認知症のBPSDに向精神薬を服用する際に気をつけてほしいこと
公開日:2016年7月25日 12時00分
更新日:2019年8月14日 13時51分
向精神薬という薬を知っていますか
向精神薬は胃腸薬や鎮痛剤のようにテレビや雑誌などに宣伝が載っていないので、「いったい何に効く薬だろう?」と思われることでしょう。向精神薬は中枢神経系(脳、せき髄)に作用し、おもに精神の病気のために作られた薬です。医療機関に受診し、医師の処方が必要なため、一般にはあまり知られていません。実はこの向精神薬が認知症の患者さんに使われていることがわかっています。
向精神薬をなぜ使うようになったのか
認知症の症状のなかに周辺症状というものがあり、最近ではBPSD(Behavior and Psychological Symptoms of Dementia)と呼ばれています。BPSDには幻覚(見えないものが見えたり、聞こえない声が聞こえたり、嫌なにおいを感じたり、体の中に違和感があるなど)や妄想(実際にはありえない考えが頭に浮かんでくる)、抑うつ(元気がでない)、意欲低下(何もやる気が起きない)、徘徊、興奮などがあります。
これらは認知症の患者さんのすべての方に起こるのではなく、個人差があります。このBPSDで一番困っていらっしゃるのは患者さんですが、やはり介護されるご家族、介護職の人たちも同じくらい対応に困難な状態となることがあります。特に患者さんからの暴言・暴力は他人を傷つけてしまったり、ご本人もけがをされたり、人間関係を悪くしたりして、結果的にいいケアを受けられなくなったりします。また夜間不眠で大声や奇声を上げられるとぐっすりと休むことができません。こうした状態に薬を使うことで、患者さんが「落ち着いた生活ができる」「生活にゆとりができる」などを目的として服用します。
向精神薬の種類
向精神薬は一つの薬を表す名前ではなく、下記の表1のようにいくつかの薬を総称するものです。認知症の患者さんに使われることの多いものについて説明します。
種類 | 効果 |
---|---|
抗精神病薬 | 統合失調症や躁状態の治療につかわれる |
抗不安薬 | 不安で落ち着かない、イライラ状態を落ち着かせる。不安症状の改善のため |
抗うつ薬 | 元気がない、やる気がおきないなど、うつ状態の改善のため |
睡眠薬 | 不眠の改善、眠ることを助ける |
抗てんかん薬 | てんかん症状を抑えるだけでなく、気分を安定させる |
暴言・暴力などの症状には抗精神病薬や抗てんかん薬が使われことが多く、抑うつ、意欲低下には抗うつ薬が使われます。寝つきが悪い、早朝に目がさめてしまうなど十分に睡眠がとれない時は睡眠薬が使われます。
向精神薬のおもな副作用
向精神薬はたくさんの副作用がありますが、主な副作用については表2に示すとおりです。
種類 | 副作用 |
---|---|
抗精神病薬 | 眠気 ふらつき 歩きにくさ じっと座っていられない 便秘 など |
抗不安薬 | 眠気 ふらつき 脱力感 食欲不振 便秘 依存性 など |
抗うつ薬 | 吐き気 立ちくらみ 口がかわく 便秘 イライラ感 など |
睡眠薬 | ふらつき もの忘れ |
抗てんかん薬 | 眠気 ふらつき 脱力感 食欲不振 便秘 など |
そのなかで認知症高齢者の生活に影響を及ぼすものとして、次の症状があります。
1. 眠気、ふらつき、立ちくらみ
急に立ち上がったり、体を動かしたりする際に転倒・転落しやすくなります。
2. 食欲不振、便秘
食事が食べられないと元気が出ず、栄養が不足します。その結果、感染症にかかりやすく、ケガをすると傷が治りにくくなります。
便秘はおなかが張って気分がすぐれず、不機嫌になりBPSDを悪化させます。 また、向精神薬による便秘が続くと腸閉塞をおこすこともありますので特に注意が必要です。
3. 誤嚥(ごえん)
うまく食事をのみ込むことができないと誤嚥(ごえん)につながりやすくなります。
4. 歩きにくくなる
特に歩き出しが困難で小股になり、前のめり姿勢になります。体のバランスがとりにくくなるので、転倒しやすくなります。
また、服用してすぐに期待する効果が現れず、少なくとも2~4週間継続して服用する必要があります。それに反して副作用は早くから出ることがわかっています。これらの薬のなかには現在、病気治療中だったり、以前にかかっていたが今は治っている病気も含めて、悪化や再発の危険性があるものもありますので、受診した際に医師および薬剤師に伝えてください。
向精神薬を服用していただくにあたっての留意点
1. 薬を服用することを本人に説明しましょう。
薬をのむ必要があること、なんのために薬をのむのか、どんなのみ方をしたらいいかなど本人に説明しましょう。
2. 体調の観察をしましょう。
熱はないか、排便はあったかなど体調の変化を記録しましょう。
3. 誤って他の人が服用しないように気をつけましょう。
食事のあとでのんでもらおうと、うっかり食卓のテーブルなどに置きっぱなしにしないようにしましょう。特に小さなお子さんのいる家庭では注意が必要です。
4. 保管場所を決めて管理しましょう。
5. よくなってきたら、報告しましょう。
6. お薬手帳を活用しましょう。
薬は商品名が違っても、なかに含まれる成分や効き目に似たものもあります。いまはジェネリックなどもあり、なかなかわかりにくいです。同じような薬が重ならないように薬剤師にチェックしてもらいましょう。薬剤師に「なにか、気をつけることはありませんか?」とたずねるのもよいでしょう。
7. なにかあったら、医師・薬剤師に連絡・相談しましょう。
「飲ませたかな?」と確認がとれないときは次の薬の時間まで待ちましょう。勝手に薬を止めたり、効かないと判断して薬を追加するのは危険です。必ず医師に相談しましょう。
飲み忘れや重複して飲むことを防ぐためにもご家族や介護職の方のご協力をお願いします。
向精神薬を効果的に使うために
いままで認知症のBPSDは問題行動と言われてきました。いまでは人のあらゆる行動には意味があると考え、BPSDの症状はその人が発信している言葉にならないSOSであるという考えが広まってきました。
BPSDには非薬物療法が第一に選ばれますが、どんなにその人をわかろうとしても、どうにもならず向精神薬を服用していただく認知症の人がいることも確かです。 もしかしたら向精神薬の効き目だけでは治らないかもしれません。そんな時には同時にご家族のケアの力が必要です。ゆっくり患者さんのそばに座ったり、話し出すのを待ったり、同じ視線の先を見たり、そのようなことが患者さんに安心感や優しさとして伝わり、きっと薬の効果と相まって以前の生活に戻っていかれるのではないでしょうか。
「大丈夫、大丈夫だよ」を信じてケアを続けていきましょう。