「気になる人を真ん中に」住民主体の地域包括ケアの実践 ボランティアグループすずの会(神奈川県川崎市宮前区)
公開日:2019年9月13日 12時01分
更新日:2019年9月26日 11時30分
生活者の目線を大切に主婦中心のボランティアグループ
「すずの会のボランティアは全員"スーパー"主婦。自分の持ち味を存分に活かしています。人に恵まれていることがすずの会の最大の武器。まさに自主活動の醍醐味です」
そう話すのは、すずの会代表の鈴木恵子さん。すずの会は鈴木さんが家族の介護をきっかけに、1995年に小学校のPTA仲間と立ち上げた介護福祉ボランティアグループ。介護保険サービスの枠外の部分で要援護者の支援をしている。「ちょっと困ったときに気軽に鈴を鳴らしてください」という思いを込めてすずの会と名付けた。活動するのは神奈川県川崎市宮前区の野川地区。高齢化率は21.52%。坂の多いこの地区には新旧住民と団地住民が暮らし、約1,000人の要支援・要介護高齢者が在宅生活を送っている。
ボランティアメンバーは地域の主婦を中心に現在65名、平均年齢は65歳。しかしボランティアといえども、ただのボランティアではない。ボランティアとして活動する中で介護支援専門員(ケアマネジャー)や社会福祉士、ヘルパーなどの資格を取得した人が多く、鈴木さんもケアマネジャーの有資格者。専門知識を持ちながら、生活者の目線で要介護者と向き合っていることが強みである。
2014年春、すずの会は野川地区に空き家を利用したミニデイサービス「すずの家(や)」をオープンした。ミニデイサービス(以下、ミニデイ)とは、一般的に介護保険の枠外でボランティアなどが運営するデイサービスをいう。ミニデイは比較的元気な高齢者の社交の場が多いが、「すずの家」の参加者のほとんどが要支援・要介護者で、平均介護度は2〜3になる。認知症の方も多く、近隣の高齢者施設からの参加者もある。
「すずの家」には特別なプログラムはなく、ご近所の集いといったアットホームな雰囲気で、週2回の開催を心待ちする参加者が多い。本日の「すずの家」の参加者は12名、ボランティアは6名。すべて無償ボランティアだ。ボランティアの手ほどきを受けて折り紙を折る人、女性同士で世間話をする人、奥のソファではお茶を飲みながら国会中継を見る男性の姿もあり、みな思い思いに自分の時間を過ごしている。「施設のデイサービスは家族のために通うけれど、『すずの家』は私自身の楽しみのため」という参加者の声もあるという。
「すずの家」の利用料は1,000円、昼食代が500円、送迎代が500円、入浴が500円。昼食のみ利用する一般の人もいて、その場合は650円をいただく。主婦ボランティアが料理を担当するため、メニューは家庭的で栄養のバランスもいいと大人気。この日の昼食の「冷やし中華風そうめん」には、地元の野菜がふんだんに使われていた。「ボリュームがあるけれど、野菜が多いから胃にやさしい」と完食する人がほとんどだ。
ミニデイ「すずの家」の開設すずの会設立19年目の挑戦
「すずの家(や)」は空き家となった一般の住宅を利用して運営されている。「ここはご近所付き合いがあった方のお宅。高齢で1人暮らしが厳しくなり、特養に入所することになりました。その際、『家がなくなるのは寂しいから、ここを何かに使ってもらえない?』と話をいただいて、『喜んで』と二つ返事です。国の施策が病院医療から地域へと転換し、できるだけ小地域で最後までみられるような体制づくりが必要な時代です。家賃を払ってでもこの拠点は必要だと思いました。すずの会19年目の挑戦です」と鈴木さんはその経緯を話す。
すずの会は、1996年から市の施設「野川老人いこいの家」でミニデイを開催しているが、拠点を設けて活動するのは「すずの家」が初めてである。「いこいの家」のミニデイは月2回の開催で人数は60名ほどと規模が大きい。認知症の人や個別のケアを必要とする人が増えてきたため、「すずの家」の開設を決めたという。
すずの会は任意団体で営利目的の活動ではないため、家賃10万円の負担はやはり大きい。「最初の1年は、読売福祉文化賞の賞金や、すずの会の取り組みをまとめた書籍『ご近所パワー活用術』の売上を家賃にまわしました。地域の方で寄付をしてくださる方があり、また社会福祉法人からの寄付の申し出もありました。昨年の資金の7割は法人からの援助です。地域の協力があって運営ができています」
野川地区で活動すること20年。すずの会の取り組みはどのように広がっていったのだろうか。
住民主体のネットワーク「野川セブン」
すずの会の柱となっている取り組みは、2001年から始まった地域ネットワーク会議「野川セブン」。住民が主体となった行政や医療、福祉専門職とのネットワークである。きっかけは、介護保険制度とともに始まった川崎市の介護予防事業「すこやか活動」。住民が主体となって介護予防に取り組むネットワークづくりを推進する活動で、市が助成金を出してくれた。「野川セブン」は地区の7つの自主活動団体で構成されており、まとめ役をすずの会が担っている。
ネットワーク会議の開催は月1回。メンバーは「野川セブン」の自主活動団体をはじめ、行政、地域包括支援センター、社会福祉協議会、医療機関、施設、介護事業者、自治会など27団体。この会議は地域包括支援センターの運営会議も兼ねている。
「気になる人を見つけたら、初めてのケースであれば地域包括支援センターに対応してもらう。『すずの会はここはできる、できないところは行政が対応してほしい』など、その場で話し合います。いろいろな人の目で見た地域の出来事を出し合う会議です。これは国が推進している、まさに地域包括ケアだと思います。しかも住民主体の地域包括ケアです」
全国に行政主導の地域包括ケアは多くあっても、住民主体の地域包括ケアは多くない。「地域の中での包括ケアは、発見する人の目があって、気にかけ合う人がいて、孤立させないよう人々が関わり、できるだけ地域で生活ができるように基盤をつくることだと思います」と鈴木さん。その基礎づくりの部分を「野川セブン」が担っている。
緩やかなつながりをつくる「ダイヤモンドクラブ」
ミニデイを開催する中で1つの課題が出てきた。それはミニデイに参加することがむずかしい人もいるということ。そこでご近所で開けば参加しやすいと考えられたのが、「ダイヤモンドクラブ」という名のご近所サークル。高齢者に限らず、障がいを持つ人、子育て中の母親、介護をする人などが気軽に交流できる場となっている。開催する際の約束事は、"気になる人を1人加えること"。
「開催場所は"世話焼きさん"の自宅で、すべて手挙げ方式です。ちょっと心配な人がいたら、集まってお茶飲みをして、みんなで気にかけていきます。毎月集まったら"近所の監視"になってしまうので、1回集まって、状況を見てしばらく開催しなくても構いません。毎年約20か所で開催していて、場所はその都度変わります。"自然な形の見守りで緩やかなつながりをつくる"というのがダイヤモンドクラブです」
この取り組みは、NHK番組『ご近所の底力』で2回も取り上げられた。日本に昔からあった井戸端会議文化の再現がこのダイヤモンドクラブであり、こういった近所の見守りが介護や子育ての支援や認知症予防にもつながっている。
「地域マップづくり」で地域の情報を"見える化"
地域ネットワーク会議だけでは話し合えない個別の支援を要するケースを地域包括支援センターやケアマネジャーと一緒に検証していこうと始まったのが「地域調査研究会」。その主な活動は「地域マップづくり」である。
「例えばこの団地のマップ(図1)。この地区には大きな市営と県営団地があります。ここを検証する際は、団地をよく知っている"世話役さん"に参加をお願いし、『1人暮らし』や『高齢夫婦』などの具体的な情報を出してもらって"情報の見える化"をしていきます。このマップをつくるために15回も集まって話し合いをしました」。このマップはすずの会が管理し、地域包括支援センターとも共有している。"気になる人"の早期発見につながっているという。
この団地マップ(図1)から見えてきたのは、独身の1人暮らしが多いということだ。「特に60歳代の男性の1人暮らしが多く、この年代あたりから孤独死が出てくることが懸念されます。そこで団地のラッキーさん(世話役の中でもよく面倒を見てくれる人)が1階の部屋の前の庭にベンチを設置してくれました。夕方になるとビール片手に男性陣が集まって、ベンチがいい止まり木になっています。まだ若い方たちですし、わざわざ1軒ずつ訪ねていくことは望んでいないでしょう。だからこのくらいの緩い見守りがいいと思うのです」
もう1つ、家族状況の変化も見えてきた。「子どもと同居の世帯の数が多く、その家族構成を調査しました。野川地区150人を対象にした調査ですが、『子どもと同居』の内訳のうち、『単身の息子との同居』が全体の約40%と一番多かったのです。40歳代の独身男性が多く、この人たちがそのまま親を介護する世代になっていきます」
すずの会では孤立した男性介護者を見つけると、地域社会との接点をつくろうとさまざまな働きかけをしている。ダイヤモンドクラブに誘って近隣との関係をつくったり、要介護者の付き添いとしてミニデイや会が主催する旅行に連れ出し、同じ境遇の人同士が顔を合わせる機会をつくったりもしている。
地域調査研究会は毎月開催しているが、個別の支援を要する場合は毎日でも集まるという。「頻繁に集まらなければいけない理由は、地域は毎日動いているから」と笑いながら話す鈴木さんがなんとも頼もしい。
すずの会は"人つなぎのネットワーク"
2015年度の介護保険制度改正により、要支援者向けサービスの予防給付のうち訪問介護と通所介護が市町村の地域支援事業に移行することになった。自治体は地域の実状に合わせて、NPO法人や民間企業、ボランティアなどにサービスを委託できるようになる。川崎市では2016年度に移行する予定だ。
ミニデイ「すずの家」の取り組みは、2014年6~8月、川崎市の介護予防推進モデル事業を受託し、その効果を検証した。「生活にリズムができた」「顔なじみが増えた」「薬が7錠から3錠に減った」など、目に見える効果がみられた。事業の委託金として、参加者1人に付き介護費2,150円、送迎代が650円、運営費用として5万円が支給されたが、すべて備品や家賃、ガソリン代などの運営費となり、予算的に厳しい状況だったという。
「すずの会のボランティアはすべて無償ですが、今後は人材確保のためにも実費分ほどの報酬は必要になると思います。そのためには市にしっかり予算を付けてもらいたい。地域で何が起きているのかを知ってもらった上で、受託事業者が運営可能な仕組みをつくってほしい」と鈴木さん。すずの会のモデル事業の報告書が仕組み構築のいい検討材料になることが望まれる。
2015年5月、すずの会は公益財団法人杉浦記念財団の杉浦地域医療振興助成を受けた。地域包括ケアを実現しようとする活動や研究を助成するものだ。助成を受けた14団体のうち、ボランティア団体はすずの会のみだった。
研究テーマは、「気になる人を真ん中に─都市部における住民主体の地域包括ケアの実践とその効果の検証─」だ。住民主体の取り組みがどのような経済効果があり、どのくらい地域で見守りを実践できるのかを検証していく。
「例えば、うめさん(仮名)は1人暮らしで認知症の方で介護保険サービスにつながっていないケースです(図2)。朝晩はご近所の見守り、週に2回がすずの会のミニデイ。ご近所は毎朝おにぎりとゆでたまごと果物を持っていき、夕方も様子をみにいく。たまに"包括さん"が入って、すずの会も頻繁に関わっていく。周りが危ないと思っても認知症の人自身はそう思っていないことが多いので、この場合は火事が怖いですね。ご近所も火事になるのが怖いから『見守りは私自身のためよ』と言ってくれます」
このような地域の見守りがあれば介護保険サービスは必要なくなり、経済効果は安く見積もって1人当たり月25万円だという。今後は10事例を検証していく。研究事業には行政や地域包括支援センター、在宅医も加わる予定だ。
「誰かにやらされているのではない、住民のための地域包括ケアです。まずやらなければいけないのは"地域づくり"。すずの会は、いわば"人つなぎのネットワーク"です」
すずの会は20年の取り組みの中で地道に地域に関わり、支援の必要な人を見つけ出し、地域を支えてきた。"生活者の視点"を持った取り組みだからこそ行政や医療と違うアプローチで支援ができる。すずの会のような住民が行政を巻き込む地域包括ケアが、全国に広がっていくことを期待したい。
(2015年10月発行エイジングアンドヘルスNo.75より転載)
転載元
公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌Aging&HealthNo.75