認知症高齢者の向精神薬について
公開日:2016年7月26日 01時00分
更新日:2019年11月 8日 15時54分
向精神薬とは?
世界中には膨大な種類のお薬があり、治療効果(適応症)別に細かく分類されています。向精神薬というのは、お薬の分類名の一つで、人間の精神活動に影響を与えるお薬の総称です。眠りを促す睡眠薬から、うつ病に使われる抗うつ薬、幻覚や妄想を抑える抗精神病薬まで、様々なお薬が含まれます。
認知症の方に向精神薬を使う理由は?
向精神薬には、認知機能障害の進行を遅らせるお薬も含まれます。"認知機能障害"という言葉は専門的で難しいため、ここでは"もの忘れ"と考えましょう。もの忘れが進むのをゆっくりにしてくれるお薬のことを、認知症治療薬と言います。その名の通り、認知症の方に使われるお薬です。お薬を飲んでいる認知症の方は、飲んでいない方に比べて、もの忘れの進行が遅くなることが、質の高い医学研究で証明されています1)。
ところで認知症には、もの忘れ以外の症状が出てくることもあります。気分が落ち込み抑うつ的になったり、幻覚症状が現れて夜中に人影が見えたり、徘徊する方もいます。中には怒りっぽくなり暴力的になる方もいます。そういった症状を抑えるために、抗うつ薬や抗精神病薬が使われることがあります。こういったお薬を使った治療により、一定の効果が期待できることが医学的に証明されています2)。
認知症の方に向精神薬を使う時の注意点は?
病院を受診して何か病気が見つかると、「先ずはお薬」と考える方も多いのではないでしょうか?実はこの考え方はあまり正しくありません。もちろん、病気の種類や状態によっては、一刻も早くお薬を使うことが大切なこともあります。しかしながら、少なくとも認知症高齢者に向精神薬を使うことに関しては、「先ずはお薬」という考え方は止めましょう。「先ずはお薬を使わない治療」をやってみて、「それでも効果が乏しければお薬」という考え方をお奨めします。以下、その理由を説明していきます。
一つ目の理由として、いかなるお薬にも副作用があることです。認知症の方の多くは高齢者です。高齢になると薬の副作用が出やすくなります。お薬を飲み始めるかどうかを決める際には、どんな副作用が出る可能性があるかを知っておくべきです。それを知った上でお薬を飲むと決めてからも、最初は少ない量から始めるべきです。その方が副作用が出にくくなります。
二つ目の理由として、高齢者は様々な病気を抱えていることが多いことが挙げられます。認知症以外の病気のため、既にいくつもお薬を飲んでいることがあります。一つ一つのお薬は安全で副作用の少ないものであっても、多くの薬を飲むと思わぬ副作用が出ることがあります。最近の研究では、高齢者に多くのお薬を処方することを止めるよう奨めています3,4)。
三つ目の理由は、お薬を使わなくても対応の方法やちょっとした工夫で、症状が軽くなることがあるからです。先に挙げた気持ちの落ち込みや怒りっぽさなどは、お薬無しでも落ち着くことがあります。そういった対応や工夫をしても良くならない場合に、お薬の出番が回ってきます。
最後にもう一つ、認知症はお薬だけでは良くならないことが挙げられます。現在の認知症治療薬には「もの忘れの進行を抑える効果」はありますが、残念ながら認知症そのものを治す効果はありません。軽めの運動をしたり、人と楽しく喋ったり、身体の健康管理をすることも大切な治療法です5)。
まとめ
認知症高齢者にお薬を飲んでいただく場合、「先ずはお薬」ではなく、「先ずはお薬を使わない治療」をやってみて、「それでも効果が乏しければお薬」と考えましょう。上手にお薬と付き合っていくことで、より効果的な治療が期待できます。
関連書籍
公益財団法人長寿科学振興財団は超高齢社会における喫緊の課題として認知症の実態、診断・予防・ケアについて学術的研究成果を「認知症の予防とケア」と題して研究業績集にまとめました。研究業績集の内容を財団ホームページにて公開しております。是非ご覧ください。
公益財団法人長寿科学振興財団 「認知症の予防とケア」平成30年度 業績集
参考文献
- Tricco AC, Vandervaart S, Soobiah C, et al. Efficacy of cognitive enhancers for Alzheimer's disease: protocol for a systematic review and network meta-analysis. Syst Rev 2012;1:31.
- Maher AR, Maglione M, Bagley S, et al. Efficacy and comparative effectiveness of atypical antipsychotic medications for off-label uses in adults: a systematic review and meta-analysis. JAMA 2011;306:1359-69.
- Pretorius RW, Gataric G, Swedlund SK, Miller JR. Reducing the risk of adverse drug events in older adults. Am Fam Physician 2013;87:331-6.
- Patterson SM, Cadogan CA, Kerse N, et al. Interventions to improve the appropriate use of polypharmacy for older people. Cochrane Database Syst Rev 2014;10:CD008165.
- Lautenschlager NT, Cox KL, Flicker L, et al. Effect of physical activity on cognitive function in older adults at risk for Alzheimer disease: a randomized trial. JAMA 2008;300:1027-37.