高齢者のもったいない力を活かし、ケアされる人から支え合う人へ(栃木県那須塩原市)
公開日:2018年5月25日 10時39分
更新日:2019年8月 7日 09時03分
高齢者が安心して地域へと出かけられる「場」の提供を
「いいよ、これはおれがやるから、あんたは座ってな」「それじゃ、私はこれやっておくね」――お互いが声をかけ合い、できることは自分でやる。できない人がいれば誰かがそれをフォローする。「ケアされる」ではなく、「支え合う」。それが地域の居場所、「街中サロンなじみ庵」のいつもの風景だ。
JR東北本線・西那須野駅のほど近く、そ水通り商店会に面したマンションの1階にNPO法人ゆいの里が運営する街中サロンなじみ庵がある。
「まちの中で緩やかに、老いや認知症を受け止めていける安心な居場所があったらいいなと思い、なじみ庵をつくりました。高齢になると閉じこもりになりやすく、それに伴い、足腰の筋力や意欲・自発性の低下、うつ状態・認知症に落ち入りやすくなるなどの危険性が高まります。その結果、介護保険の申請をして要介護認定を受け、介護保険サービスを利用するという流れをたどっていきます。でも、そうなる前にここへ来てみませんか。そして、お互いさまで支え合いませんか。高齢者が通うところはデイサービスとは限りません」。そう話すNPO法人ゆいの里代表の飯島惠子さんは、1996年から、地域の居場所の必要性を感じ、仲間たちと活動を続けてきた。
1998年、民家を利用して始めた「デイホームホットスペースゆい」は、その後、介護保険制度開始と同時期に小規模な通所介護の場となった。2002年には、空き店舗を借りて、地域の縁側兼よろず相談所の「あったかいごや」を開所。居場所の必要性と地域の相談を受け止めてつなぐという手応えを感じながらも、運営の厳しさから、あったかいごやは4年間で閉所となった。
2005年、市と県の補助を受けて空き店舗を改修し、高齢者の力を活かしたまちづくりの拠点としてなじみ庵を開所。ゆいの里にとって初めてとなる行政との共同事業が始まった。
なじみ庵のモットーは「会員が主役」。会員は市内在住の65歳以上の人、入会と同時に全員がボランティア保険に加入する。「ここは会員によって成り立っているんですよ」という主任コーディネーターの堀内陽子さんの言葉どおり、会員がボランティアとして運営を担っている。
「喜んでくれる人がいるから」やりがいの送迎で人助け
その1つが送迎ボランティア。会員は65歳から98歳まで129人、平均年齢78歳。要支援や要介護の人、障害を持った人も多い。公共交通機関もないため、半径10キロ圏内をカバーし、会員の貴重な「足」となっている(写真1)。
なじみ庵の毎日の食事づくりや活動に参加したい会員の送迎は運営上重要な位置を占める。朝の迎えを一手に引き受けているのは一人の男性会員だ。
なじみ庵の上にある自宅マンションから、ランチを食べに行ったことがきっかけとなり、何度か通ううちに声をかけられた。そのとき、ちょうど65歳。会員資格の年齢になっていたこともあり、「何かの縁かな」と思い会員になったという。送迎の人手が足りないことを聞き、快く午前の送迎を引き受けることに。
「時間どおりにお迎えに行きたい」との思いから、自ら「運行ダイヤ」をつくり、定刻どおりの送迎を心がけている(写真2)。利用する会員からは、「本当にここへ来たいと思っている人の多くは歩いて来られないから、送迎には本当に感謝しているよ」との声が聞かれる。
「会員になるまでの4年間はいろいろとぶらぶらして日々を過ごしていましたが、決して有意義なものではなかったと思います。今はボランティアとして週5日間ここへ来ています。サラリーマン時代と変わりませんよね(笑)。でも、つらくはないです。送迎をすることで喜んでくれる人がいる。その顔を見るだけでやりがいを感じます。送迎でできる人助けですね」。
"あったかい"食事で孤・個食問題の解決を図る。
なじみ庵の売りである「お袋の味ランチ」も会員と一般のボランティアによって支えられている。お袋の味ランチとは、80歳代の女性会員を中心とした「お袋さん」による日替わりランチで、会員がつくる野菜や地元の食材、そして地元の魚屋が毎日運んでくる魚を使い栄養面に配慮したメニューである(写真3)。これに食後のコーヒーが付いて500円、会員は300円。
ランチの仕込みは9時前から始まる。ランチの終了時間までお袋さんたちは交代で厨房に立ち続ける。額に汗を浮かべながらも、表情はとてもいきいきとしている(写真4)。「疲れるけど、楽しいですよ。みんな『おいしい!』って言ってくれるからつくりがいがあります。それにずっと家にいてもつまらないですから。ランチを食べに来たときに、『私もやってみたいな』って思ったんです。そのときの判断は間違ってなかったですよ」と、調理師免許を持つ81歳のお袋さんは話す。
11時30分からのランチタイム、20席ほどの食堂はすぐに満席となる。そんなときは、「こっち空いてるぞ、こっち来い」と互いに声をかけ合う。食事が済んだ人はすぐに片付けをして、次の人のために席を譲る。足元がおぼつかない人がいれば、周りが配膳などをサポートする(写真5)。誰かが音頭を取るわけでもなく、一人ひとりができることを行う。食堂を中心に、「支え合う」お互いさまの精神が広がっている。
なじみ庵の活動のベースは、デイホームホットスペースゆいにある。「認知症や障害があっても、ケアや環境の工夫次第で安心な居場所でその人らしい生活を続けることができます。大切なことは、利用者に寄り添い、その人の持っている力を引き出して、できないところを支えていく自立支援介護です」(飯島さん)。
デイホームホットスペースゆいでは、お茶入れ、食事づくり、裁縫などの日常の家事だけではなく、それぞれに自分のできること、したいことを認知症や障害のある利用者が行っている。また一方で、大学を出たばかりの若い女性スタッフが食事づくりや裁縫などを学ぶ場にもなってきた。
こうした実践を通じて飯島さんはなじみ庵の開設に当たり、高齢者のもったいない力を活かした自主的な活動と配食サービスやヘルパーがつくる食事では担えないできたての"あったかい食事"をみんなで食べる地域の居場所づくりをめざした。個食・孤食から会食へ。仲間との食事では食欲も増すため、栄養バランスのよい食事と相まって会員の健康の増進につながっている。
しかし、開所して間もない頃は、「高齢者の力を活かす」という運営方針が伝わらず、スタッフがやってあげる、やってしまう状況に苦悩したという。半年後の2006年6月、ゆいの里のデイホームのスタッフだった堀内さんがなじみ庵主任コーディネーターに異動し、当時75歳の元食堂を経営していた会員のボランティアに支えられ、お袋の味ランチがスタートした。ランチの提供数は当初は20食、今では1日40食程、平成23年度のランチ提供総数は1万食を超えたが、24年度は土曜定休となったため9,105食、1日平均37食となっている。
なじみ庵の食堂は、飲食店営業許可を取り、飲食店組合や商店会にも加入した誰でも利用できる地域の食堂である。
口コミで広がる男性会員の輪 ひきつけてやまないお袋の味
なじみ庵は男性会員が多いことも特徴だ。平成22年度に35%だった男性の比率は、次年度には41%に増加。開庵当初は、地域への挨拶と周知を徹底するため、回覧板を利用して各戸へ「なじみ庵だより」を配布したり、図書館や公民館など人の集まる場所に置いたりするなどの広報を行ってきた。
男性会員がなじみ庵に来るきっかけには、口コミの力も大きい。「『だまされたと思って来てみろ』って言われてね、それで来てみたんだ」。そう話す男性会員は、後に別の友人にも同じような言葉で誘いかけた。「やっぱり知り合いに誘われると行ってみたくなるわな。そんで、来てみたら結構いいところだから気に入ったんだよ」。
男性会員の多くをひきつけてやまないのがお袋の味ランチだ。「野菜が多いし、品数も多いし、何よりうまいよ」「病院の飯はうまくないね、入院中はここが恋しいよ(笑)」「おれは独り身だから料理しても余っちゃうし、家でひとりで食べても味気ないからここで食べるようにしてるんだ」――などの声が聞かれる。
ランチが終わると男性会員に人気の活動が始まる。食堂の隣の工房スペースにマージャン卓がセットされる。「食後にはこれだな。これがあるから来てるってもんだ(笑)」。卓を囲む4人のほかにも、数名の男性会員が椅子を出して対局を見守る。マージャン店での対局とは異なる「健康麻雀」は頭の体操を兼ねて、教え教わりながら進行するため、自然と会話が弾み独特のコミュニティができあがる(写真6)。
14時を過ぎると、なじみ庵の雰囲気が変化する。食堂は喫茶店に変わり、お袋さんから85歳の「マスター」へとバトンタッチ。多くの会員はお茶やコーヒーを片手におしゃべりに興じ、また各々が囲碁や折り紙などの思い思いの活動を行う。毎日通っている男性会員は、「家にいても面白くないよ。ここにいれば、仲間がたくさんいるからね。別におしゃべりしたいってわけじゃないけど、顔を見せ合ったりするのがいいんだよ」と話す。会員の年齢も出身地もばらばら、それでも居場所を共有する相手がいるだけで気持ちが晴れる。
高齢者の自助と互助を促す地域の居場所
なじみ庵では、各種の自主グループ活動や転ばぬ先の知恵教室、物忘れ知らず教室は誰でも自由に参加でき、費用は原則無料。自主グループ活動は、歌声喫茶、百人一首を楽しむ会、踊りを楽しむ会など10種以上。どれも会員が自主的に行っている。自主性を大切にする環境は好評で、「ここのよさはやりたいことができることだな。細かい規則もないし、好きなことができるってのが嬉しいね」という声があった。
しかし、一方で課題もある。会員の約20%が要介護・要支援の認定を受けており、難病やがんなど、疾病を抱えた会員もいる。「ここはまちの中のお店ですから、誰が来てもお断りすることはありません。支援が必要な方を受け入れていくためには、ルールがあったほうが安全かなと思いますが、そうするとなじみ庵のよさがなくなってしまうようで、ジレンマですね」とたった一人の常勤スタッフの堀内さんは言う。
なじみ庵でどこまで支えられるか。なじみ庵には看護師や介護職はいない。デイサービスやヘルパーを利用しながら通う人も大勢いる。飯島さんがコミュニティ・ケアマネジャーとして、会員の体調や症状の変化に目を配る。「これまでも、必要時には家族や地域包括支援センターと連絡を取って、医療や介護保険につないできました。これからは、本人や家族の理解を得て、会員担当のケアマネジャーや地域包括支援センターとの連携を積極的に図って、サービス担当者会議やケアプラン・週間サービス計画にインフォーマル支援として位置付けられる協力体制をつくっていきたいと考えています」(飯島さん)。
なじみ庵には、「デイサービスに行きたがらない」「支援ニーズがあるのに非該当になった」――などの家族、民生委員、地域包括支援センターからの相談が日々寄せられるため、地域のさまざまなニーズが見えてくるという。「地域包括ケアは『自助、互助、共助、公助』の役割分担と協働を専門職と市民が理解して、自助と互助を"創り出す"ことが大切です」と飯島さんは言う。
なじみ庵を訪れる人は十人十色、年齢や心身の状態、訪れる頻度や目的もばらばら。ある男性会員は、「何でかここに来ちゃうんだよな。別に目的はないのにさ。でも、行かないと落ち着かないんだよ、これが。だから、ここに来ることは生活の一部みたいなものなのかな(笑)」と話す。
なじみ庵のキャッチフレーズは、「行きたい場所がある、会いたい人がいる」。いつもの場所にはなじみの顔がある(写真7)。その安心感が訪れる会員を自然と笑顔にする。役割づくりと仲間づくり――高齢者による高齢者のための地域の居場所がここにある。
(2013年4月発行エイジングアンドヘルスNo.65より転載)
転載元
公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.65