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第79回 葬送の変化―心の整理―

公開日:2024年4月12日 09時00分
更新日:2024年4月12日 09時00分

井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学クリニック医師


1980年5月、母の胃がんを知ったのはニューヨークの研究所へ留学してから1年半ほど経ってからであった。母の症状は末期であり、私は急遽家族を連れて帰国して、母の入院していた田舎の病院で2週間看護をした。
母は57歳であった。
葬式のために村の人々が私の実家に集まった。
母を失った悲しみに加えて葬式という難題が待っていた。
葬送の儀は村の長老の指図に従って3日に渡って行われた。私は初めて遭遇した葬式にただおろおろと右往左往していた。
儀式は当事者以外の人たちにより取り仕切られていたのであった。
村人たちも3日もの間、仕事を休んで他人の葬式の準備や後片付けを強いられた。
女たちが料理を作り男たちが酒を飲む。無駄にしか思えなかった行事が3日間にわたって続いた。
お坊さんの唱えるお経のリズムに乗って村人たちの意識は異界に入り込んでいった。
形式的な儀式を誰もが「おかしい」と思いながら声を上げる人はなく幾世代と続いていたのである。

父が死んだのは2003年であった。母の死から20年経っていた。
その間に劇的な転換が起こり、葬式は家で行われなくなった。
村人の無償のお手伝いもなくなっていた。
母の葬式から40年以上経過した現在では葬送に対する意識も大きく変わり、多様な葬式が一般に受け入れられているようだ。
一連の過程を親族や地域の互助に頼らずにプロの葬儀社に任せる時代になった。
2024年2月18日中日新聞「うつりゆく葬送の風景」(谷川昌子)の記事によると、日本では1991年に「葬送の自由を守る会」が初めて海での散骨(自然葬)を実施したことをきっかけに、海や山間への散骨が注目されるようになった。
散骨は葬送を自分たちの手に取り戻そうとはじめられた運動の一つであったという。
いま、葬儀は地域や家の伝統にしたがうのではなく、個人の意向に沿って家族のみでひそかに済まされることが多いという。
葬送に関する関係者は、かつては血縁、社縁であったが、現在では家族または自分自身で、それを担うのは業者というケースが普通になったそうである。
さらに、谷山氏の記事によると「墓は先祖代々から受け継がれてきたものを子々孫々が永代に渡って守り続けるものであるとは考えられなくなってきている」そうだ。そして2022年に実際に購入されたお墓の種類は、樹木葬が51.8%で半数を超えたという。
私は10年前に食道癌を患い終末期を経験した。その時に想像していた自分の葬式の形態は簡素化された伝統的な儀式であった。故郷の家の墓に埋葬されることを想像していた。散骨は考えたこともなかったが、時代が私を超えて進んでいるようだ。
私の葬式までの猶予期間に「散骨について」心を整えておかなければならないと、この頃は思っている。

先祖代々のお墓に埋葬する、樹木葬、散骨など、現代の儀式の形態を表す図

(イラスト:茶畑和也)

著者

写真:筆者_井口昭久先生

井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学クリニック医師

1943年生まれ。名古屋大学医学部卒業、名古屋大学医学部老年科教授、名古屋大学医学部附属病院長、日本老年医学会会長などを歴任、2007年より現職。名古屋大学名誉教授、愛知淑徳大学名誉教授。

著書

「これからの老年学」(名古屋大学出版)、「やがて可笑しき老年期―ドクター井口のつぶやき」「"老い"のかたわらで―ドクター井口のほのぼの人生」「旅の途中でードクター井口の人生いろいろ」「誰も老人を経験していない―ドクター井口のひとりごと」「<老い>という贈り物-ドクター井口の生活と意見」「老いを見るまなざし―ドクター井口のちょっと一言」(いずれも風媒社)など

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