第20回 感染予防に潜む危険
公開日:2020年7月10日 09時00分
更新日:2024年2月 2日 14時25分
宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・著述業
ある日の訪問看護で聞いた、利用者さんの言葉。「階段では、なるべく手すりに触らないようにしている。コロナがうつると怖いから。その方が安全よね」。そう話す女性は70代半ば。年齢より元気だが、やはり転倒には注意が必要な年齢である。
少し悩んで私は、こう答えた。「確かに、手すりはいろんな人が触りますから、コロナウイルスに感染している人が触った可能性もあります。けれども、手すりに掴まらないと、転ぶ危険はありますよね。これも、大変危険です。私は、必要な時は手すりを使い、そのあと手を洗うようお勧めしたいと思います」。
すると、女性は少し考え、「使い捨ての手袋をしている人もいるけど、あれはどうなのかしら」と尋ねてきた。確かに街中でも、使い捨ての手袋をしている人を時々見かける。また、小売店の中には、店員が使い捨ての手袋をしている所もある。しかし、その効果については、私は懐疑的だ。
「例えば、手すりに摑まる時に手袋をして、通り過ぎたらすぐに手袋を脱ぐなら、感染の可能性が低くなるでしょう。ただし手袋を外す時は、絶対に外側に触らないこと。触ったら、手すりについた汚れが手につきますからね。こまめな使い捨てが必要で、外し方も難しいんですよ。だから私は勧めません。むしろ素手で触って手洗いをする方が、理にかなっていると思います」。
このように、感染予防に効果があるとしても、別の危険を引き寄せる対策もある。最近では、マスクやフェイスシールドなどの防護具が引き起こす熱中症についても、注意が促されるようになった。
すっかり暮らしに定着してきたマスクだが、これから暑い日が増えると、口元を覆うマスクは、内部に熱をこもらせ、体温を上昇させる要素になる。そのため、政府は「令和2年度の熱中症予防行動」というリーフレットを作成し、「気温・湿度の高い中でのマスク着用は要注意」と呼びかけている。
その具体的な方法として紹介されているのは、「屋外で人と十分な距離(2メートル以上)を確保できる場合には、マスクをはずす」、「マスクを着用している時は、負荷のかかる作業や運動を避け、周囲の人との距離を十分にとった上で、適宜マスクをはずして休憩を」の2つである。
私も、暑くなってからは、訪問看護の仕事で自転車をこぐ時、マスクをしているのがつらい。そのため、なるべく通行人の少ない裏道を選び、マスクを外すようにしている。基本的に、マスクは飛沫を飛ばさないためにするものなので、人との距離があけられるなら、しなくてもかまわない。
では、暑くてマスクを外している時に人が近寄ってきたら、どうすれば良いのだろうか。この場合は、何より会話を控えよう。しゃべる時には、意外に飛沫が飛びやすい。大事なのはマスクをするかどうかより、飛沫を飛ばさないことなのだ。
感染予防は大事だが、そのためにさらなる危険を引き受ける必要はない。むしろ、感染予防にばかり集中しがちな状況だからこそ、そこに潜んだ危険にも敏感にならねばと思う。
著者
- 宮子 あずさ(みやこ あずさ)
- 看護師・著述業
1963年生まれ。1983年、明治大学文学部中退。1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業。1987~2009年、東京厚生年金病院勤務(内科、精神科、緩和ケア)。看護師長歴7年。在職中から大学通信教育で学び、短期大学1校、大学2校、大学院1校を卒業。経営情報学士(産能大学)、造形学士(武蔵野美術大学)、教育学修士(明星大学)を取得。2013年、東京女子医科大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。
精神科病院で働きつつ、文筆活動、講演のほか、大学・大学院での学習支援を行う。
著書
『宮子式シンプル思考─主任看護師の役割・判断・行動1,600人の悩み解決の指針』(日総研)、『両親の送り方─死にゆく親とどうつきあうか』(さくら舎)など多数。ホームページ: