移動店舗による買物支援・支えあい活動から広がる地域コミュニティの輪(茨城県牛久市)
公開日:2020年6月26日 09時00分
更新日:2020年6月26日 09時00分
駅近の住宅地で起きる「都市型買物困難者」の問題
茨城県南部に位置する牛久市は、東京から電車で1時間の都内に通勤・通学する人が多く住む東京のベッドタウン(図1)。今年初めの横綱・稀勢の里の誕生で日本中が祝賀ムードにわいているが、ここ牛久市は稀勢の里の出身地としても知られている。
市ではここ数年、買物困難者の増加が問題となっている。そこで、いばらきコープ生活協同組合(以下、いばらきコープ)は、2012年から移動店舗車を運行させ、買物支援を行っている。この買物支援活動は、いばらきコープの他、牛久市、牛久市社会福祉協議会(以下、市社協)、地域包括支援センター、住民が連携して取り組みを進めている。
牛久市の高齢化率は26.78%(2017年3月現在)。全国平均とほぼ同じだが、地域によって高齢化率に差があるという。市にはJR常磐線の2つの駅、「牛久駅」と「ひたち野うしく駅」がある(図2)。
牛久駅周辺は、1980年代に一戸建てを中心とした住宅地が分譲され、人口が急増した。30歳代で転居してきた核家族世帯が多く、35年ほどが経った現在は、子どもが独立して高齢夫婦のみの世帯や高齢者独居世帯が増え始めてきた。駅近くの一部の地域では、高齢化率が50%を超えるところもある。
一方、ひたち野うしく駅は、つくば万博開催時(1985年)の臨時駅の跡地に、1998年に開設された新しい駅。そのため、駅周辺の宅地造成が進んだのはここ10年のことで、高齢化率が5%ほどの若い世代が多い地域だ。
また、市の東部には昔ながらの農業地域が広がり、高齢化率は40%ほどと高いが、3世帯同居が多く、若い世代が車で買物に出かける光景も多い。
市社協事務局次長の中村佳代さん(写真1)は、「最初に買物困難者の声が上がったのは、牛久駅に近い住宅地でした。このあたりは牛久市でも初期に開発造成された地区で高齢者が多く、さらに土地の高低差が多い地域です。少し歩けば駅という便利な地域でも問題が出始めてきました」と話す。
牛久市の買物困難者の問題は、駅から離れた農業地域での問題だけでなく、駅に近い住宅地でも深刻になりつつある。街中ではあるものの買物困難者が潜在的に多い「都市型の買物困難者の問題」が浮き彫りになってきた。
「買物支援・支えあいのまちづくり推進協議会」の立ち上げ
いばらきコープの移動店舗「ふれあい便」は、県内で水戸市と牛久市の2台を運行している。2011年2月の水戸市に続いて、牛久市では2012年5月から運行を始めた。いばらきコープが牛久市でふれあい便を運行させるにあたって、市や市社協、地域包括支援センターが高齢化に伴うさまざまな課題を持っていることを知った。それは、高齢者の見守りや買物支援、移動手段の確保、そして地域コミュニティの場づくりなどだった。
牛久市はもともと住民主体の活動が盛んな地域だ。市には8つの地区社会福祉協議会(以下、地区社協)がある。地区社協はおおむね小学校区単位で、住民の主体的な参加と協力により地域福祉を進めていく組織。その小学校区をさらに小さい地区に分けた行政区(自治会や町内会にあたる地域組織)が64区あり、それぞれの行政区で住民の自主的な活動が行われている。
中村さんは、「市社協としてもこれから進んでいく高齢化に向けて、地域のみなさんに主体的な支えあい活動を進めていただけるよう働きかけをして、その土台づくりをしていました。そんな中で、地区社協や行政区で勉強会を開催した際に、『認知症の人が増えてきた』『引きこもりの人が増えてきた』『車の運転がむずかしくなってきた』という声が上がり、"買物困難者の問題"がその1つとして上がってきました。そんなときに、いばらきコープの移動店舗の話があり、連携して取り組みを進めていくことになったのです」とその経緯を話す。
いばらきコープ、牛久市、市社協、地域包括支援センターの4者は「牛久市買物支援・支えあいのまちづくり推進協議会」を立ち上げ、地区社協や行政区の住民たちの協力を得ながら、買物支援・支えあい活動を進めていくことになった。
なお、この事業は、2012年度「茨城県新しい公共の場づくりのための提案型モデル事業」に採択された。
お客様1人ひとりにフィットした対応を
いばらきコープの移動店舗「ふれあい便」は、月~金曜日の週5日運行している。牛久市の他、近隣の市町(土浦市、阿見町、龍ケ崎市、つくばみらい市)の一部も運行のコースとなっている。週1回、決まった曜日の決まった時間に停留所となる場所に、商品を積んだトラックが巡回する。停留所は現在56~57か所で、牛久市内では50か所弱となっている。
「停留所の設置は、高齢化率が比較的高く、かつ近隣に食料品店がないエリアを重点地域としました。その際に参考になったのが、地域のみなさんの声です。『どこに困っている方がいるか』という情報を、地区社協や民生委員、行政区の区長さんからうかがいながら停留所をつくっていきました。停留所づくりはコープ単独での取り組みではむずかしかったと思います」と話すのは、いばらきコープ移動店舗担当課長の大髙好文さん(写真1)。停留所は、公民館などの人が集まりやすい場所や、行政区の区長が提案した場所の他、最近では住民のリクエストに応じて個人宅の「〇〇様宅前」などにも設置している。
1つの停留所に30~40分停車するスケジュールで、1日に12~15か所ほどの停留所を巡回する。ふれあい便のトラックには、生鮮食品の野菜・果物、魚、肉を中心に400品以上の商品を積み込む(写真2)。利用者の「こんな商品がほしい」というリクエストに応える"御用聞き"も行っている。例えば、「お刺身の盛り合わせがほしい」「お米を積んできてほしい」などコープ店舗で扱う商品ならどのような商品でも対応が可能だ。
ふれあい便の担当者は、早番と遅番の2交代制。昼に一度コープの店舗に戻り、品薄になった商品を補充して、午後の担当者が再びふれあい便を運行させる。「午前の後半と夕方には品物は少し減りますが、担当者が後半の時間のお客様用に商品を取り置いたりして、できるだけ不公平感をなくすようにしています」(大髙さん)
さらに、曜日やコースで売れ筋商品が違うという。「月曜はお魚をメインに」「火曜はお肉」「水曜は野菜」など、利用者の嗜好にあわせた品揃えをしている。「お客様の好みやお話から垣間みえる生活の傾向を把握して、1人ひとりにフィットした対応をめざしています。移動店舗と通常店舗との違いは、お客様との濃密な関係をつくっていけるところだと思います」と大髙さん。利用者と担当者との距離の近さがふれあい便の特長だ。
"人とのふれあい"がもたらす多くの効果
ふれあい便が住民にもたらしているのは、買物の機会の提供だけではない。その1つとして挙げられるのは、停留所での住民同士の交流だ(写真3)。停留所では毎回ご近所同士のおしゃべりに花が咲く。「今はそれほど買物に困っていないが、停留所に来るとご近所さんに会えるから、ふれあい便を楽しみにしている」という人もいるほど。ご近所の人が高齢の人の買物荷物を玄関口まで運んであげるといった光景はよくあるという。
「いつも停留所に来る方が来ないので、停留所仲間が心配してその方の家を訪ねたところ、風邪を引いて寝込んでいたそうです。病院に行くように勧めて、風邪をこじらせることなく元気になられました」と大髙さんが話すように、住民同士の見守りにもつながっている。
一方、利用者とふれあい便担当者の間の見守りの事例もある。担当者が常連の利用者が停留所に来ないことが心配になり、その人の家を窓越しに見せてもらったところ、部屋で横になり電話にも出られないほど体調を悪くしていた。すぐにヘルパーへ連絡を入れ、無事に病院へ行くことができたという。
また、「高齢者にとって自分の目で見て買物をするという意味は大きい」と大髙さんは話す。「ふれあい便は小さな店舗ですが、自分の目で見て触って品定めをして買物ができるリアル店舗です。ネット販売やカタログ販売ではできない"本来の買物"が楽しめます。お金のやり取りを自分でするということも大きいようです。高齢になってご自身で買物をする機会が減ってくる中で、自分で選んでお金のやり取りをして、担当職員と世間話をしながら買物をすることを心待ちにしてくださる方が多いです」
ふれあい便という名の通り、"人とのふれあい"から生まれる効果は、「コミュニティの場の提供」「見守り」「買物の喜びの提供」など、数多く挙げられる。
買物困難者のニーズを拾い上げるむずかしさ
いばらきコープが牛久市でふれあい便を運行させて約5年が経つ。5年の歳月は決して短い時間ではなく、利用者の中には施設に入所した人、歩いて停留所に来られなくなった人などもあり、利用者数は減少傾向にあるという。停留所で開催していた「健康教室」も今はお休みしている。
中村さんは「買物に困っている人がどこにいるのか、そのニーズを拾い上げるのが意外にむずかしい」と話す。要介護認定を受けて公的サービスを受けるまでではないが、買物が困難という人の情報をつかみきれないのが現状だ。
そこで地域の情報交換を目的に、行政区の区長などの地域のリーダーを交えて、「ふれあい便交流会」を定期的に開催している(写真4)。ここで得られる地域リーダーの意見は事業の構築にとても重要だ。さらには買物支援にとどまらない住民同士の支えあいの基盤づくりにもつながっている。「今後のことを考えると、ふれあい便はぜひとも続けてほしい」と地域リーダーからは強い要望がある。リーダーたちはふれあい便をもっと多くの人に利用してもらえるよう、地区内でチラシを配ったり、回覧板でお知らせをしたりなど協力を惜しまない。
中村さんは、「牛久市には車がないと外出に不便な地域が多くあります。これから高齢化がさらに進むと、免許を返上される方も出てきます。今はまだお元気な方でも、あと数年したら移動店舗のサービスが本当に必要になってくると思います。このことを住民のみなさんに伝えていき、『ふれあい便を利用していきましょう』と呼びかけていく。地道なお声がけでみなさんの理解と協力を得て、この輪を広げていきたい。住民のみなさんがこれからの生活をどのように構築していくか、自らが選択していけるように下支えすることも私たち市社協の役割です」と話す。
「5年後の生活はどうか」の視点を持つことの大切さ
ふれあい便事業は、現在は採算が合っている事業ではない。いばらきコープは店舗事業や宅配事業が黒字ということで、移動店舗事業を継続できているのが現状だ。
大髙さんは、「コープは"地域のお役に立てる生活協同組合"と考えれば、今は不採算事業でも"オール生協"として地域に貢献できればと考えています。ですが、ふれあい便を採算がとれる持続可能な事業として継続させて、地域住民の期待にお応えできるようにすることが重要です。そのためには、基本に立ち返って、地域連携をさらに強固にしていく。移動店舗の技術的な面での改善点もあります。今はお客様がトラックに上がって買物をする形ですが、高齢の方は階段を上るのも大変です。今後はトラックの外からでも買物ができる形にすることも検討しています」と話す。
さらに、「これは私の夢でもあるのですが、移動店舗を使って地域を巡回して、商品販売以外にも生活のちょっとした困りごとの"便利屋的な窓口"になって、トータル的な生活支援事業をすることで、この事業に広がりを持たせることができるかもしれない」と今後の展望を語った。
今後、少子高齢化が進み、高齢者のみの世帯が増えていく中で、買物困難者の問題は全国のどの地域でも、街の中でも起こりうる問題だろう。牛久市の移動店舗による買物支援・支えあい活動は、街の中の買物困難者への対応策の先駆けとなる事業であり、買物支援を通しての地域づくりのモデルとなる取り組みだ。
牛久市の取り組みから、「今は大丈夫でも5年後の生活はどうか」という視点を住民1人ひとりが、そして地域全体が持ち、先を見据えて行動することの大切さに気付かされる。牛久市の買物支援・支えあい活動について、中村さんと大髙さんは、「今は足元をしっかり固めるとき」と語るが、活動の土台となる地域コミュニティづくりはかなり進んでいる。牛久市の事業の発展に今後も目が離せない。
(2017年4月発行エイジングアンドヘルスNo.81より転載)