第44回 老衰死について
公開日:2021年5月14日 09時00分
更新日:2023年8月21日 11時59分
井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学健康医療科学部教授
現在の日本人の死因の1位は「癌」であることは誰でも知っています。2位は「心臓疾患」であることも知っていると思います。それでは3位は?と問われてすぐに「老衰」と答えられる人は少ないでしょう。
そうなんです。厚生労働省の統計によると、2000年代に入ってから男女ともに「老衰」が増加し、2018年にはそれまで死因の3位だった「脳血管疾患」や「肺炎」から「老衰」になりました。
歴史的にみると1950年代までの日本では老衰は現在と同じ3位に位置していました。1950年代以降、老衰死亡率は著明に低下して死因の5位以内に入らなくなりました。
医療・診断技術などが一段と向上し、高齢者の死因について安易な老衰の臨床診断を下すことが避けられるようになったことによると思われます。
私が学生の頃は死亡診断書の死因に老衰と書くことはありませんでした。
「人がなんの病気もなしに純粋な老化だけで死ぬなんて馬鹿も休み休み言ってほしい」と医者が考えていました。
西洋の医学界でも直接的な死因が必ずあり、死因を特定することが至上命令であると信じていたのです。
その証拠に世界の医者たちは取り憑かれたような細かさで死因を分類しています。
世界保健機関(WHO)が発行する「疾病及び関連保健問題の国際統計分類」は死因や疾病の国際的な統計基準として公表している分類です。
1893年に初めて世に出たときには、161個の分類の見出しがあったのですが現在ではそれが1万5千個を超えています。
ところがそのような流れに逆行するように最近再び死因の状況に変化が出現しているのです。
理由はいくつか考えられます。
まず初めに平均寿命が延びて死亡者全体のうち高齢者が占める割合が増えているためではないかと考えられます。
次に高齢者の死因は明確な傷病名をもって診断し難いため、「死因は究明すれば必ずあるはずであるが、とりあえず便宜上、老衰としておこう」としたと考えられます。
さらには医療現場が「老衰死」と言う様態を自然死として受け入れるようになったからとも思われます。無理して治療するよりも自然な死を受け入れようと考える人が増えてきたとも言えます。
世界で最も早く超高齢社会になっている我が国において、老衰が増えるのは極めて自然だと思われます。
将来、老衰が死因の1位になる可能性もあります。
我々老年科医の究極の目的は老衰が純粋に老化の果ての死の原因になることであります。
(イラスト:茶畑和也)
著者
井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学健康医療科学部教授
1943年生まれ。名古屋大学医学部卒業、名古屋大学医学部老年科教授、名古屋大学医学部附属病院長、日本老年医学会会長などを歴任、2007年より現職。名古屋大学名誉教授。
著書
「これからの老年学」(名古屋大学出版)、「やがて可笑しき老年期―ドクター井口のつぶやき」「"老い"のかたわらで―ドクター井口のほのぼの人生」「旅の途中でードクター井口の人生いろいろ」「誰も老人を経験していない―ドクター井口のひとりごと」(いずれも風媒社)など