ハード・ソフトが一体となった施策で"歩いて暮らせるコンパクトなまち"をめざす(富山県富山市)
公開日:2018年8月 8日 11時20分
更新日:2019年2月 1日 15時39分
富山市が抱える2つの課題「都市部の空洞化」と「公共交通の衰退」
富山市は、富山県の中央部から南東部にかけて位置し、水深1,000メートルの富山湾や標高3,000メートル級の立山連峰など多様な地形を有する自然豊かなまちであるが、以前から、「都市部の空洞化」「公共交通の衰退」という2つの課題に頭を悩ませていた。
市内の道路の整備率が高いこと、住宅の戸建て志向が高いこと、近郊の地価が安いこと─などから人口や世帯数の増加とともに、人口が郊外へと急速に流出。その結果、市街地が拡大し、都市部が空洞化した。
また、富山県は1世帯当たりの自動車保有台数が全国2位と自動車への依存度が高く、特に富山市内ではその傾向が顕著である。これにより、路線バスなどの身近な公共交通機関の利用者が激減し、公共交通の衰退を招いた。
市街地の拡大により買い物をする場、病院などが市内に拡散し、さらに公共交通が衰退したことから、富山市は自動車を持っていない人、特に高齢者にとって極めて生活しづらいまちとなった。とりわけ、地方都市にとっては、今後、人口の減少と高齢化が深刻な状況になることが予想される。
"お団子"と"串"づくりで進めるコンパクトなまちづくり
そこで、富山市はそれらの課題対策として、2002年頃から「コンパクトなまちづくり」を進めてきた。これは、鉄道・バスなどの公共交通網(鉄軌道)を活性化させ、その沿線に居住、商業、業務、文化などの都市の諸機能を集積させ、自動車を使用しなくても"歩いて暮らせるコンパクトなまち"の実現をめざすもの。
「われわれがめざしているのは、公共交通沿線の徒歩圏にさまざまなサービスや居住スペースが集まり、そういった拠点が複数形成され、それらを公共交通で結ぶ『クラスター型』のコンパクトなまちづくりです。われわれはこの徒歩圏を"お団子"と呼び、それらを結ぶ公共交通の軸を"串"と呼んでいます(図1、2)」と、話すのは富山市都市整備部都市政策課の狩野雅人氏(写真1)。
公共交通網を強化して商店街の活性化へとつなげる
共交通の活性化については、利用者の減少が続いていたJR富山港線を廃線とし、それに代わって全国初となるLRT(ライト・レール・トランジット)を導入し、大幅なサービス向上と徹底したバリアフリー化に着手した「富山ライトレール」(写真2)をはじめとする鉄軌道の整備。また、バス停の上屋整備やノンステップバスの導入等のバス路線の利便性向上など、高いサービス水準の公共交通網を敷いた。
さらに、富山市は高齢者の公共交通利用の頻度を高める工夫として、2004年から「おでかけ定期券事業」を開始。これは、市内在住の65歳以上の人を対象に市内各地から中心市街地へ出かける際に、LRTを含め5つの公共交通機関を100円で利用できる登録制の定期券(おでかけ定期券)を支給する制度である(写真2)。
この定期券を提示することで、中心市街地にある約70の協賛店での商品の割引、市内にある約30の市の体育施設や文化施設を半額で利用できるなど、さまざまな優待サービスが用意されている。現在、市内の高齢者の約24%が所有し、1日に平均2,523人が利用している。利用者の多くは中心市街地へ行くことを目的としていると見込まれ、商店街の活性化につながっているという。
歩行者ネットワーク構築のカギは高齢者の歩行支援
富山市では中心市街地の活性化の一環として、長寿福祉課が中心となって「ヘルシー&交流タウンの形成」を進めている。「商店街など、まちの中心部で高齢者が安全に、快適に生活できる歩行者ネットワークの構築をめざす取り組みです」と、担当者の富山市福祉保健部長寿福祉課の山口敬氏は話す(写真1)。
富山市がめざす歩行者ネットワークの構築において、カギとなるのが「まちなかでの高齢者の歩行支援」である。「都市開発により、元気な高齢者が気軽にまちなかに出かけやすくなりました。しかし、歩行に難がある高齢者は、電車やバスを使ってまちなかに出られるものの、長時間の歩行がつらいため、外出を控えがちになります。この都市環境と高齢者の歩行能力のギャップを何とかしないと、富山市のめざす"歩いて暮らせるコンパクトなまち"は実現できません」と話すのは、「富山大学歩行圏コミュニティ研究会(通称:ホコケン)」の代表者である富山大学大学院医学薬学研究部の中林美奈子准教授(写真3)。
RISTEX(社会技術開発センター)採択プロジェクト「社会資本の活性化を先導する歩行圏コミュニティづくり」を実践するためのチームとして、2011年に「ホコケン」が発足。参加メンバーは富山大学自立支援器具研究会に加え、地元の星井町地区自治振興会・長寿会会長、富山市の都市政策課、長寿福祉課、環境政策課の職員などで、歩行能力の支援に焦点を当て、衰えた歩行能力を補完できるような「道具」を使った支援を試みている。
理想の歩行支援機器は杖と車椅子の"すき間"にあった
「歩行を支援する機器にはいろいろなものがありますが、代表的なのは杖と車椅子です。しかし、この2つの道具の間には大きな"すき間"があります。杖は場所を選ばず気軽に使えますが、前提としてある程度の歩行能力が必要です。一方、車椅子には歩行能力は必要ではありませんが、狭い場所では使えませんし、持ち運びも不便です。そこで、われわれは2つのいいところを取った、理想の機器の開発をめざしたのです」と話すのは、ホコケンのメンバーである富山大学芸術文化学部の河原雅典准教授(写真3)。
そうしたコンセプトを基に開発されたのが「歩行補助車」である(写真4)。「補助車の足元を4つの車輪にし、安定性を高めつつも移動が楽になるよう考慮しました。また、ハンドル部分である2つの持ち手の高さを調節できるようにし、前かがみになりがちな一般の補助車と違って背筋が伸び、歩幅を大きく取れるようにしました。さらに、モニターのアドバイスを参考にし、かご、椅子、傘置きを備え、実用性に富んだものに改良しました」と、設計に携わった富山大学工学部機械知能システム工学科技術職員の木下功士氏。何よりも高齢者が使いやすい設計を心がけたと話す(写真3)。
そうしてできあがった歩行補助車の試作品を、メンバーである星井町の各地区の長寿会会長たちがそれぞれの地区のさまざまな場所で使用し、使用上の問題点を探り、ホコケンの会議の場で報告するというプロセスを重ねた。
「モノづくりとまちづくりの融合」歩行補助車を市の風景に
ホコケンがめざすのは「モノづくりとまちづくりの融合」。歩行補助車の開発は通過点で、ゴールは歩行補助車を使用しながらまち歩きをする高齢者が富山市の風景となること。そのためには、多くの人たちに歩行補助車を知ってもらい、実際に使ってもらう必要があった。
そうした活動に率先して参加したのが、星井町の各地区の長寿会会長たち。人数は8名、平均年齡は76.4歳。PRイベントに参加し、実際に歩行補助車のデモンストレーションを行ったり、来場者に自ら使用した感想を話したりした。「われわれ長寿会は、歩くのがおっくうになって顔を見せなくなった人たちを何人も知っています。そういった人たちの助けになればと思って、活動に参加しています。やっぱり自分たちのまちのことですから、自分たちで何とかしないといけませんよ」と話すのは、メンバーの一人である四谷善造氏。
こうした地域のバックアップもあり、ホコケンの取り組みは広く知られるようになり、定期的に行う歩行補助車を使ったイベントも商店街の1つの風景となり始めた(写真5)。また、ホコケンは歩くことを誘導する仕掛けづくりの一環として、「ICウォーク事業」を開始。これは、商店街の2か所にチェックポイントを設置し、その区間(約180メートル)を1往復するごとに10ポイント取得でき、定期的に行われるホコケン主催の行事中の「イベント通貨」として食べ物や品物と交換できるというもの(写真5)。現在、チェックポイントは2か所であるが、商店街の協力を得てさらに増やしていく予定である。
さらに、2013年8月1日には総曲輪(そうがわ)商店街の中に、富山大学人間発達科学部の鳥海清司教授を中心に「スモールステーション」を開設し、歩行補助車を試験的に共同利用できるようにした(写真5)。「今後は、歩行補助車をどのように管理・運営していくかが焦点となりますが、まずは試験的に共同利用を実施し、その結果を基に富山市と協議していきたいと思います」と、富山大学の産学官連携コーディネーターである永井嘉隆氏は話す。
「便利で誰もが歩きたくなるまち」をめざして
ホコケンの研究事業は2014年9月に終了となることから、今後はそれまでの成果をどのように市の取り組みと連動させていくかがカギとなる。ICウォークを利用し、まちの中に高齢者を対象としたウォーキングコースを設置する「まちなかシニアウォーキングコース」の設置などをはじめ、さらに徒歩圏の魅力を高めることが重要になるだろう。
狩野氏は、「ただ便利なだけではなく、誰もが歩きたくなるような住民本位の都市整備をこれからも進めていきたいです」と述べ、"お団子"の整備を課題の1つに挙げる。また、山口氏はまちづくりの成果を市民に実感してもらうためにも、「市民が5年後、10年後の自分自身やまちの様子がどのようになっているのかという具体的なイメージを持つことができるよう、施策の目標や効果を地道に伝えていくことが大事です」と話す。
ホコケンは、歩行補助車のさらなる改良に加え、歩行補助車が高齢者の社会参加を促進するツールとしてコミュニティーづくりにどのように作用するかを検証し、持続可能な事業の検討を行う予定であるという。「今後は、これまでの事業を継続しつつ、もっと私たちの取り組みを外に発信し、地域の信頼やきずなを基盤とした『歩いて暮らせるまちづくり支援』を広めたいと考えています」と、中林准教授は意気込んだ。
都市中心部の空洞化は地方都市だけではなく、東京、名古屋、大阪などの大都市でも起こっている。さらに、わが国では今後も少子高齢化が進むことから、長寿社会に対応した新しいまちづくりへの対応が急がれる。
富山市は、LRT導入などの公共交通の整備と、高齢者の歩行支援というハード・ソフトが一体となった施策によって、それまで転出超過だった市内の中心市街地の人口を、2012年に転入超過に反転させるなど着実に成果を挙げている。"歩いて暮らせるコンパクトなまち"。富山市がめざす長寿社会に対応したまちづくりの行方に今後も注目したい。
(2013年10月発行エイジングアンドヘルスNo.67より転載)
転載元
公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.67