地域の"最後の砦"を守る"団塊の世代"ボランティア(山梨県南アルプス市 えがおの会・よろづや笑輪(しょうわ)の会・らい聴(ちょう)の会)
公開日:2020年2月14日 09時00分
更新日:2024年8月13日 15時06分
こちらの記事は下記より転載しました。
団塊の世代がボランティアで地域デビュー
南アルプス市社会福祉協議会(以下、市社協)は、"団塊の世代"が今まで培った知識や経験を活かしたボランティア活動の参加を10年前に呼びかけた。これからの少子高齢化の時代には地域での助け合いが欠かせないと、いっせいに退職する"団塊の世代"に期待を寄せた。
2010(平成22)年に市内の60歳以上の男性を対象に"よろず屋"のような仕事をするボランティアの人材を募集した。この呼びかけに集まった60~70代の13名を対象に2010年10月に男性ボランティア養成講座を開催した。
講座の内容は、近隣の甲府市・笛吹市・甲斐市などのボランティアグループによる事例発表、「ボランティアとは?」「南アルプス市の地域を知る~地域で抱えている課題・問題」の講義、障子や網戸の張替えの実技などだ。3日間の講座の終了後、2010年12月に「えがおの会」が発足した。
翌年の2011年4月には、高齢者の話し相手をする「らい聴(ちょう)の会」が発足。
そして翌年の2012年には「えがおの会」の女性版「よろづや笑輪(しょうわ)の会」が発足した。
これら3つの会は現在も南アルプス市で活動を続けている。
少子高齢化の流れは全国共通地域社会を変えている
南アルプス市には、国内第2位の標高3,193mの北岳をはじめ、間ノ岳、仙丈ヶ岳、南アルプス(赤石山脈)北部の3,000m級の高峰が連なる。北岳の固有種のキタダケソウなどの高山植物、ライチョウなどの貴重な自然が残る(図)。
2003年4月1日、中巨摩(なかこま)郡櫛形町、若草町、白根町、甲西町、八田村、芦安村の4町2村が合併して南アルプス市となった。市名にカタカナを使用しているのは沖縄のゴザ市に次いで2番目であるが、外来語を使った市名は日本唯一。
面積264.14㎢、人口71,576人(2019年12月1日現在)。古くから交通の要所で、県庁所在地の甲府市から車で40分足らずと近いことから、1970年以降、一貫して人口は増加してきたが、近年は減少に転じている。全国的な少子高齢化はここ南アルプス市も例外ではなく、2017年の高齢化率は25.9%と、全国平均や県平均を下回るものの、年々その率は上昇してきている。
南アルプス市は平坦部と山間部に大きく分かれるが、平坦部は釜無(かまなし)川に注ぐ御勅使(みだい)川の氾濫によって形成された扇状地である甲府盆地の一角を占める。扇状地の上部にかけての緩やかな傾斜地には、ブドウ、カキ、桃、サクランボの果樹園が広がる。以前は桑畑が広がる養蚕地帯でもあった。
ここにある「ふるさと文化伝承館」には、地元の鋳物師屋(いもじや)遺跡から発掘された5000年前の縄文土器が多く展示されている。中でも「子宝の女神ラヴィ(フランス語で"命"の意)」は有名で、イギリスの大英博物館に2度も貸し出された(写真1)。
「えがおの会」は軽作業中心"適度な距離感"を保ちつつ地域を支える
男性ボランティアの会「えがおの会」が最初に立ち上がった(写真2、3)。主な仕事は、片付け、庭木の剪定や枝おろし、草刈り、障子や網戸の張替え、ペンキ塗り、物置の片付け、雨どいの修理、屋根の雨漏り修繕、雨除けの設置など。この障子や網戸の張替えの材料費は依頼者が負担するが、作業は無料だ。片付けなどで車が必要な場合は、1回300円のガソリン代は「えがおの会」の会費から支出され、依頼者の負担はない。
最近、依頼は月1、2件と少なくなったものの、多い時は月に10件くらいもあった。月1回、市社協で定例会を開き、仕事内容の確認と都合がつくボランティアを調整して日時を決める。活動範囲は市全域に広がるという。
しかし、屋根にブルーシートを張るような危険でむずかしい案件は断る。あくまでもボランティアができる範囲の軽作業だ。
メンバーは当初からあまり変わっていない。一番上は80代、下は50代の現役世代の人も加わっている。
「よっぽど近所の人なら挨拶することもありますが、お互いに"適度な距離感"を保つようにしています。えがおの会の名前は、お互いに笑顔になればと、みんなで相談して決めました」とメンバーの1人は語る。
「よろづや笑輪の会」は女性版片付けをしていくと表情が変わる
「よろづや笑輪の会」は「えがおの会」の女性版だ(写真4、5)。掃除や衣服の整理など、男性ボランティアでは対応がむずかしい依頼が寄せられたことから、2012年10月に女性を対象としたボランティア養成講座を開催した。年齢の条件はつけなかったが19人の女性が受講して、この12月に女性ボランティア団体「よろづや笑輪の会」(以下、「笑輪の会」)が設立された。
力仕事以外の家事全般に対応している。タンスの整理、庭の草取り、大掃除、墓の掃除、花の水やり、窓ふき、手紙の代筆、衣類の洗濯や補修、乳幼児の預かりなど多彩だ。
現在5人くらいが活動している。以前は依頼が多かったが、現在は月に数件に減った。その理由は、30分300円の有償ボランティアへ依頼がいってしまうためだという。
この会は、1人暮らし、経済的に余裕のない人、身寄りがない人に限定しているため、そういう人たちにとっては"最後の砦"となっている。
たとえば、高齢者が施設に入所することになった際の自宅の片付けなどの仕事がある。1回2時間くらいかけて片付けをして、男性ボランティアの「えがおの会」に運び出しをしてもらうという共同作業がここのところ多い。
「勝手に処分はできないので、『これ捨ててもいいですか?』とお聞きしながら処分します」
「前は草むしりが多かったのですが、最近は少なくなりました。やりがいはありますねえ。でも、私の自宅の草むしりはしません。しても誰からも『ありがとう』と言われることはありませんから」と笑った。
「以前、後片付けしていたら、コタツの中にネコの死骸がありました。ゴミ屋敷状態で、足の踏み場もなく、布団の代わりに新聞紙にくるまって寝ていました。まさにぎりぎりの限界で生活していました。お金があるなら業者さんに片付けを頼むのでしょうが。依頼があると、まず市社協の職員が訪問してからこちらに依頼が来るのですが、長い間、孤立していて人間不信になったのでしょうか。訪問しても『こんにちは』も言えない状態でした。ところが、片付けが進んでいくとみるみる表情が変わっていって、帰るときにはその方は歌を歌い出したんです」
片付けをして家がきれいになるだけで、人の心は大きく変わる。
傾聴をする「らい聴の会」話をするだけでお互いに元気に
高齢者や障がい者には、地域社会のつながりの希薄化に漠然とした不安を抱いている人は少なくない。具体的な頼みごとはなくても、ただ話を聞いてくれて共感してくれる相手がいるだけで不安が和らぐという。
そこで市社協では2010年2月に話し相手ボランティアの養成講座を開き、これを受講した25人が中心に、話し相手ボランティア団体「らい聴の会」が設立された(写真6、7)。
北岳にいるライチョウは「市の鳥」で、そこから名前をとったという。当初40人いた会員は現在25人で、実際に活動しているのは10人くらいだ。
月に7、8人から依頼がくるが、個人宅に2人の会員でお伺いする。その方が話したいことをお聞きするのが基本。8対2の割合で、その方の話したいことを8の割合で聞くことに徹する。通常1時間で、例外的に2時間のこともある。
女性からの依頼が多く、中には同じ話を5回6回と繰り返す人もいる。そのたびに驚いたり、質問したりと、なかなかの忍耐がいる仕事である。
ところがこの傾聴が済むと、依頼者は見違えるほど元気になるというから不思議なものだ。
「こっちも元気になって、お互いに元気になるので、どっちがボランティアで、どっちが依頼者か、わからなくなることもあります」という。会話はそれほど心に栄養をもたらす。
「らい聴の会」以外は利用者には条件がある
「えがおの会」と「笑輪の会」のボランティアを利用できる人には条件がある。
それは、①市内在住の高齢者世帯または独居高齢者世帯、障がい者世帯、②低所得者、③市内に家族がいない──である。「笑輪の会」の場合は、これらに「乳幼児がいる世帯」も対象に加えている。
利用希望者から電話などで依頼を受けると、市社協職員が依頼者宅を訪問して具体的な依頼内容や派遣希望日などを聞き取る。それぞれの月1回の定例会で依頼内容を検討してチーム編成する。そして依頼者と調整したうえで訪問する。仮に派遣予定者の都合が悪くなった場合には市社協が再調整する。
ゴミ出しなどの軽微な内容の場合を除いておおむね3人以上で訪問するが、依頼内容によっては「えがおの会」と「笑輪の会」の合同編成チームで対応することもある。
また、庭木の剪定のように1日で終わらないような場合には、毎回市社協が再調整することとなっている。
「らい聴の会」は他の2団体のように利用者の条件はないため、若年層から高齢者まで幅広く対応しているが、主に1人暮らしの高齢者や障がい者などが中心になっている。
少子高齢化が進む地域社会の変化に、こうした"団塊の世代"のボランティアの活動が地域を支える希望の1つになっている。
(2020年1月発行エイジングアンドヘルスNo.92より転載)
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