誰もがみんな支え手になれる地域の人びとの力を引き出す NPO法人「地域の寄り合い所 また明日」(東京都小金井市)
公開日:2019年8月21日 10時20分
更新日:2019年8月22日 14時46分
高齢者と子どもが自然に関わり合う複合施設
木造アパートの1階の広いテラスから、「こんにちはー」と元気な声で入室してきた小学4年生の女の子3人組。預けられた小さな妹に会いにきたお姉ちゃんとその友だちである。お3時(おやつ)の時間ににぎやかな園児たちの横には、犬を抱っこして座る笑顔の高齢者。多世代が1つ屋根の下にともに過ごし、穏やかでのんびりとした時間が流れている。
東京都小金井市貫井(ぬくい)南町にあるNPO法人「地域の寄り合い所 また明日」の午後の風景である。「また明日」は、認知症専門デイサービス「また明日デイホーム」、認可保育園と認可外保育園「虹のおうち」、地域開放スペース「寄り合い所」の4つの事業を行う複合施設。アパートの1階5戸の壁を取り払った仕切りのない空間で事業が行われている。高齢者と子どもたちが自然に関わり合い、そこに地域の人びとが自由に訪れる。複合施設というよりは昔懐かしい長屋のような光景である。
この施設を運営しているのは、森田和道・眞希夫妻。和道さんは介護福祉士で、眞希さんは保育士。「また明日」を開設したきっかけは20年以上も前のこと。和道さんは小金井市の特別養護老人ホームで、眞希さんは併設の病院の保育士として働いていた。眞希さんの仕事は小児科に入院の子どもたちの保育。ある日、眞希さんが3歳のダウン症の女の子を和道さんの務める施設に散歩に連れていった。
「高齢者の顔が一瞬にして華やいだ顔に変わられました。寝たきりの人でも手を伸ばしてその子の頭を撫でようとしたり、元気な方はぎゅっと抱きしめたり。ダウン症の女の子も屈託のない笑顔でお年寄りに抱きつくんです。病院では『かわいそうに』とみんなから思われていた子どもと、特養ではケアされるだけだった高齢者。『両者が自然に結び付くだけでお互いを支え合う』という瞬間に立ち合うことができたのが原点です」と和道さんは当時を振り返る。
地域の人びとの理解と協力のもと「また明日」を開設
2006年12月、「また明日」は貫井南町で活動を始めた。開設の際には、行政や地域の人びと、介護職の仲間たちが力を貸してくれた。
「このアパートは行政の方から紹介していただきました。アパートの壁をぶち抜くなんて普通は躊躇すると思うのですが、ここの大家さんは『面白いね』と快く了解してくださいました。大家さんが地域の方と良好な関係を築いていたので、その上に私たちが乗せていただいたという感じです。開設の際のご近所への挨拶には大家さんも一緒に来てくださり、一軒一軒まわらせていただきました。行った先々で『あなた(大家さん)が連れてきた人だから間違いない。頑張りなさい』という言葉をいただいて本当にありがたかったです」
貫井南町は地縁血縁の濃い地域だが、排他的なところがまったくなく、新しく移り住んだ人を受け入れる寛容な地域性があるという。
「また明日」では、和道さんが「デイホーム」と「虹のおうち」の園長、眞希さんがNPO法人の代表を務める。1日の職員配置は、介護職4名、保育士4名、4つの事業を統括するコーディネーターを眞希さんが担当する。そして5匹の犬が「また明日」の一員として、癒しの存在となっている。
平面図上では、デイサービス、認可保育園、認可外保育園、「寄り合い所」と4つの事業所に区分けされているが、実際には壁がなく出入りが自由なため、高齢者と子どもが自然に入り混じる形になっている。介護職員は高齢者を見ながら子どもに目を向け、保育士も子どもの面倒を見ながら高齢者に目を向ける。また、「寄り合い所」にも介護職員、保育士の両方が対応している。
同じ空間で介護と保育を行っているため、若い母親が認知症の家族と赤ちゃんを同時に預けることもできる。そして、その母親が「寄り合い所」を利用すれば、介護や育児をしている人の輪が広がる。
"どなたでも気軽に立ち寄れる"「寄り合い所」。介護保険や保育に当てはまらないケースをここで引き受けている。「寄り合い所」は登録も予約も必要がなく、利用する際には入り口にある名簿に名前を記入し、お茶代程度の料金を貯金箱に入れるシステム。放課後に小中学生がふらっと立ち寄り、春夏冬の長い休みには朝から夕方まで利用する子もいる。施設でお昼ごはんを一緒に食べることもあるという。
訪れたこの日には、「友達に連れられて今日初めて来た」と話す子や「介護福祉士になりたい」と夢を語ってくれる女の子もいた。「いつでもどなたでもどうぞー」というのが「寄り合い所」の合言葉である。
子どもの存在が高齢者の自己肯定感を引き出す
「デイホーム」は認知症専門のデイサービスで介護度の高い高齢者も多く通っている。穏やかな表情で子どもたちを見守る高齢者。要介護4の認定者にはとても見えない。認知症の症状の軽い方は子どもの遊び相手になり、どの方が利用者なのかわからないほど、自然体で時間を過ごしている。
多世代が一緒に過ごすことで、高齢者にどのような効果がみられるのか。和道さんは、"自己肯定感"を第一に挙げる。施設の高齢者は常に介護される立場のため、自分の意思で行動ができなくなり、自己肯定感を喪失してしまう傾向がある。認知症専門の施設では徘徊などの問題行動があるが、その根底にあるのは"自己肯定感の喪失"だという。
「ここに通う高齢者には問題行動がほとんどないです。自宅に戻ると徘徊してしまう方でも、ここでは外に出ようともしません。子どもが泣いたらスタスタと歩いていって抱っこされる方もいらっしゃいます。すべて自分の意思で判断し行動されています。子どもと一緒に過ごすことで、"自分が何かをしてあげられる存在"でいられる。これが高齢者にとって一番いい形なのではないかと思います」
高齢者の家族からもうれしい声が寄せられる。認知症の人は新しい出来事を記憶することがむずかしいが、「デイホーム」に通う高齢者は、施設での出来事や子どもの名前をよく覚えているという。
「施設内の写真を高齢者に見せると、『この子が◯◯ちゃん。この前こういうことがあってね...』とエピソードを語られます。ご家族から『本当にあったことでしょうか』と問い合わせが来るのですが、それは実際にあったことで、ご家族がびっくりされています」。子どもと一緒に過ごすことで、高齢者の自己肯定感が引き出され、認知症の症状を和らげているのだろう。
一方、子どもたちにも目を見張る変化がある。「ここに通う高齢者は介護の必要な方なので、いろいろな配慮が必要です。私たちから子どもたちに配慮の仕方を教えますが、そのうちに自分たちでも自然にできるようになってきます。例えば、おじいちゃん、おばあちゃんの前で大声を出さない。お年寄りの前を横切ることもありません。おじいちゃん、おばあちゃんの邪魔にならないように、すっとよけて歩きます」
「デイホーム」に通う高齢者は80歳代後半から90歳代が中心で、子どもたちにとっては普段触れ合うことのない年代である。子どもたちの祖父母はまだ60歳〜70歳代と若く、ここに通う高齢者はそのひとつ上の世代で、特別な配慮が必要な方たち。子どもたちはそれを自然に理解して、高齢者に接しているというから驚かされる。
高齢者の主体性をできるだけ尊重する
介護と保育の2つの専門職が同じ空間で業務を行えば、それぞれの専門性がすれ違う部分もあるだろう。介護と保育はどのように棲み分けをしているのだろうか。
「介護と保育を一緒にすることでの一番の懸念は、リスクです。お互いに専門性があるからこそ譲れない部分は必ずありますが、ここを立ち上げるときに『介護だから、保育だからこうしなくちゃ』という部分を一切取り払うことにしました。高齢者と子どもが一緒にいることによって初めて目の当たりにすることばかり。専門性を捨てようというよりは、捨てざるを得なかったといったほうが正しいかもしれません」
予想もしなかったことも多くあり、従来の知識や技術が全然通用しなかったというほど、カルチャーショックを受けたという。高齢者が立ちながら子どもを抱っこしたら、子どもを落としてしまう危険性がある。その際には座って抱っこしてもらうように促す。しかし、お年寄りが立ち上がって抱っこすることは、高齢者が主体となって判断した結果の行為。「高齢者の主体性をできるだけ尊重すること」を大切にしているという。
「高齢者の何かしてあげようという潜在力に圧倒されます。保育士がどれだけあやしても泣き止まない子を、『おばあちゃんに貸してみな』といって見事にあやしてくれます。高齢者は日頃、膝が痛くても、やる気になれば子どもをひょいと抱っこしてあやせるということを高齢者から教えてもらいました。そして、子どもは世話をしなくてはならないだけの存在ではなく、いろんな人から笑顔を引き出すことのできる、無条件に光っている絶対的な存在だということを教えられました」
たとえ小さくても、年を重ねていても、社会的困難を抱えている人も、誰かを支える力を持っている。「その力を信じて、地域に活かしていけば、介護も保育も決して大変なことではないでしょう」と和道さんはいう。
あなた自身が地域社会を支える担い手になってほしい
NPO法人「地域の寄り合い所 また明日」と、法人名に"地域の寄り合い所"と付けているのには、森田夫妻の強い思いがある。
「人間関係の希薄化がいわれ、地域の人びとは自分の居場所を探し求めている現状があります。そのような人びとの居場所になりたいと思い、『また明日』を立ち上げました。ここに来た方は、今度は自分の周りの誰かの困難に気付くようになります。あなたが居場所を探してここにたどり着いたように、誰かがあなたの周りでも居場所を探しています。『その人びとがたどり着ける場所にあなた自身がなってほしい』というのが法人の願いです」
施設がすべての問題を解決するのではなく、地域に暮らす人びと自身が、地域社会を「支え合う」担い手になってほしい。その人びとの力を引き出して側面から支援していくことを「また明日」の目標としている。
さらに事業所を増やす計画をうかがうと、「今はこの空間を継続することに注力しています。たくさんの幸運が重なり、地域に恵まれ、みなさんが力を貸して下さって『また明日』があります。この雰囲気と空間は、貫井南町のこの地域だからこそかもしれない」と和道さん。
「また明日」は森田夫妻が立ち上げて、地域の人びとと一緒につくり上げてきた空間。「また明日」は貫井南町の地域そのものである。
(2015年7月発行エイジングアンドヘルスNo.74より転載)
転載元
公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.74