いつも元気、いまも現役(ITエヴァンジェリスト 若宮正子さん)
公開日:2022年4月15日 09時00分
更新日:2024年8月13日 14時15分
こちらの記事は下記より転載しました。
1年先まで予定が入っているので、勝手に死ねません
オレンジと深緑の格子模様のシャツに黒いパンツで颯爽と現れた。間もなく87歳になる方には思えないきびきびとした若々しい動きには驚かされる。
この方が今注目されているITエヴァンジェリスト(伝道者)の若宮正子さんだ。シャツの模様は紅葉をイメージしてエクセルアートによる自身のデザイン。細かな模様にもWindowsの中にあるソフトを使って立体的に浮き出るように工夫されている。服のデザイン以外にもコースター、うちわ、バッグのデザインも手掛けている。
若宮さんは2021年11月末にNHKの朝の番組で紹介されて大きな反響を呼んだ。海外でも多くの人が見たという。
「スタジオに2時間の生放送で本当に緊張しました」
放送後、藤沢の自宅に戻って荷物を換えて山口県萩市に熱中小学校の教諭として出張。熱中小学校というのは「もういちど7歳の目で世界を......」をスローガンに全国の廃校などを利用した大人の学校で、海外1か所を含めて計20か所ある。そこに1泊して大阪で講演に。翌朝1番の新幹線で戻ったのがこのインタビューの前日。そして翌日に水道橋でインタビュー、夜は大手町でパネルディスカッションと、大忙しの毎日だ。
「マネージャーがいないので、全部自分でスケジュール管理をして、どうやって行くのか考えています」。見せてもらったグーグルカレンダーには午前・午後とも緑色帯の予定がぎっしり。「3年前から年に80回以上の講演で、1年先まで予定が入っていますので、勝手に死ねません」
自宅にはWindowsとMacのパソコン、AIスピーカー、バーチャルリアリティーのゴーグル、出かけるときは持ち運び用のタブレットとApple Watch。
Apple CEOが「世界最高齢のアプリ開発者」と紹介
若宮さんは81歳の2017年、iPhone用ゲームアプリ「hinadan」を開発・配信して一躍世界中の注目を浴び、その年のWorldwide Developers Conference2017に招待され、Apple CEOのティム・クックから「世界最高齢のアプリ開発者」と紹介された。クックさんと抱き合う姿はNHKでも放映された。
その際、若宮さんは「お年寄りの指は乾燥していてスワイプしてもなかなかうまくいかないのです」とクックさんに訴えたことに、クックさんは「そうした指摘は大変参考になる」と応じていた。
その後、クックさんが来日することがあったが、その際に日本でやりたいこととして「日本の居酒屋に行ってみたい」と「マサコに会いたい」の2つをあげた。そこで再度の面会の機会が設定された場所が表参道のアップルショールーム(写真1)だった。
実際に「hinadan」を開いてみる。「これは宮中のパーティーなんです。食べ物や飲み物を振る舞う女官、そして生バンドは低い音の楽器から順に並ぶ。そして一番下の段には定年退職して嘱託になった翁(おきな)が掃除要員として並ぶ。1000年前も今と同じことをしていたのです」
日本語版から始まり、英語、中国語、韓国語版があり、ユーザーは10万人を超えるという。2020年には「七草がゆ」アプリをリリースした。七草がゆに入れる野菜を選ぶというゲームだが、「今の若い人は七草を知らないから」という。
2018年2月には、国連総会で「高齢社会とデジタル技術の活用」をテーマに英語で基調講演を行った。
母の介護を機にパソコン通信を始める
昭和10年(1935年)4月19日、東京・杉並区阿佐ヶ谷で3人兄弟の末っ子の長女として生まれる。長男とは10歳、次男とは5歳の年齢差。国民学校に入学し、戦争末期の9歳のときに長野県・鹿教湯温泉に半年間、学童疎開した。食糧不足でお粥の米がだんだん少なくなって、菜っ葉ばかりになっていくひもじい体験をした。
その後、大手町のサラリーマンをしていた父親の会社が会社ごとの疎開となり、兵庫県の鉱山に移った。社宅は所長、次長、課長と住宅の造りが明らかに異なり、若宮さんは「父親は会社でこういう処遇をされていたのか」と幼心にもはっきりわかったという。
東京教育大附属高等学校(現・筑波大学附属)卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に就職。母親から独立して早く家を出ようと考えて、給料のいい銀行に入ったものの、女子社員は「親元からの通勤」という銀行の規則で断念。
札勘定とそろばんが苦手で、「まだやっているの」と同僚から言われる始末。やがてそうした仕事は機械がとって代わり、若宮さんは企画部門に異動。1989年、男女雇用機会均等法の施行後、昇進試験を受験して、当時女性では珍しかった管理職に就いた。定年退職後、母親の介護で外出が減ることを心配してパソコンを購入しパソコン通信を始めて、外部との交流を維持しようとした。まだパソコンが普及しだしたころで、大きな図体はよく故障した。
母親は100歳で大往生するまで若宮さんは介護を続けた。
有り余っている好奇心と足りない時間
朝起きる時間は不定だ。明日、早朝の電車に乗る日は早起きをするし、普段はゆっくり起きるという実に気ままな生活ペース。大好きなナッツ入りパンで朝食を済ませると、びっしりとスケジュールで埋まった用事をこなしていく。
著書は1998年『マーチャンがゆく 北欧編』に始まり、2019年『老いてこそデジタルを。』『独学のススメ 頑張らない!「定年後」の学び方10か条』など数多く、全国から講演依頼が殺到している。この1年間だけでも84か所で講演したという売れっ子ぶり。
講演には50代、60代の人が多く集まるという。老後は介護されながらでの長生きはしたくないという不安を抱いている人たちが、若宮さんの話を聞いて「こういう生き方もあったのか」と勇気づけられるという。ところが70代、80代の人となると「あの人は特別な人。参考にならないわ」という反応も少なくないという。
政府委員も数多い。「人生100年時代構想会議」では第1回目の会合でこう自己紹介している。「コンピューター大好きおばあちゃんです。81歳でつくったスマホゲーム『hinadan』で世界的に有名になった元銀行員の独居老人、高校卒。有り余っているもの、好奇心。足りないもの、時間です」
最近ではデジタル庁の「デジタル社会構想会議」の構成員など活躍ぶりは数多い(写真2)。
ボランティア活動も不登校児の親の相談、パソコン教室、シニアの学び直しの場である熱中小学校教諭と実に多彩だ。ボランティアこそ「居場所がない人への特効薬」という。なぜならボランティアをして「ありがとう」と感謝されることに大きな喜びがあるからだという。
エストニアには老人がいないの?
円熟世代の生きがいづくりをめざして20年前に発足した全国ネット「メロウ倶楽部」の副会長である若宮さんにこのサイトを見せてもらった(写真3)。
今話題になっているのは補聴器の選び方。コメントが23件も並ぶ。「値段が張るわりに性能の差が大きいから、こうした高齢者同士の情報交換は大変役立ちます」と若宮さん。
トップページには台湾の天才デジタル大臣のオードリー・タンと若宮さんのトークショーが掲載されている。
41歳でパリ7日間の旅から始まる現役時代からの海外旅行にも拍車がかかってきた。若宮さんの海外旅行は団体旅行ではなく、手作りの個人旅行だ。現役の銀行員だった時代には毎年1回は海外旅行を続けてきた。旺盛な好奇心を満たすにはこれが一番の趣味だった。
2019年にデジタル先進国のエストニアに行ったのが最後で、今年もデンマークに行く計画だが、このコロナ禍でどうなるかわからない。「お年寄りにはデジタルは無理」という言葉に、「では、エストニアには老人がいないの?」と若宮さんは強く反発する。
「シニアこそデジタルが必要!」と、「リケ女」(理科系女子)ならぬ「リケ老」(理科系老人)の養成を訴えている。デジタル機器を使って失われつつある身体機能を補いながら、さらに高齢者の世界を広げていこうという願いだ。
撮影:丹羽 諭
(2022年4月発行エイジングアンドヘルスNo.101より転載)
プロフィール
- 若宮 正子(わかみや まさこ)
- PROFILE
昭和10年(1935年)4月19日、東京・杉並区阿佐ヶ谷で生まれる。東京教育大附属高等学校(現・筑波大学附属)卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に就職。1989年、男女雇用機会均等法の施行後、管理職に就いた。定年退職後、母親の介護を機にパソコン通信を始める。81歳の2017年に雛人形を正しく配置するiPhone用ゲームアプリ「hinadan」を開発・配信。この実績からWorldwide Developers Conference2017に招待されてApple CEOのティム・クックから「世界最高齢のアプリ開発者」と紹介された。2018年には国連総会で「高齢社会とデジタル技術の活用」をテーマに基調講演。政府の「人生100年時代構想会議」をはじめ「デジタル社会構想会議」などに委員として参加。
転載元
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