第25回 猫小屋じまい
公開日:2020年12月11日 09時00分
更新日:2020年12月11日 09時00分
宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・著述業
2009年春、22年間勤めた病院を退職し、自宅近くの精神科病院に職場を変えた。母親の介護が大きなきっかけであったが、上司との衝突など、当時の自分としては、かなりしんどい状況があった。
病院を移るだけではやりきれない気持ちもあり、大学院に入学するなど、人生に仕掛けを作ってみた。しかし、新しい職場での仕事に慣れ、研究を進める中で、母の死とともに母を気遣う暮らしは終わった。
振り返ってみると、慌ただしい日々の中、通勤の途中に出会う地域猫に、ずいぶん救われたものだ。数匹の猫は、線路際の空き地に立った小さな納屋に出入りし、まるで猫小屋。年配のご夫婦が細やかにお世話していた。
ご夫婦とも仲良くなり、通った猫小屋だったが、駅まで同行する同僚ができると、通勤路が変わり、足が遠のいてしまった。さらに、私自身が、自宅近くの地域猫に関わるようになると、そちらで手一杯になった。
気づけば時が経ち、猫小屋の猫とは、数年のご無沙汰になっていた。一度ご夫婦から電話があり、自動車事故などで命を落とした子もいて、猫が2匹になったことを知った。
そして9月のある日、ご夫婦から電話があり、再開発のため猫小屋が取り壊されることになったと聞いた。ご夫婦は借家で引き取れないと、悲しそうに言う。どこか引き取り先の心当たりはないかと尋ねられた。
2匹はどちらもメスで、12歳と14歳。高齢である。わが家もすでに猫がいて、引き取るのは難しい。とりあえず心当たりを探してみると、電話を切った。
最終的には、猫小屋で猫をかわいがっていた男性が2匹を引き取り、私は自宅にあった大きなゲージをプレゼントした。多くの人が手を尽くしてようやく2匹が引き取られ、皆で喜んでいる。
この体験を通して私は、貴重な情報を得た。どうしても飼えず、引き取り手がいない猫に、寄付を付け、引き取ってくれる保護猫団体があったのである。
以前から、インターネットで検索すると、飼えなくなった猫を有料で引き取る業者があるのは、わかっていた。しかし、中にはお金だけとって世話をしない業者もいると聞き、とても委ねる気にはならなかった。
そこで、個人的に関係のある団体に当たってみたところ、寄付付きの引き取りをやっているとのことだった。あくまでも知人限定での対応のようだが、いざという時に引き取り先があるのは、猫を飼う身としてはとても心強い。
私たち夫婦も57歳。今いる猫は5歳。猫が20歳まで生きれば、人間も72歳である。先に何があるかはわからない。
淋しい猫小屋じまいだったが、最後に関われてとてもうれしかった。これを機に、久しぶりに会ったご夫婦も私も、最初に会った時より10歳ほど歳を重ねていた。
「お互い元気でやりましょう」と別れ、帰路についた。2匹の幸せを祈りつつ。
著者
- 宮子 あずさ(みやこ あずさ)
- 看護師・著述業
1963年生まれ。1983年、明治大学文学部中退。1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業。1987~2009年、東京厚生年金病院勤務(内科、精神科、緩和ケア)。看護師長歴7年。在職中から大学通信教育で学び、短期大学1校、大学2校、大学院1校を卒業。経営情報学士(産能大学)、造形学士(武蔵野美術大学)、教育学修士(明星大学)を取得。2013年、東京女子医科大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。
精神科病院で働きつつ、文筆活動、講演のほか、大学・大学院での学習支援を行う。
著書
『宮子式シンプル思考─主任看護師の役割・判断・行動1,600人の悩み解決の指針』(日総研)、『両親の送り方─死にゆく親とどうつきあうか』(さくら舎)など多数。ホームページ: