第39回 統合失調症と高齢者の幻覚・妄想
公開日:2022年2月11日 09時00分
更新日:2022年2月11日 09時00分
宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・著述業
統合失調症は晩期寛解と呼ばれる成り行きがある。典型的には、若い頃活発だった妄想や幻聴が、年を重ねて穏やかになるような経過。老いによるエネルギーの低下が関係しているように見える。
若い頃から病気のために苦労してきた経過を思えば、老いが味方をしてくれるくらいの幸運があってほしい。これが偽らざる私の気持ちである。
訪問看護で関わる利用者の中にも、晩期寛解を思わせる人は少なくない。特に妄想的な言動もなく、ちょっと奇妙な感じがする程度の人は、認知症の人と言われればそうかな、と思う。しかし、若い頃の診療記録などを見ると、そのイメージは全く異なっている。
ある女性は、二十代の頃激しい幻聴に苛まれ、自ら命を絶とうとビルの5階から飛び降りた。ところがたまたまその下に植え込みがあり、その上にバウンドして九死に一生を得た。
またある男性は、自分は大スターだという妄想に駆られ、高級レストランでの無銭飲食を繰り返した。両親はその後始末に追われ、制すると暴力を振るわれ、息子を置いて逃げてしまった。
長期入院経験者が多いためか、利用者の多くが親やきょうだいと絶縁している。目の前のまあまあ穏やかな様子を見ると、「そこまで切らなくても」と不人情を責めたくなることもあった。
しかし、改めて若い頃の病状を知ると、二度と関わりたくないと思った親族を責められない気持ちになったりする。暴力、浪費、近隣への嫌がらせ.......。病気ゆえのことと頭でわかっても、湧き上がる恐怖心は、抑えられなかったのだろう。
親の死を教えてもらえず、何年も経ってから知らされた人もいる。発病した本人も、周囲の人も、皆気の毒でならない。
ただし、幸いなことに、このような経過は過去の話になりつつある。今は薬物療法が良くなり、早期に治療を開始すれば、激しい症状が抑えられる可能性が高い。
晩期寛解の力を得ずとも、治療によって病状が改善するに越したことはない。
しかし、統合失調症の晩期寛解がある一方で、老いの経過で発症する、幻覚・妄想などの精神病症状もある。典型的には妄想を伴い、その内容は統合失調症にありがちな荒唐無稽なストーリー性がなく、被害妄想が中心である。
例えば、ある女性は自宅に来るヘルパーに妄想を抱き、「合鍵を作って、毎夜毎夜家に入ってお金を盗む」と言う。ケアマネージャーがヘルパーを交代させた後も妄想は変わらず、やがて「前のヘルパーが殺しに来るから」と外出できなくなった。
高齢者の幻覚・妄想などの精神病症状の治療は薬物療法が中心だが、高齢者が対象なので、精神科薬の副作用が出やすい点が難しい。この女性の場合も、主治医はもう少し内服を増やしたいのだが、ふらつきから転倒する可能性も考えると、在宅での薬物調整には限界がある。
いったん入院して薬物調整を行うのも一案だが、本人の拒否が強ければそれまで。何より、強く押して入院させても、環境が変わると精神状態が悪化する可能性もある。治療が手詰まりになっていることは否めない。
また、支援なしに生活が成り立たないにもかかわらず、支援者が妄想の対象になりがちなのも、この病気の厄介な面である。この女性は現任のヘルパーは受け入れているので生活が成り立つが、この先矛先が変わらないとも限らない。
妄想がありつつも、生活が成り立ち、良い時間があれば良いのだが。とりあえずは訪問を続け、関係をつないでいる。
著者
- 宮子 あずさ(みやこ あずさ)
- 看護師・著述業
1963年生まれ。1983年、明治大学文学部中退。1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業。1987~2009年、東京厚生年金病院勤務(内科、精神科、緩和ケア)。看護師長歴7年。在職中から大学通信教育で学び、短期大学1校、大学2校、大学院1校を卒業。経営情報学士(産能大学)、造形学士(武蔵野美術大学)、教育学修士(明星大学)を取得。2013年、東京女子医科大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。
精神科病院で働きつつ、文筆活動、講演のほか、大学・大学院での学習支援を行う。
著書
『宮子式シンプル思考─主任看護師の役割・判断・行動1,600人の悩み解決の指針』(日総研)、『両親の送り方─死にゆく親とどうつきあうか』(さくら舎)など多数。ホームページ: