第28回 支援する者・される者の人生
公開日:2021年3月12日 09時00分
更新日:2021年3月12日 09時00分
宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・著述業
うかがった家でテレビがついている。訪問看護ではよくある場面だ。そのテレビがきっかけで、ある時利用者の男性が、これまで見ることがなかった一面を見せた。
番組は午後のワイドショー。中国の発展を世界の脅威として描く、ありがちな内容だった。アルコールの問題を抱える高齢の男性は、このテレビに強く反応した。
「だから中国なんかをのさばらせてはいけないんだっ!」。彼の怒りは国への怒りにとどまらない。やがて中国人を悪と決めつけ、罵倒する言葉を繰り返した。
私は、国籍や民族で人の性質を決めつける考え方は大嫌いだ。友人なら、激しい口論もいとわず反論しただろう。しかし、仕事の場ではそうはいかない。政治的な話しはこじれやすい。この時は私から話題を変えて、その場をしのいでしまった。
帰路、改めて考えた。私たち訪問看護師以外にも、彼には多くの支援者がついている。中には中国に関連する人もいないとは限らない。実際私の知人は、別の地域でヘルパーとして働いており、伴侶は中国人だ。もし彼女が彼の支援に入っていたら、私は今日どのように行動しただろう。
「どなたとはいいませんが、ここに来ているヘルパーさんやケアマネさんの中には、中国人と結婚している方もいます。国の批判はともかく、その国の人を中傷するのは、やめてほしいと思います。」
これなら、伝えたい内容は網羅している。しかし、誰かは明言しないにしても、少ない人数の中では誰かが特定される可能性は高い。支援者の個人情報を明かす行為にはほかならず、勝手に言っていいことではないだろう。では、これならどうか。
「私を含め、ここに来る支援者の中には、出身が中国の方や、中国人と結婚している方がいないとも限りません。支援者にもいろいろな背景があって、支援者同士も互いに知らないこともたくさんあります。国籍や民族について批判的な話題は避けた方がよろしいかと思います。」
まわりくどい表現かもしれないが、これは現状をかなり正確に表している。実際、支援者同士はすれ違う事が多く、方向性を決める会議などで会う人もいるが、全員が出るわけではない。個々の支援者のプロフィールなど、知らないのである。
あの時の話題は中国だったが、それ以外の国もやり玉に挙がることがある。看護師として働く中で、患者さん、利用者さんとの会話で、国籍や人種に関する差別意識を感じる場面は少なくない。
日本で暮らす外国人は年々増えている。その本人や子ども、配偶者などが居宅支援の仕事を担うかもしれない。いや、すでに担っていると考えた方がよい。
私たち支援者は、利用者さんの人生の多くを知らない。同様に、利用者さんも支援者の人生の多くを知らない。相手がどんな人生を歩んでいても傷つけないように。お互い、そうした配慮が必要であろう。
後日、知人のヘルパーとこの経験についてやり取りする機会があった。彼女の反応は、「もう、そんなことはしょっちゅうだから、気にしないわよ。」と勢いよく笑い飛ばされた。
やはりこのままではいけない。これからの自分がどうあればよいか思案している。
著者
- 宮子 あずさ(みやこ あずさ)
- 看護師・著述業
1963年生まれ。1983年、明治大学文学部中退。1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業。1987~2009年、東京厚生年金病院勤務(内科、精神科、緩和ケア)。看護師長歴7年。在職中から大学通信教育で学び、短期大学1校、大学2校、大学院1校を卒業。経営情報学士(産能大学)、造形学士(武蔵野美術大学)、教育学修士(明星大学)を取得。2013年、東京女子医科大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。
精神科病院で働きつつ、文筆活動、講演のほか、大学・大学院での学習支援を行う。
著書
『宮子式シンプル思考─主任看護師の役割・判断・行動1,600人の悩み解決の指針』(日総研)、『両親の送り方─死にゆく親とどうつきあうか』(さくら舎)など多数。ホームページ: