第46回 運転免許更新のための認知機能検査
公開日:2021年7月 2日 09時00分
更新日:2023年8月21日 11時58分
井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学健康医療科学部教授
車の運転をする後期高齢者は3年ごとにストレスに遭遇する。
運転免許更新のための認知機能検査を受けなければならないからである。
認知症の疑いのない人でも75歳を過ぎれば誰でも受ける義務がある。怠ると運転免許証がもらえない。認知症専門医だからといって免除されることはない。
私の外来に通っている大工の森さんは「満点であった」そうである。
さる病院の院長は92点であったそうな。
受検者には受検後数週間で結果が通知されるので自分の得点が分かるのだ。
時間の見当識、時計描画、手がかり再生が検査項目である。
時間の見当識とは「今が何年何月の何時何分か?」と、問うもので、時計描画は時計の文字盤を描いてそこへ長針と短針を描くだけのものだ。どちらも認知症でなければ間違えることはない。
難題は手がかり再生という記憶力の検査である。
我々が人生で受けてきた試験のほとんどは記憶力を試すものである。
記憶力は人間の能力のほんの一部に過ぎないのに記憶力に優れた者が「頭がいいひと」であると一般に信じられている。そして受験戦争の勝者になる。
だから75歳を過ぎた老人でも記憶力を自慢の種にしたがる。
内容はイラストを見せられて、それを記憶して回答するというものである。イラストは16個ある。
何の因果関係もないイラストをただ記憶するという作業は意外と大変である。
中学1年生の孫にやらせてみたら一瞥しただけで全問正解したところをみると、加齢に伴って減衰する能力らしい。
何の準備もせずに受検するものだと思っていたが、森さんがネットに問題が出ていると教えてくれた。
ネットで見ると警察のサイトで問題を公表しており練習を勧めていた。
後期高齢者はこぞって練習に励んでいるようだ。
高得点の人は徹夜で勉強して受検した人に違いない。
私も検査の1ヶ月前に虎の巻を購入して練習に励んだ。
問題は4通りあった。満点を取ろうとすれば64コマのイラストを全部覚えておかなければ安心できない。
組み合わせは無秩序で何の関連性もない動物や果物や乗り物のイラストである。
私は検査の1週間前から散歩しながら「スカート、オートバイ、物差し、ぶどう」と、口に出して記憶しようとしたが脳への貯蔵には困難を極めた。
先週検査があった。
結果は未だ分からない。
(イラスト:茶畑和也)
著者
井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学健康医療科学部教授
1943年生まれ。名古屋大学医学部卒業、名古屋大学医学部老年科教授、名古屋大学医学部附属病院長、日本老年医学会会長などを歴任、2007年より現職。名古屋大学名誉教授。
著書
「これからの老年学」(名古屋大学出版)、「やがて可笑しき老年期―ドクター井口のつぶやき」「"老い"のかたわらで―ドクター井口のほのぼの人生」「旅の途中でードクター井口の人生いろいろ」「誰も老人を経験していない―ドクター井口のひとりごと」(いずれも風媒社)など