第64回 わからないことをわかること
公開日:2024年3月 1日 09時05分
更新日:2024年3月 1日 09時05分
宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・著述業
「訪問看護室」から「慢性期男女混合閉鎖病棟」に異動して、まもなく2年になる。
業務が大きく変わったのは当然として、自分にとって一番大きな変化は、看護師になりたての人たちと働くことだったりする。
1987年に最初の病院に就職し、9年間同じ内科病棟に勤務した。
その後異動した精神科病棟、管理者として兼務した緩和ケア病棟は、いずれも既卒で就職した人か、異動で来る人ばかり。新人は配属されない病棟だったのである。
計算すると、新人と一緒に働くのは、実に二十数年ぶり。私自身が若い頃は、「今年の新人は。。。。。」と、前年の新人と比較するような話もしていたものだ。
ところが、いっそ二十数年経ってしまうと、正直言って、もはや違いなどわからない。
社会の状況も大きく変わり、その時代特有の考え方や、気質もあると言われている。
それでも、新人は皆不安そうで、日々一生懸命。結局のところ、がんばれ、という気持ちしか湧いてこない。
こうした感じ方は、よく言えば成熟で、そのように思うことにしているが、別の言い方をすれば、老いなのだとも思う。
さまざまな変化を感じる時間軸が長くなり、細かい変化に無頓着になる。寛容になったと言えばその通りだが、他方、鈍感になったとも言えるだろう。
また、長く働くといろいろな人を見る。新人時代器用で覚えが早いからといって、それが後々どう成長するかはわからない。人を長い目で見ていく態度も身についてくる。
新人時代はもちろん大事。かといって、その先はもっと大事だと思う。
ただ、当の新人自身は、なかなかそう思えないのもわかる。同期と自分を比べたり、周囲の評価をうかがったり。あれこれ考えては、深く悩むのだ。
私もそのような新人時代を過ごし、今改めて思う。当時私が悩んだことの多くは、時間が解決してくれた。
しかしそれは、あくまでも、振り返って後から思うこと。今悩み真っ盛りの若い人に言っても、響かないどころか、まったく余計なアドバイスでしかない。
ただ、あまりに辛そうだと、ついついこんなことは言ってみる。
「若い時って、たくさん悩みがあるから、本当に大変だよね。きっとだんだん楽になるから。気長にね」
これはまさに私の気持ちそのままの言葉。年を重ねなければわからなかったことだ。その代わり、些細なことにも苦しんだ、若い日のつらさは忘れていく。
年を重ねてわかることがある一方で、わからなくなることもある。そして、人間は一人ひとり違う。誰一人として、自分とまったく同じ感じ方、考え方の人はいないのである。
改めて、人をわかろうとすること。そして、わからないことをわかっておくことの大切さを思う。
同じ看護師でも、同年代の看護師でも、もちろん、感じ方、考え方は違う。ましてや患者さんともなれば、看護師とは立場もまったく違う。
長く働き、新しい仕事にも慣れ、ある程度自分の仕事にも自信がついた。そんな時にこそ、わからないことをわかっておく、冷静な態度を大事にしたい。
その上で、不安いっぱいの新人にも、温かく接していこうと思う。
<私の近況>
今回取り上げたのは、「わかること」について。「わかる」とはどういうことか。これは哲学の領域になってきます。私は、そうしたことを考えるのがかなり好きな方。これが看護師として働く原動力になっています。いろいろな哲学に触れるため、よく手にするのが、NHK Eテレ「100分de名著」のテキスト。番組は全4回。入門編として最適です。
著者
- 宮子 あずさ(みやこ あずさ)
- 看護師・著述業
1963年生まれ。1983年、明治大学文学部中退。1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業。1987~2009年、東京厚生年金病院勤務(内科、精神科、緩和ケア)。看護師長歴7年。在職中から大学通信教育で学び、短期大学1校、大学2校、大学院1校を卒業。経営情報学士(産能大学)、造形学士(武蔵野美術大学)、教育学修士(明星大学)を取得。2013年、東京女子医科大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。
精神科病院で働きつつ、文筆活動、講演のほか、大学・大学院での学習支援を行う。
著書
「まとめないACP 整わない現場,予測しきれない死(医学書院)、『看護師という生き方』(ちくまプリマ―新書)、『看護婦だからできること』(集英社文庫)など多数。ホームページ: