村まるごとデジタル化で子どもたちに未来をつなぐ(高知県日高村 村まるごとデジタル化事業)
公開日:2024年1月30日 09時00分
更新日:2024年8月13日 14時40分
こちらの記事は下記より転載しました。
スマホ普及率80%、80代以上の3人に1人がスマホ
JR高知駅から電車で30分、人口4,800人の山間の自然豊かな日高村。日本一の清流・仁淀川が流れ、高糖度トマト「シュガートマト」や世界一薄い「ひだか和紙」が特産品。観光や移住先として人気のある日高村は、今、「村まるごとデジタル化事業」で注目されている。内閣官房主催の「
」でベスト4に選出され、評価を得ている。2021年5月、日高村は日本で初めて「スマートフォン普及率100%を目指す」自治体宣言を行い、「DX(デジタルトランスフォーメーション)の第一歩として、スマートフォン(以下、スマホ)の普及に力を入れていくという取り組みである。(株)KDDIと(株)チェンジと包括協定を結び、民間企業と協力関係にある。
」に乗り出した。2022年時点の日高村のスマホ普及率は80%で全国でもトップレベル。デジタル化事業開始前の2020年スマホ普及率65%から2年ほどで15%もアップした。80代以上では3人に1人がスマホを所有している(図)。なぜスマホ普及を第一に取り組みを始めたのか。本事業の企画者であり、中心的な役割を担っている日高村役場企画課主幹の安岡周総(やすおかまさふさ)さん(写真1)に話を伺った。
スマホ普及が日本のDX推進の本質的な課題
事業を考えるきっかけを聞くと、安岡さんは『アフターデジタル』(日経BP)という本からインスピレーションを受けたと話す。デジタル先進国・中国の社会とビジネスについて書かれた本である。アフターデジタルとは、「オフライン(ネットワークにつながっていない状態)の行動がなくなり、生活に常にオンラインが浸透している状態」のこと。オンラインを前提にデジタルを活用し、DXを行うべきだとする概念だ。「日本ではまだオフラインが主流で、そこにオンラインを取り入れていく。中国のDXは日本のDXとだいぶ違うと感じた」と安岡さんは言う。
同じ頃、アリババグループの小売スーパー「フーマー・フレッシュ」の副社長の話を聞く機会を得た安岡さんは、「御社のDXの前提条件は何でしょうか」と質問。その返答は、「自社のアプリをダウンロードしていただくことが大前提」とのことだった。「日本では、アプリをダウンロードする先(デバイス)がない人がまだ多くいるので、スマホを普及させることが日本のDX推進の本質的な課題なのでは、という考えに行きついた」と安岡さんは語る。
さらに、村が抱える深刻な課題があったいう。「日高村の高齢化率は2020年当時40%、2023年では43%にまで上っています。今後さらに人口減少と少子高齢化が進み、人口4,800人が2060年には2,000人にまで減るといわれています。人口6割減、かつ高齢化率6割。こういう社会をどう支え、維持していけばよいか。行政サービスは質を落とさず提供できるか。人も税収も減っていく社会の中で、解決の糸口はDXによる効率化の推進であり、その第一歩がスマホ普及だと考えました」
そう確信した安岡さんは50枚の企画書を作成した。「日高村で解決できれば、同じ課題を抱える自治体にモデルとして示すことができるのでは」。この強い思いが村の施策を推進する原動力となった。
住民が本音を話せる説明会を自治会ごとに実施
「仕込み8割、調理2割と言いますが、料理と一緒で、準備のほうが大変でした」。事業に先立ち実施したスマホ普及率の全数調査は困難を要した。1,700世帯のうち900世帯から回答を得る回答率50%を超えるアンケート調査。その結果、事業開始前の2020年5月のスマホ普及率は全年代65%(図)で、当時の日本全体のスマホ普及率とほぼ一緒だった。
同時に「なぜスマホを持たないのか」という理由も調査し、「1位:必要ない、2位:使い方がわからない、3位:価格が高い」という結果だった。「1~3位に関する施策を順に行えばよいわけではありません。こういった意識は個人によって折り重なるように内在しているので、同時に複合的に3つを行わないと効果が生まれにくい」と安岡さんは指摘する。
「『スマホが必要ない』という方はデジタルデバイド層で、いわゆる情報弱者です。そういう方々は現状を守りたい心理に影響されやすいです。例えば、『フィーチャーフォン(ガラケー)はずっと使えるからスマホはいらない』と考えることがありますが、世の中の動きはそうではありません。数年後にはガラケーのサービスが終了するといった正確な情報を届ける必要があります」
そこで、住民に正しい情報を伝えるために村の5か所で説明会を開いたが、あまり人が集まらなかったという。「住民の皆さんの気持ちをまったく理解していませんでした。口の上手い職員が説明に来て、携帯キャリアがスマホ体験会を実施する。よく考えたら怖いですよね」と安岡さんは苦笑い。
失敗から学びを得て、説明会の形を変えていった。82の自治会に「365日いつでも構わないので、説明に上らせて下さい」と声を掛け、住民の都合に合わせて職員が出向くようにした。2020~2021年はコロナ禍の中で50数か所をまわり、丁寧に説明会を行った(写真2)。
「説明会では私が1人で対応することが多くありました。若手職員が1人だと、住民の皆さんが本音を言いやすいからです。『年金暮らしで苦しいのにスマホを持てというのか』と怒鳴られることもありましたが、お互いに真剣に対話したことで、次第に思いが伝わっていきました」
スマホ普及の本来の目的は住民のエンパワメント
住民からの「スマホを持たせて何をさせるのか」という声に対しては、安岡さんは「スマホ普及100%を目指しますが、本来の目的は住民のエンパワメント(力を付けること)。住民の皆さんの選択肢を増やしたい。地域の一員として地域を守っていくために、住民自身でできることを増やし、自信を付けてもらいたいというのが一番の目的です」ときっぱり。
「スマホを持ってください、とは決して言いません。人口減少や少子高齢化が進む村の未来を考え、行政サービスの維持にはDXによる効率化が重要であることを伝えます。DX化の前提条件として、スマホを日常的に使うことを目指していきます。未来を担う子どもたちに負担をかけたくないですよね。スマホを持つか持たないかは皆さん次第です、と話します」
続けて、安岡さんは「スマホを使う理由を明確にすることが大切」と強調する。村では命に関わる部分に焦点を当て、「情報」「防災」「健康」の分野で4つのアプリの利用を勧めている。
「情報」「防災」の分野では、「LINE」と「高知県防災」アプリ。高知県は台風の上陸が多く、線状降水帯発生の危険性もあり、南海トラフ地震の懸念もある。そこで「日高村公式LINE」で防災情報や村からのお知らせを配信している。県からの防災情報は「高知県防災」アプリから取得できる。村ではIP告知電話を全戸に設置しているが、それに加えて、最新の情報を自身で取得することが命を守るカギとなる。
「健康」の分野では、Chiica」(チーカ)を利用することで、1ポイント1円として地域通貨に換えることができる。「住民の皆さんに健康になっていただきながらポイントを得て、そのポイントを地域通貨に換え、地域の飲食店や小売店で使って還元する。自分も元気になり、地域も元気になれるアプリです」
を推奨している。万歩計機能、健康管理機能などにより日々の健康状態を可視化し、さらにポイント機能を加えることで住民の健康活動を促進している。厚労省が推奨する歩数をクリアすると20ポイントが付与され、他の健康項目もクリアすることで月に1,000ポイント程度が獲得できるようになっている。そのポイントはデジタル地域通貨アプリ「「スマホの価格が高い」という人には、ポイントを地域通貨に換えることで、結果的にスマホ関連の費用の補填につなげられると案内している。スマホ新規購入者には、特別なポイント付与で購入支援もあるそうだ。
誰一人取り残さないサポート体制
スマホの使い方に悩む人のために、いつでも困りごとを相談できる場として、役場やスーパーマーケット等の一角に「よろず相談所」を設置した。事業初年度の2021年は総務省のデジタル活用支援推進事業を活用し、個別相談会やスマホ教室も並行して行った。さらに、高知で活動しているお笑い芸人「あつかんDRADON」の2人をデジタルアンバサダーに任命し、スマホの相談に応じている。「スマホ教室で恥ずかしくて質問しにくい方のために、お笑い芸人さんを選びました。どんな初歩的なことでも気兼ねなく質問できる相手ですし、何を聞いてもすべて笑いで返してくれます」
「スマホ教室」や「個別相談」、お笑い芸人による「スマホ相談」と3つを備え、誰一人取り残さないサポート体制を敷いている。
建設的な住民からのお叱りの声が嬉しい
2021年5月に「村まるごとデジタル化事業」を開始して3年目。健康アプリ「まるけん」は運用開始8か月ほどで1,000名以上の利用があり、村民の5人に1人が利用していることになる。村公式LINEの登録者は1,800名、防災アプリは1,200名まで伸びている。
「2022年12月、高知は100年に一度の大雪に見舞われ、雪害を初めて経験しました。その時、住民から『なぜLINEで情報を出さないんだ』とお叱りの電話を受けました。若者からではなく、地域の高齢者からです。スマホ普及率の調査の際には、『スマホで調査すればいいのでは』という声もありました。それだけ皆さんの生活にスマホが入ってきたということです」
そういう建設的なお叱りの声が嬉しいと安岡さんから笑みがこぼれる。
30年後、40年後に日高村を残したい
「村まるごとデジタル化事業」の財源は、すべて企業版ふるさと納税、いわゆる寄附で賄っている。「企画段階から寄附金の活用を念頭に置いていた」という安岡さん。戸梶眞幸村長からは「寄附金を活用するのなら社会的な責任も大きい。他自治体にノウハウを提供していくべき」という言葉があったそうだ。企業に寄附のお願いをする際は、「他の自治体の参考になり、広く社会に還元できる、日本の社会課題を解決できる取り組み」と説明し、共感を得られた企業から寄附を集めている。
スマホ普及率アップの実績をもとに次のステップとして、2023年8月、「DX推進の課題を一緒に考えていくことを目指す。2023年12月現在、賛助会員は日高村を含め11自治体。代表理事は日高村村長で、KDDI、チェンジの三者で立ち上げた法人だ。
」を設立した。デジタル化事業で培ったノウハウと知見を他自治体と共有し、デジタルデバイドの解消や「まだ活動が始まったばかりですが、合同の勉強会を実施するなど、情報共有の場、ギブアンドテイクの関係性が広がっています。美味しい料理のレシピを伝えるだけでなく、一緒に厨房に立って料理をするほうがアイディアも広がります。何事も仲間が多いほうがいい」
安岡さんの話の中に、厨房や料理のたとえがあるのは元パティシエという経歴からだろうか。地域で福祉活動を行うNPO法人「日高わのわ会」の事務局長を務める母親の影響もあり、安岡さんは福祉大学に進学。精神保健福祉士、社会福祉士の資格を持つ。パティシエを経て日高村に戻り、スクールソーシャルワーカーに。役場在職12年、企画課歴は8年になる。
「モチベーションはどこからくるのか、なぜそんなにしんどいことをやるのかとよく聞かれるのですが、30年後、40年後に日高村を残したい。子どもたちに、村の住民に、『こんな村にしたのは誰なんだ』と絶対に思われたくない。それが原動力なんです」
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