年齢制限なしの陶芸教室や、小中学生向けの体験教室も年に数回開いている。訪れた日はたまたまその体験教室の日だった。
堤防工事で縄文土器が出土「きっとよい粘土があるに違いない」
そもそもこの「いきがいセンター」ができるようになったいきさつはこうだ。
池田町の市街地近くを流れる利別(としべつ)川は十勝川の支流だが、400メートルの橋がかかるほどの大きな川だ。この川の堤防工事の際、先住民族の遺跡が発見され、大量の矢じり・石斧(せきふ)など縄文時代のものが見つかった。その中に見事な縄文土器もあった(写真5)。3500年から5000年前のもので、当時の丸谷金保(まるたにかねやす)町長は「きっとよい粘土が近くにあるに違いない」と考え、町内を調査した。そうしたところ美加登・高島・清見地区に900~1000℃で焼け、磁器に近い土器になる粘土が発見された。
そこで陶芸を高齢者のいきがいに結びつけようと、町役場に日本で初めての「いきがい課」を設け、ここに「いきがいセンター」をつくって「いきがい焼き」を製作することになった。
丸谷町長のアイディアから始まった町営「十勝ワイン」は続く
この丸谷町長は実にユニークな人物として、池田町では語り継がれている。大正8(1919)年6月池田町生まれ、明治大学法科卒、復員後、自宅で養鶏業を営んだ。昭和32(1957)年池田町長に就任。昭和51(1976)年10月辞任するまでの20年間、ブドウ栽培と町営ワイン工場を立ち上げ、その利益を町民に還元した。
このほか大規模草地事業と多頭飼育実験牛舎、町営ミート・バンク、町営レストラン、町営有線テレビ放送、町営の鮭の捕獲とふ化事業、農業後継者の結婚記念造林制度など、多彩なアイディアを駆使して異色の町づくりを進めた。愛称は"ワイン町長"。
その後、2人の町長を経て町営事業は必ずしもすべてが順調とはいえず、事業中止や民間移譲が続いた。現町長の勝井勝丸(かついかつまる)さんは丸谷町長時代以降を振り返って、「ちょっと乱暴なところがありました」と自嘲気味に笑った(写真6)。
ただし初めての自治体経営のワイン事業は、「十勝ワイン」の名で全国に知られ、国際コンクールでも受賞するなど成長し、現在も町を支える事業になっている。
役場から車で10分ほどの小高い丘にそびえる町営のブドウ・ブドウ酒研究所は、その威容から「ワイン城」と呼ばれ、全国から観光客を集めている(写真7)。
また、人気グループ・DREAMS COME TRUE(ドリカム)の吉田美和さんはここ池田町の出身で、近くにDCTgarden IKEDAという美和さんのきらびやかなステージ衣装を飾った展示館もある。
介護予防から展開する生活支援体制づくり
昭和47(1972)年から「いきがい焼き事業」、平成19(2007)年から「ふまねっと健康教室」が始まった。
「ふまねっと」というのはネットの格子状の枠を踏まないように動く体操のことで、なかなかの人気。さらに平成25(2013)年度から社会福祉協議会・老人クラブ・NPO法人と協力して、介護支援のボランティアポイント制度などを始めた。
こうして10年かけて住民参加型の福祉基盤づくりを進め、「LOREN支えあいパートナー事業」という、ヘルパーでは対応できない日常的な困りごとを老人クラブ会員同士が助け合う仕組みもつくった。
この対象事業は、「ふまねっと健康教室」、タクシー送迎付きの「くもん脳トレ健康教室」、新聞のコラムを書き写す「天声人語サロン」など、多彩な事業が折り重なって地域を支える体制をつくってきた。
勝井町長は、「人口減少と高齢化は日本中どこでも同じことです。池田町はこの先、高齢化率60%までいってしまうかもしれません。その方々が病院にかかる年齢を少しでも遅らせることができるように、元気な高齢者をつくることに取り組んでいきたい」と語った。
高齢者の10%を超える参加率多様な仕組みを工夫
高齢者のいきがいづくりは、「いきがいセンター」の陶芸作業に限らない。平成30(2018)年から3年間の第7期池田町高齢者福祉計画・介護保険事業計画によると、「いきがい活動支援通所事業」には陶芸通所事業のほかに、「高齢者手芸教室」もある。
「高齢者の生涯学習」では、昭和47(1972)年「こだま学級」に始まり、ふれあい学園(2年制)、「遊ゆう大学」(4年制)。授業は5月から3月まで10回程度のカリキュラム。卒業後の「聴講生制度」や学生が自主的に運営するクラブ活動、大学祭、卒業祝賀会もある。
「高齢者の生涯スポーツ」でも、クラブ活動(カントリーダンス、パークゴルフ、卓球、歩行機能・認知機能の維持・改善)などがある。
事業計画作成の前段で行った町民調査によると、たとえば「ふまねっと健康教室」について、「参加している・参加したことがある」が18.3%、「参加してみたい」が10.6%で合わせて28.9%であるのに対し、「参加したくない」が29.9%とほぼ同数。
「参加したくない」の理由は、「健康なので必要がない」27.5%と、最も多い。これに池田町役場保健福祉課高齢者支援係の鈴木聞(きこゆ)係長は「健康なうちに始めるのが介護予防ですのに......」と残念がる(写真8)。こうした事業の参加率は高齢者の10%を超えている。特に男性の参加者を増やすためには、ボランティアなどの役割を付加することが大切という。
ワインで全国的に有名な池田町だが、「いきがい焼き」はそれほど知られてはいない。「高齢者を元気にしよう」という趣旨で50年近く続き、それが現在も介護予防事業の仕組みとして機能していることには驚かされる。
(2019年10月発行エイジングアンドヘルスNo.91より転載)
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