野菜を食べる人を増やして町に住むすべての人の健康寿命延伸(福井県高浜町)
公開日:2020年2月28日 09時00分
更新日:2020年2月25日 10時29分
「野菜から先に食べる」は町の常識!
「野菜から先にいただきまーす!」
福井県高浜町の保育所の給食を食べる際の恒例のあいさつ。これは「たかはま健康づくり10か条」の第1条「野菜から先に食べる」を実践するもの(図1)。この10か条は、町が住民と協働で進める健康づくり、「たかはま健康チャレンジプラン」(高浜町健康増進計画)の行動目標である。なぜ「野菜から先に」?それは食後の血糖値が緩やかに上昇し、糖尿病予防に効果があるため。高浜町では子供から大人までこれが常識になっている。
高浜町は福井県の西端に位置し、人口は約1万1,000人、高齢化率は29%。主な産業は農業と漁業。観光業も盛んで、若狭和田海水浴場の他、7つの海水浴場を有し、夏は多くの海水浴客が訪れる。2016年4月、若狭和田ビーチは国際環境認証「BLUE FLAG」を日本で初めて取得した。これは厳しい審査をクリアした美しいビーチのみに与えられる認証である。
風光明媚な高浜町。町中のスーパーマーケットや飲食店などでよく目にするのが「たかチャレ」という言葉。この言葉とともに、それぞれの店舗が野菜の効果的な摂り方を提案している。「たかチャレ」とは、たかはま健康チャレンジプランの推進企画で、住民が主体となって行う野菜の摂取量を増やす取り組みの通称。店舗の他にも、育児サークルや老人クラブ、企業などが主体となった野菜に関する取り組みが盛んに行われている。
町の健康づくりの核となる「たかチャレ推進委員会」の発足
「たかはま健康チャレンジプラン」は平成21年に5か年計画でスタートした。「健康に関心のある人だけではなく、関心のない人にも働きかける」、「行政と住民との協働で健康づくりの推進」をめざして、基本理念は「みんなで支えるあなたが主役の健康づくり」。健康づくりの行動目標「たかはま健康づくり10か条」を知っている人、実践する人を増やすことをプランの目標とした。
最初の2年は、10か条を知ってもらうことを目標にワークショップを開催。健康づくりに積極的な団体や住民に声をかけワークショップに参加してもらい、参加者それぞれが10か条を人に伝えることを実施していった。
そして活動2年目、ワークショップメンバーから健康づくり推進にとって節目となる意見が出された。それは「10か条をばらばらに取り組むのでは進んでいかない」「目標を絞り込む必要があるのではないか」という意見。「行政主導ではなく、このメンバーと一緒に協働で健康づくりをしていくときがついに来たと思いました」と高浜町保健福祉課・保健師の畑中美優寿さんは当時を振り返る(写真1)。
活動3年目の平成23年。幅広い連携と体制の強化を目的に、「たかチャレ推進委員会」が誕生した。これまでのワークショップメンバーに、新たに店舗や団体サークルや企業などがメンバーに加わり、行政の関係課との協働で委員会がスタートした。
「野菜から先に食べる」「3食に野菜を食べる」を取り組みのテーマに
委員会ではまず取り組むテーマの絞り込みを行った。大人から子供まで、いろいろな団体組織で楽しく進められることを重視し、10か条の中の第1条「野菜から先に食べる」と2条「3食に野菜を食べる」を協働で進めていくテーマと決めた。
委員会の主な活動は、年3回の委員会と、9~11月の「健康チャレンジ期間」での野菜を食べる人を増やす企画の実践だ。1回目の委員会では、町の健康課題や野菜の知識を学ぶ。第2回では、委員それぞれが企画を立て発表。各々の得意分野や強み、また企画実践に当たり手伝いの必要なことを伝え合い、協力者をみつける。健康チャレンジ期間には、第2回でみつけた協力者と連携を取りながら、企画を実践していく。第3回は実施した企画の報告会を行い、成果や課題を委員全員で共有する。
委員会の取り組みの成果は、毎年4月に健診の受診希望調査票の裏面を利用してアンケート調査を行い、評価している。企画実施により10か条がどのくらい住民に浸透したかなどを確認し、新年度に活かしていくという流れだ。
野菜レシピ集作成からさらに広がる協働の輪
「あっという間にプラス野菜〜たかチャレ野菜レシピ集〜」は委員会が中心となり、住民と一緒につくり上げた野菜のレシピ集(図2)。簡単で美味しい野菜レシピや野菜の知識をぎゅっと詰め込み、町の健康課題や先の10か条も掲載している。野菜の摂取量を簡単に把握できるよう、にぎりこぶしの個数で野菜の量を表現しているのが特徴だ。1日に必要な野菜の摂取量は350g。にぎりこぶし1個は野菜70gで、にぎりこぶし5個が目安となる。
この企画は、23年度委員の野菜ソムリエと在宅栄養士の「気軽にできる野菜レシピを広めることが、野菜を食べる人を増やすきっかけづくりになるのでは」という声から始まり、24年度の委員会合同企画としてレシピ集を作成。
「住民からの提供も含め300以上のレシピが集まりました。中には簡単なものから手の込んだもの、味の濃いものもありました。野菜の量や味付け、栄養の面を精査してレシピを届けたい。栄養士など限られた専門職だけで作成することもできましたが、委員会というメリットを最大限に活かして、多くの方にレシピ作成に関わっていただきたい。それによってよりよいものができ、住民に広がるのではないかと考えました」と話すのは、高浜町保健福祉課・管理栄養士の安原美香さん(写真1)。
寄せられたレシピから野菜の旬や量を意識できるものを選び、試作会を繰り返すこと13回。「この過程を通して、野菜のことや健康づくりを改めて考えることができました。この味が薄いと感じるなら普段の味付けが濃いということ。野菜を十分摂っていると思っていたけれど、それでもにぎりこぶし1個分かと気付く。一緒に調理して食卓を囲み、委員同士の交流も深まりました。大変だったけど、達成感も大きい。『レシピを多くの人に届けよう』『レシピ集を使って活動しよう』という気持ちが自然と委員に湧き上がってきました」
レシピ集は企画実践のツールとして、また保育所などの給食のレシピにも使用され、多方面で活用されている。
2次プランがスタート委員会の活動がさらに成熟
平成26年度からは第2次プランがスタート。10か条をより現状に合った内容にリニューアルし、新たに乳幼児から中学生を対象とした「子ども健康づくり10か条」を加えた(図1)。平成27年度からは、委員がより活動しやすいよう委員会の活動体制を見直した。主な変更点は、委員会の回数を3回から2回とし、企画は健康チャレンジ期間に限らず通年で行うことにした。
1回目の委員会では、野菜についての学びと企画を一緒に行う。「学び」は講義形式ではなく、第1条と2条をクイズにして行い、教育と楽しさを意識して進める。
また、企画は毎年実施しているとアイディアは尽きてくるもの。そこで、「個人の企画は委員会全体の企画」という意識のもと、委員全員でアイディアを出し合うブラッシュアップワークを取り入れた。
ブラッシュアップワークは"ワールドカフェ方式"で行った。最初は自分の企画のテーブルで、「協力が必要なこと」や「アイディアがほしいこと」を書き残し、席を離れる。他のテーブルに移動し、協力できることやアドバイスを書き込む。そして最後に自分のテーブルに戻ると、自分では思い付かない、「なるほど!」というアイディアが記載されていて、企画がどんどん深まっていく。
このブラッシュアップワークの効果もあり、平成27年度の企画はさらに内容が充実し、全37企画が町のいろいろな場所で実施された。その一部を紹介する。
- スーパーマーケット商品開発による、にぎりこぶし1つ分野菜を増やす「たかチャレ弁当」(写真2)。
- 育児サークルでは、親子参加の野菜おやつづくり。
- 弁当店では箸袋に「野菜から先に食べましょう」と印字。
- 老人クラブ連合会の集まりで、野菜ジュースの試飲。
- 在宅栄養士・野菜ソムリエの「一汁三菜CAFÉ」。バランスのよい食事を学んでもらう。
- 企業の花壇で自分たちが育てた野菜を収穫して食べ、野菜に親しんでもらう。
- 保育所では、委員が協力し合ってPRチラシやバランスが学べる食材カードを配布(写真3)。
第2回委員会の実施企画の報告会でも新しい方法を取り入れた。今までは委員40人ほどが順番に壇上に上がり発表する形を取っていたが、企画数が増えたため長時間になってしまう。そこで採用されたのが"フリーマーケット方式"。「報告する人が店屋、聞く人が客」と2つのグループに分かれ、敷物の上に企画の写真や媒体などを並べて5分ほどで企画を紹介する。客は自由に店を回って報告を聞くという形だ(写真4)。
「対話ができることは大きい。委員同士が報告を聞き合う中で、気付きやモチベーションアップも期待できます。何よりもみなさんが楽しそう」と安原さん。それまで静かだった会場が、始まった途端に熱気に包まれるという。
ワールドカフェ方式もフリ―マーケット方式も行政が知恵を絞った。「住民が感じているところの近くにいて、何を悩んでいるのか、何をしたいと思っているのか、一緒に感じながら解決していくのが私たちの役割」と畑中さん。"委員も参加住民も行政も楽しく"がモットーだ。
野菜に関する取り組みで他の健康分野への関心もアップ
「たかはま健康チャレンジプラン」が始まって8年目。"たかチャレ"が健康づくりを表す言葉としてすでに住民に定着している。アンケート結果でも10か条の認知度は7割を超え、第1条、2条の実践率はもちろんのこと、その他の条でも実践率も伸びてきている。たかチャレの野菜を食べる人を増やす取り組みを通じて、全体として健康づくりに対する感度が上がってきていることがわかる。この効果はがん検診の受診率の伸びにも顕著に表れ、厚労省で紹介されるほどだ。
京都医療センター糖尿病センター・管理栄養士の松岡幸代さんは、たかチャレの効果についてこう評価する。「身近な人が集まって地域で取り組み、企画に参加することで、知識と一緒に心に響く感動がある。心を動かされて自然と身体も動き、行動変容をもたらし習慣化につながる。そして健康づくりへの関心が高まっていくことがこの取り組みの大きな意義」(図3)。
「知らなかった情報も、身近な人との会話やスーパーの広告などから自然に耳に入る。委員1人ひとりの取り組みが幾重にも重なり大きな力となって、健康に関心がなかった人の心も動かして、町全体に届く健康づくりにつながる。『たかチャレの効果はここにある』と委員といつも共有し合い、この部分を大切にしています」と畑中さん。
安原さんは高浜町がめざすキーワード、"住んでいるだけで健康になる町"を挙げた。「たかチャレをきっかけに住民1人ひとりが"健康で幸せに"の視点を持ち、自ら率先して健康づくりに取り組むようになれば、生活しているだけで健康になれる。私たち行政が何か仕掛けをしなくてもそのようになっていく。そういうところまで、たかチャレを育てて広めてきたい」
高浜町の健康づくりは、地域のつながりの中で、子供から大人・高齢者まで広い世代で健康寿命延伸をめざす土台づくりができることが強みだろう。今後は「たかチャレモデル」を他の健康づくりでも応用ができるよう検討を進めていく予定だという。高浜町の住民と行政の協働による健康づくりのさらなる発展を期待したい。
(2016年7月発行エイジングアンドヘルスNo.78より転載)
転載元
公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌Aging&Health No.78