術後せん妄
公開日:2016年7月25日 11時00分
更新日:2019年6月21日 13時01分
術後せん妄とは
術後せん妄とは、手術をきっかけにしておこる精神障害で、手術の後いったん平静になった患者さんが1~3日たってから、急激に錯乱、幻覚、妄想状態をおこし、1週間前後続いて次第に落ち着いていくという特異な経過をとる病態をいいます。
高齢の方に起こりやすく、術後の回復期に起こるため、術後の看護、ケアーの妨げになります。一度発症すると、生命維持に重要な管を抜いてしまう、夜間大声を上げて暴れるなど、看護スタッフによるケアーが困難になり、周囲の患者さんにも迷惑がかかります。さらに転倒・転落の危険も増大し、術後の大きな問題となってきます。
高齢の方の術後合併症の中では最も多く、75歳以上の胃癌(胃がん)、大腸癌(大腸がん)の手術例の検討では27%の方に術後せん妄が起こっていました。
せん妄の定義
せん妄とは認知機能の障害(最近の記憶の障害と失見当識 たとえば「私はだれ? ここはどこ?」)です。
注意力の障害や意識の混濁、知覚の障害も併せ持ち、何らかの原因(手術)が存在し、急激におこり、1日の中でもその程度が変化することから診断します。
感情の障害(不安感、多幸感、無感情)や精神運動の障害(興奮、幻覚、妄想、時に動きが少なくなり会話も減少する)も随伴症状のひとつです。
特徴的な随伴症状として睡眠・覚醒リズムの障害(不眠、症状が夜間に悪くなる、昼夜の逆転現象)がみられます。(リンク1参照)
せん妄の定義(DSM-IV)1)
- A.意識障害のために周囲を認識する意識清明度が低下しており、注意を集中・維持・転換する能力の低下を伴う
- B.認知能力の変化(記銘力低下、見当識障害、言語能力の障害など)、あるいは知覚能力の障害が出現するが、これらはすでに存在していた痴呆によってはよく説明できない
- C.この障害は短期間(通常数時間から数日)に発現し、一日のうちで変動する
- D.病歴、診察、あるいは検査データを根拠に直接の原因を特定する
- 体疾患
- 薬物・物質による中毒
- 離脱性
- 多要因性
- その他
引用文献
- American Psychiatric Association 編. 高橋三郎, 大野祐, 染矢俊幸 訳:DSM-IV 精神疾患の診断・統計マニュアルから引用
せん妄と認知症
高齢の方や認知症の老人では、せん妄が起こっても「ぼけ」として見過ごされてしまう場合があります。術後せん妄は基本的には治療可能であり適切に診断する必要があります。
せん妄と認知症を鑑別するポイントは、起こり方の様式と経過です。せん妄の場合は起こり方が急激で、その日時まで特定できる場合もあるのに対して、認知症(リンク2参照)が起こってくるのは非常に緩徐で同定できないという違いがあります。
また、せん妄では症状が1日のうちでも非常に変化しやすく一時的に意識がはっきりしたりするのに対し、認知症の場合は基本的には症状が一定しているため、せん妄とは区別できます。さらに、基本的にはせん妄は元に戻りうるのに対して、認知症は元にも戻りません。
術後せん妄の発症要因と予防
術後せん妄は手術が直接的な原因ではありますが、その出現には様々な要因が関与しています(図1)。
術後せん妄の発症要因として、元々高齢、認知症、脳器質性疾患、薬物、アルコール等の脆弱因子があるところに、入院することで環境の変化、不安、感覚遮断、臥床安静、睡眠障害等の誘発因子が加わります。そこに手術侵襲、術中薬物、術後合併症、全身状態悪化等の直接原因が加わり術後せん妄を発症します。
手術によるストレスと合併症を少なくすることが術後せん妄を予防することは言うまでもありませんが、誘発因子を減少させることが術後せん妄を予防することになります。
すなわち、
- 術前の十分な説明、きめの細かい看護、家族の面会などを通して不安を取り除く。
- 昼間の働きかけを多くし昼と夜のメリハリをつけ、睡眠・覚醒リズムの調整をする。
- さらに術後の早期から離床を促し散歩やリハビリを行う。
こうしたことが術後せん妄を予防するだけでなく、軽症のせん妄の治療にもなります。
術後せん妄の治療
術後せん妄の治療に関しては抗精神病薬や睡眠薬などを的確に使用しつつ、1週間程度をしのげば落ち着いてくるのが普通です。ただそれまでの間は、家族や看護師の労力は大変なものです。
その意味でも予防が大切で、手術前から患者さん、家族、医療スタッフ間で十分のコミュニケーションをとり、協力しあっていくことが大切です。