健康長寿ネット

健康長寿ネットは高齢期を前向きに生活するための情報を提供し、健康長寿社会の発展を目的に作られた公益財団法人長寿科学振興財団が運営しているウェブサイトです。

地域での認知症の早期発見・予防をめざして―「なかじまプロジェクト」(石川県七尾市中島町・金沢大学神経内科)

公開日:2019年5月16日 11時50分
更新日:2023年4月19日 12時53分

写真1:石川県七尾市中島町にある文化的活動のシンボルとなっている能登演劇堂の写真。俳優の仲代達矢さん監修の劇場。
写真1:七尾市中島町の文化的活動のシンボル『能登演劇堂』

高齢化先進地域においてプロジェクトがスタート

 石川県七尾市は、能登半島の中央に位置し、2004年10月に旧七尾市、田鶴浜町、中島町、能登島町の1市3町が合併し、新たに七尾市としてスタートした(図1)。天然の良港の七尾港を玄関口として、古くから能登の政治・経済・文化の中心地として栄え、安土桃山時代に活躍した画人、長谷川等伯のふるさととしても有名である。七尾湾を取り囲むように東西に長い七尾市。この西部に位置する中島町は、2014年3月現在、人口約6,300人、高齢化率37.2%と全国平均25.1%(2013年10月)を大きく上回っている地域である。ここには俳優の仲代達矢さん監修の劇場、『能登演劇堂』(写真1)があり、文化的活動のシンボルとなっている。

図1:石川県七尾市中島町の位置を示す地図。能登半島の中央に位置し、2004年10月に旧七尾市、田鶴浜町、中島町、能登島町の1市3町が合併し新たに七尾市としてスタートした。
図1:石川県七尾市中島町
中島町:人口6,301人 高齢化率37.2%(2014年3月)

 この中島町において、2006年から金沢大学医薬保健研究域医学系脳老化・神経病態学(神経内科学)教室が中心となって進めているのが、認知症の早期発見・予防をめざした地域基盤型研究「なかじまプロジェクト」。認知症・軽度認知障害(MCI)の早期発見はもちろんこと、発症前(正常認知機能)のリスクの高い人たちを見つけて予防し、「認知症にならないようにする」というのがプロジェクトの目標。

 「2000年に東京から金沢大学に赴任してきたときに、東京ではできないような地域での認知症の研究を行い、21世紀の超高齢社会に貢献するという目標を持っていました」と山田正仁 金沢大学神経内科教授(写真2)はプロジェクトを始めた動機を話す。

写真2:山田正仁氏の写真
写真2 山田正仁 金沢大学医薬保健研究域医学系脳老化・神経病態学(神経内科学)教授

 2001年から文部科学省の地域結集型事業(のちに知的クラスター創成事業第Ⅰ期、第Ⅱ期)の助成を受け、認知症の検査技術開発においては北陸先端科学技術大学院大学、金沢工業大学などの研究施設と共同し、認知症の研究を始める計画を立てた。

 高齢化モデル地区の選定にあたり、山田教授は「石川県の中で21世紀の日本の高齢化を先取りする地域、人口の流出入があまりない地域を考慮して中島町を選びました。高齢化率35%(当時)、これは日本の約20年先の人口構成であり、中島町は高齢化先進地域といえます。東京から赴任してきてよくわかるのですが、この地域には昔ながらのコミュニティが残っていて、地域連携が取りやすい。自治体や医師会の理解と協力を得ることができたことも大きかったです」と話す。

 また、『能登演劇堂』(写真1)では、仲代達矢さんらをはじめ、その他著名な劇団の公演、落語や狂言など多彩な公演が行われ、市外・県外からもさまざまな活動を受け入れている。このような中島町の人々の文化的活動に対する理解の深さもモデル地区選定の理由の1つだという。

 2001年から研究体制を整え、地域での啓発活動を経て、2006年に「なかじまプロジェクト」はスタートした。

地域脳健診(もの忘れ健診)で認知症のリスクを早期に発見

 プロジェクトの主な活動は、神経内科医、保健師、臨床心理士、看護師などのチームによる地域脳健診(もの忘れ健診・1次健診)である(写真3)。1次健診は中島町在住の60歳以上のすべての住民を対象に、中島町6地区のそれぞれの公民館や集会所で行われている。生活習慣のアンケート、問診、食習慣の調査、高齢者用のうつのアンケート、血液検査、神経心理検査、それと併用してタッチパネル検査を取り入れている。

写真3:地域の集会所や公民館で実施される地域脳健診の様子を表す写真。神経内科医、保健師、臨床心理士、看護師などのチームにより行われる。
写真3:地域脳健診(もの忘れ健診)の様子。地域の集会所や公民館で実施

 「タッチパネル検査は北陸先端科学技術大学院大学との共同研究で開発したもので、1次健診に取り入れています。簡易脳機能検査機で、時間を測定したり指標が動いたり、質問形式ではできないような機能測定を内容として取り入れることができます。主な診断にはスタンダードな心理検査を用いていますが、タッチパネル検査も認知機能低下の早期発見に有用です」と話すのは、金沢大学神経内科のなかじまプロジェクト関係者。

 1次健診で認知症の疑いのある人については、2次健診として市内の能登総合病院や恵寿総合病院の神経内科で詳細な神経心理検査、頭部MRI、脳血流SPECTなどの検査を行い、その結果に基づき、治療や経過観察が行われる。

 中島町の60歳以上の住民は約2,800人。この健診をどのように広めていったのか。そこには地域の人たちの地道な活動があった。中島町在住の七尾市臨時職員、細谷平内次郎(へいないじろう)さん(写真4)は、「もの忘れ健診の取りかかりの頃は、地元の高齢者グループデイ(高齢者の閉じ込もり防止や生きがいづくり支援として市が助成し、高齢者が自主的に行う活動)や老人会などに顔を出し、『健診受けませんか?60歳以上の方なら誰でも無料で受けられますよ』とPRしました。また、民生委員や地域福祉推進員にもお願いをして住民に勧めてもらうようにしました。七尾市の市報に『健診のお知らせ』を入れるのですが、七尾市全体ではなく中島町での取り組みということもあり、口コミが一番大きかったと思います」と語る。

写真4:七尾市臨時職員の細谷平内次郎氏の写真。金沢大学と中島町の橋渡し役として、地域の高齢者に対し健診を広めるPR活動を積極的に行った。
写真4:金沢大学と中島町の橋渡し役、七尾市臨時職員の細谷平内次郎氏

 プロジェクトが始まる前からすでに認知症予防の知識の普及啓発を目的に、地区の集会所単位で「健康教室」を実施しており、もともと中島町の住民は認知症予防に関する意識は高かったという。それでも1次健診の受診率は40%ほどと半数を超えず、高い受診率を得ることができなかった。

 「個室で検査をするようにはしているのですが、みんなで集まって健診を実施するので、自分の答えを聞かれてしまうのではないかと心配をされる方が多かったのだと思います」(プロジェクト関係者)。

 この受診率の低さから、健診参加者は"健康に自信のある人"ということは容易に想像ができ、健診不参加者にどのようなバイアスがかかっているのかを調べる必要があった。そこで健診不参加者について自宅を戸別訪問するという悉皆(しっかい)調査(全数調査)に乗り出すことになった。

60歳以上の全住民対象中島町全地区の悉皆調査を実施

 悉皆調査は1年ですべては行えないため、中島町6地区を毎年1地区ごとに巡って行っている。2010年度から始まり、対象の地区では健診場所を増設し、それでも健診に来られなかった人については自宅を戸別訪問し、健診と同じ検査を実施。2010~2013年度までは1地区ずつ、2014年度は残りの2地区を行い、今年度ですべての悉皆調査が終わるという。

 「2010年と2011年の悉皆調査でわかったことは論文1)にさせていただきました。認知症が11.7%、軽度認知障害(MCI)が16.5%、健診不参加者は参加者と比べてより年齢が高く、認知症およびMCIの有病率が高いということがわかりました」(図2)とプロジェクト関係者は話す。

図2:「なかじまプロジェクト」における悉皆調査による認知症および軽度認知障害の有病率を表す円グラフ。
図2:「なかじまプロジェクト」における悉皆調査(調査率≧90%)による認知症および軽度認知障害の有病率(65歳以上)(n=650)

 「参加率の低い調査では認知症やMCIの率が低く見積もられる可能性があることを示唆しています。また、地域(中島町)では全国のデータと逆に認知症よりもMCIの人のほうが多いことがわかりました」(山田教授)。

 中島町の1地区の60歳以上の住民は約500人。1年で全員を健診するということは並大抵の苦労ではない。「事前に1次健診を受けなかった人たちの名簿をつくり、民生委員や地域福祉推進員が医師チームを1軒1軒案内します。中島町はちょうど手のひらを広げたように谷合に集落があり、家と家の間に距離があるため、地域を把握している人に案内してもらい、車で回らなければならないのです」(細谷さん)。

 「地域の方の強力な協力があって実施できています。今年度の悉皆調査では、なんと実施率は約95%で、例年の90%強を上回りました」と山田教授は話す。まさに地域と大学との強い連携の上にこのプロジェクトは進んでいる。今年度で中島町全地区の悉皆調査が終わり、来年度からは追跡調査が始まる予定である。

緑茶摂取の習慣が認知症発症に関連する

 「なかじまプロジェクト」において、食習慣と認知症やMCIの発症の関連について研究を行っている。1次健診のアンケートにおいて生活習慣全体を調査していく中で、緑茶の摂取が認知症の発症に関連しているのではないかということがわかり、前向き調査を実施している。

 認知機能が正常な人を平均5年間調査し、「緑茶を毎日飲む人」「飲まない人」「週1~6回飲む人」という3群に分け、ベースラインで認知機能が正常な人に対し、5年後に認知症やMCIの発症にどのような影響があるのか調べたところ、「緑茶を飲まない人」での発症が非常に高かった(図3)。

図3:「なかじまプロジェクト」における食生活と認知症・軽度認知障害発症との関連についての研究を示すフロー図。
図3:「なかじまプロジェクト」における食習慣と認知症・軽度認知障害発症との関連についての縦断研究

 「緑茶を飲まない人の発症を1とすると、毎日飲む人では0.3(1/3)、1~6日飲む人では0.4(1/4)にまで減少しました。一方、コーヒーや紅茶にはこのような差がありませんでした。2014年5月にプロジェクト関係者たちがこの結果を論文2)にまとめたところです」(山田教授)。

 緑茶の何の成分が認知機能低下を抑えるのに効いているのか?コーヒーや紅茶は効かないため、緑茶だけに含まれる成分が有効な可能性があるということで注目したのが、「ミリセチン」と「EGCG」(茶カテキン)といったポリフェノール類だという。このような成分が認知機能低下に有効であるかを確かめていく研究を現在進めている。

「金沢大学中島研究拠点」を設置より一層の連携体制

 2006年から毎年、認知症に関する知識の啓発を目的に、市民公開講座を『能登演劇堂』で開催している(写真1)。金沢大学主催・七尾市共催のこの講座では、毎回、認知症に関する講演、認知症を題材とした劇などが上演されている(2013年度の市民公開講座は七尾サンライフプラザ中ホールで開催)。この中ではプロジェクトについての報告もなされ、住民の理解を深める機会となっている。

 2007~2008年度には菅野圭子 佛教大学保健医療技術学部作業療法学科准教授と横川正美 金沢大学医薬保健研究域保健学系理学療法学専攻准教授との共同研究で、中島町の地域高齢者(認知症の人を除外)を対象として認知および運動プログラムによる予防介入を行い、リハビリ的予防介入により認知機能が改善することが明らかになった3)

 2012年5月、金沢大学と七尾市は連携に関する包括協定を結んだ。中島市民センターにプロジェクトの研究拠点を置き、「金沢大学中島研究拠点」とし、より一層の連携体制を整えた。来年度で10年目となる「なかじまプロジェクト」。今後はどのように進んでいくのだろうか。

 「長期にわたってこの研究を考えています。そのためには、安定的に続けていけるような財政的基盤が必要です。国からの助成は、話題になっている先端的研究に研究費が集中的に投入される面があり、助成も3~5年間というのが多いです。しかし、私たちのような研究は、3年や5年で結果を出せるものではありません。福岡県の久山町研究も長期にわたって続けていますが、久山町研究は有名だから楽々と研究費が集められるのかといえばそうではなく、やはり苦労しながらも続けていらっしゃるようです。超高齢化に伴う認知症の地域研究といった領域では、国が研究のモニター拠点を指定して、研究を継続して行えるよう研究基盤を整備することが、長い目で見て有益なのではないか思います」と山田教授はプロジェクトの課題を話す。

 「認知症の早期発見法と予防法を確立するため、研究を続けていきます。認知症の発症を5年遅らせることができれば、認知症の人の数も1/2になるのです。これを中島町の人たちから始めていきたい。日本は世界中で最も高齢化が進んでいる国ですから、この部分の研究で世界に貢献していかなくてはならないと思います」(山田教授)。

 認知症患者数は世界で3,500万人を超えるといわれ、認知症の治療法・予防法の確立は世界共通の課題となっている。「なかじまプロジェクト」が健康寿命の延伸に今後も寄与していくことを期待したい。

(2015年1月発行エイジングアンドヘルスNo.72より転載)

参考文献

  1. Noguchi-Shinohara M, et al: Differences in the prevalence of dementia and mild cognitive impairment and cognitive functions between early and delayed responders in a community-based study of the elderly. J Alzheimers Dis 37:691-698, 2013.
  2. Noguchi-Shinohara et al: Consumption of green tea, but not black tea or coffee, is associated with reduced risk of cognitive decline. PLoS One 9(5):e96013,2014.
  3. Sugano K et al:Effect of cognitive and aerobic training intervention on older adults with mild or no cognitive impairment: A Derivative Study of the Nakajima Project. Dement Geriatr Cogn Disord Extra 2:69-80,2012.

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.72

無料メールマガジン配信について

 健康長寿ネットの更新情報や、長寿科学研究成果ニュース、財団からのメッセージなど日々に役立つ健康情報をメールでお届けいたします。

 メールマガジンの配信をご希望の方は登録ページをご覧ください。

無料メールマガジン配信登録

寄附について

 当財団は、「長生きを喜べる長寿社会実現」のため、調査研究の実施・研究の助長奨励・研究成果の普及を行っており、これらの活動は皆様からのご寄附により成り立っています。

 温かいご支援を賜りますようお願い申し上げます。

ご寄附のお願い(新しいウインドウが開きます)

このページについてご意見をお聞かせください(今後の参考にさせていただきます。)