老化研究と動物実験
公開日:2016年7月25日 02時00分
更新日:2019年8月 5日 15時43分
老化研究と動物実験の関係
人の体を探求する手段として、さまざまな動物モデルを用いた実験や研究が行われています。中でも最近注目されたのが、餌の制限、適切なダイエットによる寿命の延長を確認した研究です。この動物実験では、病気を発症するまでの期間を長くするだけではなく、「健康で長生きする個体」を選抜できることがわかっています。
また、ある実験では、全体のおよそ1/4の動物で病気の発症が遅れ、生存期間が1.6倍になりました。この結果を、人の健康寿命を延長させるために応用できるのではないかと、新たな研究がすすめられています。さらに、ショウジョウバエの研究により、生物の体内時計の仕組みが発見されたといわれています。
長寿動物ハダカデバネズミの研究
一般的に実験に用いられる動物はマウス(いわゆるネズミ)が多くなります。その理由は
- 分類上ヒトに近くて入手がしやすいこと。
- 遺伝子レベルでの改変を加えられること。
- 体の大きさや寿命が適切であること。
などです。
ではここで、近年、研究対象となることが多い「ハダカデバネズミ」についてご紹介します。ハダカデバネズミは、名前の通り体毛が少なく裸のように見えて、歯が出ている(出歯)ネズミです。元々は地下で生活をし、酸素が少なく二酸化炭素の多い環境での生活を好みます。
このハダカデバネズミを、実験のために温度30度、湿度60%という、通常の大気下と同等の環境で生活をさせてみました。すると、ハダカデバネズミはすでに視覚が退化しており、視覚認知に関わる多くの遺伝子がその機能を失っていることや、白内障になっている個体が多いことが分かりました。また、通常のマウスのおよそ10倍、20年以上も生きている個体が多く見られました。ハダカデバネズミは、出生時の死亡率は高いものの、一旦成長すると老齢まで死亡するリスクは少なく、生存期間のうちおよそ8割の期間は、活動量や繁殖能力の低下、心血管機能の低下といった「老化の兆候」を示しません。
また、28歳を超える超高齢個体では、筋肉量の低下や加齢性色素の沈着といった「加齢性変化」が認められるものの、飼育下で観察された800個体のハダカデバネズミにおいては、自発的な細胞のがん化が確認された個体は一例もありませんでした。
これらのことから、ハダカデバネズミが、老化およびがんなどの老化関連疾患に対し、顕著な抵抗性を持つ哺乳類であることがわかってきました。2016年に公表された研究結果では、従来の動物実験で使用していたマウスと、ハダカデバネズミの細胞を初期化(iPS細胞化)することで、ハダカデバネズミの方ががん化の耐性をもっていることがわかりました(図)。
このような背景により、ハダカデバネズミは人の老化やがん化を抑制する方法の開発に向け、新たな研究のためのモデル動物として研究されるようになりました1)。
動物実験から分かった老化の機序
動物実験において、老化の機序はどのようなものなのか、現在も明らかになっていない部分があり、引き続き研究が行われています。しかし、先ほどのハダカデバネズミを人やマウスと比較すると、遺伝子レベル、脳細胞レベルで、加齢による変動を見せなかったことが分かっています。ここには、人とは違うメカニズムがあるのかもしれません。
また、動物実験の過程においては下記のような結果が分かっています。
- 長寿動物においてはがんの耐性もあるものが多い
- インスリンレベルの低下が確認できる
- 繁殖させた個体の方が、非繁殖個体よりも長生きしている
- DNA損傷に対する修復遺伝子が数多くある
もちろん、現在はまだまだ研究途上ではあるものの、これらのデータは老化の機序、健康長寿の延長などにおいて、重要なヒントとなり得ることが考えられます。また、近年ではハダカデバネズミだけでなく、その近親種あるいは哺乳類以外の動物との比較実験も進められているようです。
ヒトと動物の寿命や加齢の過程では、異なる部分が多く存在しているため、動物実験の結果がすべて人に当てはまるわけではありません。しかし、ヒトと動物の病気に共通の部分では、動物実験は人の長寿に向けた研究としてなくてはならないものです。これらの研究は今後も続けられ、ヒトの老化のメカニズムを解き明かすことが、期待されています。