パーソン・センタード・ケア
公開日:2016年7月25日 18時00分
更新日:2019年11月 8日 16時05分
パーソン・センタード・ケアとは、認知症をもつ人を一人の「人」として尊重し、その人の立場に立って考え、ケアを行おうとする認知症ケアの一つの考え方です。この考え方は、自然科学や神学を修めた後に老年心理学教授となったトムキットウッドが、1980年代末の英国で提唱したものです。
パーソン・センタード・ケアはケア現場の風土を変革する第一歩
当時の英国では、認知症をもつ人は「何もわからなくなり奇妙な行動をする」という考え方が支配的で、施設の中では、時間通りにおむつ交換や入浴介助が進むことを優先した流れ作業的なケアが行われていました。
キットウッドは自ら率いる研究グループと共にケア施設に出向き、膨大な時間をかけて認知症をもつ人々を観察しました。その観察を通して、人としての尊厳が傷つけられることが、彼らの状態の悪化に大きく影響していることに気づきました。例えば、失敗した時に「こんなこともできないの?」と見下されたり、物を扱うように急に車いすを動かされたり、騒ぐからといってのけ者にされたりすることが、ケア現場では日常的に見られる光景でした。そのような現場では、初めは怒りをあらわにしていた人々も、次第にあきらめてテーブルに伏して過ごすようになり、最終的には生きる意欲さえ失くしてしまうことにつながっているとキットウッドは指摘しました。
しかし彼は、こういった行為を行った職員個人だけのせいにするのではなく、「どうせ何もわからないし、何もできないのだ」と決めつけている職場風土に問題があるとしています。認知症をもつ人々へのよくない対応の仕方は、先輩から後輩へと代々受け継がれ、知らず知らずの間にものすごいスピードで蔓延してしまうと注意を促しました。
そこで、キットウッドは、認知症をもつ人の見方を職場全体で変える必要があると考えました。従来は、「認知症をもつ人」という言葉の中で、「認知症」の部分ばかりに着目して、「アルツハイマー病のせいで奇妙な行動をとるようになった」と捉えるのが一般的でした。この見方では、認知症は医療分野で扱う問題であり、ケアの力で本人の状態を良くすることなど考える必要もありませんでした。しかし、同程度のアルツハイマー病の人であっても、必ずしも同じ行動をとるわけではありません。「人」の部分、つまり、その人独自の要因に着目することで、悪化しているように見える状態もケアによって改善できるかもしれないと見方を変えることで、職場風土を変革する第一歩になりうるのです。
人の立場に立って状況を理解することが大事
目の前の認知症をもつ人々の行動や状態は、認知症の原因となる疾患のみに影響されているのではなく、その他の要因との相互作用であるという考えをキットウッドは以下のようにまとめました。
- 脳の障害(アルツハイマー病、脳血管障害など)
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- 性格傾向(性格傾向・対処スタイルなど)
- 生活歴(成育歴、職歴、趣味など)
- 健康状態、感覚機能(既往歴、現在の体調、視力・聴力など)
- その人を取り囲む社会心理(周囲の人の認識、環境など)
例えば、朝から妙に落ち着かず歩き回っているのは、便秘や発熱などの体調不良が影響している場合があります。また、元々主婦だった女性が家に帰りたがるのは、食事の準備が気になるという生活習慣の影響があるかもしれません。様々な行動をすべて原因疾患のせいにしてしまうと、抑制するには薬しかないと考えがちですが、その他の要因を探っていくことで、ケアの力を発揮することが可能になると考えられます。
認知症をもつ人々は、体のどこかが痛くても部屋が騒がし過ぎても、ただ不快感に襲われるだけで、その原因を言葉でうまく表現できない場合があります。その結果、大声を上げたり暴れたりするという手段でその不快感を訴えざるを得ないのです。その人の立場に立って状況を理解しようという姿勢で接するか否かによって、認知症をもつ人々の行動や現れる症状は良くも悪くもなることを知っておくことがとても重要です。
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公益財団法人長寿科学振興財団は超高齢社会における喫緊の課題として認知症の実態、診断・予防・ケアについて学術的研究成果を「認知症の予防とケア」と題して研究業績集にまとめました。研究業績集の内容を財団ホームページにて公開しております。是非ご覧ください。