地域ぐるみで進める「孤独死ゼロ作戦」!(千葉県松戸市常盤平団地)
公開日:2020年5月29日 09時00分
更新日:2020年5月29日 09時00分
2つの痛ましい孤独死きっかけをチャンスに
新京成線沿いの広大な敷地に1960年に建てられた千葉県松戸市の常盤平団地。常盤平駅前から南北に団地を貫く通りにはケヤキ並木が緑のトンネルを形づくっている(写真1)。団地建設当時に植えられたケヤキは、建物の5階ほどの高さまで伸び、団地56年の歳月を物語る。
常盤平団地はUR都市機構によって建設された賃貸5,359戸の大規模団地高度経済成長期のピーク時には17,000人を超えた人口は現在8,000人を割り、団地の高齢化率は約54%。若夫婦の核家族世帯から子供が巣立ち、高齢夫婦や独居高齢者の世帯が多く暮らしている。
常盤平団地が「孤独死ゼロ作戦」に取り組んで15年目を迎える。取り組みを始めたきっかけは、2001年と2002年に続けて起きた孤独死だった。2001年春、滞納家賃の督促に訪れた団地職員が白骨化した遺体を発見。死後3年が経過していた。ひとり暮らしの59歳の男性だった。家賃や公共料金は預金口座から自動引き落としだったため、預金が底を付くまで気付かれることがなかった。
翌2002年にはこたつに入ったままの遺体が発見された。近隣から「異臭がする」「ハエがいっぱい」などの通報があった。50歳代の男性で、死後4か月が経過。家族と別居中でひとり暮らしだった。
この2つの孤独死をきっかけに、常盤平団地は「孤独死ゼロ作戦」と称した孤独死対策に取り組んでいった。常盤平団地自治会(自治会)と常盤平団地地区社会福祉協議会(団地社協)と常盤平団地民生委員児童委員協議会(民生委員)の3団体が中心となって取り組みを進めている。
「同じきっかけであっても、それを見逃すか活かすかは大きな分かれ目。この2つの出来事を見逃すことなく"大ごと"と捉えて、地域ぐるみで取り組みをすばやく始めたのです」と話すのは中沢卓実・自治会長(写真2)。
中沢さんは自治会に関わって55年、自治会長を務めて31年になる「孤独死ゼロ作戦」のキーパーソンだ。全国の都市で孤独死対策に関する講演を多数行い、孤独死に関する書籍も出版している。「孤独死ゼロ作戦」の1つひとつについて、中沢さんにお話をうかがった。
多岐にわたる「孤独死ゼロ作戦」の取り組み
孤独死を考えるシンポジウムの開催
2002年の2人目の孤独死が起きた3か月後には、市民ホールで「孤独死を考えるシンポジウム」を開催した。なぜ孤独死が起こったのか、近隣の関係はどうだったかなど、団地住民で情報共有を迅速に行った。
その後、シンポジウムを毎年開催。年々、規模が拡大し、市民会館で開催するまでになった。県知事や厚労省副大臣の基調講演なども行われ、1,000人を超える参加者で会場があふれることも。メディアで大きく報道されることにより、国や県が孤独死の課題に着目するきっかけになった。
「孤独死110番」「まつど孤独死予防センター」の開設
団地内の緊急通報システム「孤独死110番」を開設。「隣の様子がおかしいと感じたら、孤独死110番へ」と繰り返し住民に呼びかけた。孤独死110番の電話は、「まつど孤独死予防センター」につながる。そこからUR都市機構の管理センターに連絡し、団地社協、民生委員、自治会の役員が安否確認に駆け付けるという仕組み。近隣からの通報で孤独死を未然に防げたケースもある。
まつど孤独死予防センターは、松戸市の協力を得て、2004年に開設された。「孤独死ゼロ作戦」の本部であり、事務所は市民センター内の団地社協と同じスペースに設けた。
「通報があった部屋に駆け付けたら、中で亡くなっているのか、生きているのか、早急に確認をしなくてはならない。手っ取り早いのは玄関のドアの小さなポストを開けて中の臭いを嗅ぐこと。亡くなっていると強烈な臭いがするので、臭いで生死を判断するのです。孤独死の場合は、隣の部屋のベランダから入るか、もしくは協力をお願いしている鍵の専門店に鍵を開けてもらう。私は何度もベランダ越しに部屋に入った経験があります。民生委員になりたての人にはなかなかできないことですね」と中沢さん。
その他、まつど孤独死予防センターでは「福祉よろず相談」の専用電話を設け、住民の相談に随時対応している。
あんしん登録カード
孤独死の場合は、一刻も早く身内に連絡をする必要がある。そこで考えたのが、2007年から始めた「あんしん登録カード」だ。本人の合意のもと、約700世帯が登録している。家族構成、緊急連絡先、かかりつけ医などの情報を記載する。登録カードは団地社協で保管し、いざというときに使用する。「登録カードの提出が安心感につながる」という住民の声が多くあるという。
自治会報『ときわだいら』の発行
自治会報『ときわだいら』は、1962年の常盤平団地自治会結成から毎月1回発行しているタブロイド判4ページの新聞。中沢さんは新聞社や出版社の元編集者。その経験を活かして原稿書きの8割は中沢さんの仕事だ。54年にわたり自治会報を休まず続けている自治会は他にないだろう。
「いきいきサロン」で地域の居場所、人の和づくり
2007年、「孤独死ゼロ作戦」の一環として、「いきいきサロン」がオープンした(写真3)。人々の居場所づくり、仲間づくりの拠点となっている。「なぜサロンをつくったのかといえば、生活習慣の"ないない"づくしを改善していこうと思ったからです。仲間がいない、近隣と関わりがない、地域の催しに参加しない、あいさつしない、他人に関心を持たない。このような"ないない"づくしを"あるある"づくしへ変えていこう。みんなが気軽に集まれる憩いの場をつくろうと思ったのです」と中沢さん。
サロンは団地内の中央商店街の空き店舗で運営している。UR都市機構に協力をお願いし、通常の家賃12万5千円を6万円にしてもらった。家賃は自治会と団地社協が3万円ずつ負担している。営業は年末年始の5日間以外は年中無休で、営業時間は11時から18時(冬季は17時)まで。入室料は1人100円で、コーヒーやお茶などの飲み物はお代わり自由。ドリップ式で丁寧に入れるコーヒーは香り高いと大人気。団地住民に加えて団地の外からも人が訪れ、1日平均37人の来客がある。
サロンの中で話し相手になり飲み物をサービスするお世話人は60~80代の女性が中心。時給200円の有償ボランティアだ。現在は約7~8人がローテーションを組み、1日2人体制でサロンを支えている。
取材の日、サロンの利用者の8割が男性だった(写真4)。いきいきサロン幹事の野元敏子さんは、「ここをオープンして驚いたのが、利用者の6~7割が予想外に男性だということです。男性は今まで行き場がなかったのだと思いました。地元以外で働いて、定年後すぐに地元で溶け込める場所はなかなかないのではないでしょうか」と話す。
お世話人を始めて10年になるという80歳代の女性は、「毎日来てくださる方が3日もサロンに来られないと心配になります。そのときは『具合悪いの?大丈夫?』と電話をかけたりします。『元気だよ』という声を聞けば安心しますね」と話してくれた。細やかな気遣いがさりげなくできるというのは女性の優れた点だろう。「何といっても女性のコミュニケーション力はすばらしい。女性は昼の地域の主役。自治会などの地域の活動に女性の力を大いに借りることが地域づくりのポイントです」と中沢さんは話す。
この日サロンに来ていたのは、将棋仲間の男性6人。近くの老人福祉センターで将棋をしたあと、サロンに立ち寄るのがいつものコースだそうだ。夫婦でサロンに来ていた男性は、「もともと野鳥の撮影が趣味でしたが、中沢会長に声をかけてもらって、団地のイベントの集合写真の撮影をさせてもらうようになりました」と話してくれた。
2010年、団地自治会は「地域づくり総務大臣表彰」を受賞した。いきいきサロンが地域コミュニティの再生に役立ったことが評価の大きなポイントとなった。サロンには団体や個人の視察がひっきりなし。いきいきサロンは、団地の顔となる取り組みとなっている。
"安否確認から納骨まで"NPO法人孤独死ゼロ研究会の設立
2010年、自治会と団地社協が母体となり、「NPO法人孤独死ゼロ研究会」を立ち上げた。中沢さんは自治会長の他、孤独死ゼロ研究会の理事長も務める。これまでの孤独死対策の取り組みを発展させて、"安否確認から納骨まで"の孤独死に関する研究を行うのが目的だ。
研究会の事務所は、団地社協とまつど孤独死予防センターと同じスペースにあり、事務所の入り口には3団体の看板が掲げてある(写真2)。「拠点確保が地域福祉を支えるよりどころになる」と中沢さんは強調する。
中沢さんは研究会が関わった事例を話してくれた。
「ひとり暮らしのお父さん(59歳)が亡くなって、登録カードから大阪に娘さんがいることがわかりました。娘さんはその日の夕方に来られたのですが、葬儀のことは何もわからない。どこの葬儀社がいいか、一般葬か、家族葬か。費用はどれほどかかるのか。代わりに葬儀社に連絡してあげて、ごみ処理業者も紹介しました。団地の退去届も必要です。行うべきことはたくさんあるので、すべてフォローします。中には身寄りのない人もいます。火葬して遺骨を合祀する前に、団地の役員が集会所に集まってお別れ会をして見送ります。今まで3回ほどありました」
人生の生き方とともに終わり方を考えるのも大事だと「終活ノート」(写真5)を作成した。ノートには、「私の履歴書」「終末医療について」「家系図」「葬儀の設計」「親戚・友人の連絡先」などが書き込める。最後のページの「思い出のアルバム」と書かれた封筒には、遺影に使用したい写真を入れることができる。県でもこの終活ノートを使用しているほど好評だ。まさに孤独死ゼロ研究会の業務は、"安否確認から納骨まで"に至っている。
孤独死の実態から学び、研究する中で、孤独死には次の7つの特徴がみられることがわかったという。
孤独死7つの特徴
( )内 中沢さんの話をもとに編集部注
なぜ女性に孤独死が少ないのか。「女性は子供を通して知り合いが多い。料理ができる。配偶者を亡くしたあとの立ち直りが早い。おしゃべりが得意。地域に明るい。子供ともつながりが深い。やはり女性のコミュニケーション力が孤独死を少なくしているということでしょう」
一方、なぜ男性に孤独死が多いのか。「身内との関わりがおおざっぱ。"会社は縦社会、地域は横社会化"という理解が乏しい。配偶者を亡くしたあとの立ち直りが遅い。身の回りのこと、特に料理ができない人が多い」などを挙げた。「女性の特徴、男性の特徴を捉えて、どのように支援し見守っていくかがかカギだ」と中沢さんは指摘する。
生活習慣の"ないない"づくしを"あるある"づくしへ
中沢さんは孤独死を発生させる社会背景を懸念する。「経済の豊かさと心に豊かさは反比例しています。核家族化が進み、地域のあり方が変わってきています。家のローンを払うために夫婦は共働き、子供は学童保育。子供は家に帰ると自分の部屋に閉じこもる。家庭の中で断絶があるのです。家庭がまとまっていなければ、地域がまとまるはずがありません。隣に誰が住んでいるかまったくわからないし興味もない。これが現代社会の地域の現状です。私はこれを"バラバラ現象"と呼んでいます。バラバラ現象が孤独死を引き起こす大きな要因なのです」
人とのつながりをどのように構築していくか。それが「いきいきサロン」や団地内に掲げられた"地域の合言葉"(写真6)につながる。「あいさつは幸せづくりの第一歩、みんなで創る『向こう三軒両隣』、友は宝なり」。特に「あいさつは誰でもすぐにできる"つながりの構築"の基本」と、団地ではあいさつ推進標語もつくり、あいさつ運動を呼びかけている。
「孤独死の対応の中から学んだことは、"死は生のカガミ"ということ。人間どう死ぬかは、どう生きるかにつながっています。人との関わりこそが幸せの原点です。自治会に入らない人など、地域の活動に無関心な人も含めて、どのように理解を深めていくか。自治会報を全世帯に配布したり、いきいきサロンをつくったり、少しずつ積み重ねていくしかない。人とのつながりの構築には特効薬はなく、地道な活動の先にあるのです。常盤平団地のように、自治会、団地社協、民生委員の3本柱が一体となって地域を支えることも大切なことだと思います」
現在、高齢者ひとり暮らし世帯は全国で約624万人といわれ、2025年には700万人に達すると予測される。孤独死のリスクは高齢者だけでなく、中年から若者にも広がっており、今後ますます孤独死対策が重要となる。
孤独死予防のカギは"人のつながりの構築"であることを常盤平団地の取り組みから学ぶことができる。人のつながり、地域の関わりは一朝一夕で築けるものではなく、若い世代からの意識付けが必要となる。「生活習慣の"ないない"づくしを"あるある"づくしへ」。これが大きなキーワードだろう。
(2017年1月発行エイジングアンドヘルスNo.80より転載)