健康長寿ネット

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いつも元気、いまも現役(現役保育士 大川繁子さん)

公開日:2020年4月30日 09時00分
更新日:2024年8月13日 14時28分

おひとり様っていいですよ 若いときの苦労を取り戻さなくちゃ

 「おひとり様っていいですよ」と声に力が入った。「長生きして若いときの苦労を取り戻さなくちゃ」と笑う。92歳で現役の主任保育士で活躍する大川繁子さんは近くの自宅で独身生活を満喫している。

 ここ「小俣(おまた)幼児生活団」は栃木県西部の足利市小俣町にある認可保育園。"奇跡の保育園"と言われ、全国から見学者が絶えない。"奇跡"というのはその独自の保育法にある。

 「自分のやりたいことに没頭し、自分の頭で考え、自分の能力を発揮できる力(自由に生きる力)と、それに伴う責任を持てる子になってほしい」という保育方針。そのために、「みんなで一緒に、ではない」「自分のことは自分で決める」「お昼寝は強要しない」「ルールは園児が決める」「園児に命令しない」ことを徹底している。

 お昼ご飯はバイキング形式で、子どもは自由に料理を選び、食べる量を決める。遊びに熱中して食べなくてもよい。

 3,000坪を超える敷地が園庭で、池あり山ありの自然が広がる。最も古い園舎は大川家がかつて自宅としていた古民家。ペリー来航の2年前の建築で、築170年を超える。国の登録有形文化財に指定されている。

写真1:最も古い園舎の様子を表す写真。かつて大川氏の自宅としていた古民家。
築170年を超える古民家を園舎にしている

ゼロ歳児から5歳児まで約100人を保育

 保育児の人数は常時変化するが、昨年夏ではゼロ歳児9人、1歳11人、2歳25人、3歳24人、4歳23人、5歳22人の計114人。保育士は主任・パートあわせて18人。

 「自分としてはまだまだ勉強中のつもりです。保育という仕事は奥が深くて、その魅力に取りつかれて、やめられません。保育歴約60年、2,800人以上の卒園生を見送ってきたけれど、もっともっとと思っていたら、気づいたときには90歳を超えていました」

写真2:インタビュアー大川氏が13歳の女学生時代の様子を表す写真。
13歳の女学校時代の繁子さん。ピアノはずっと習っていた

理系一家で育ち20歳で大川家に嫁ぐ

 大川さんは1927(昭和2)年9月1日、東京・三田で生まれた。赤羽小学校では成績はトップ。「ススメススメ兵隊ススメ」と号令をかける"報国団長"を務める軍国少女だった。すぐ隣の府立第六高等女学校(現・都立三田高校)に進学する予定だったが、その年から筆記試験から口頭試問と面接試験に変わって、結果は不合格。毎年、小学校の成績上位1番から6番までは合格していたのに、大川さんは1番の成績だったのに「おかしい」と調べてもらった。

 それは、どうも母子家庭ということが理由だったらしい。東京大学で数理学を学んだ研究者の父親を6歳のときに亡くしたためだった。祖母は派遣看護婦・助産婦を経営していて経済的には困らなかった。しかし、日比谷高校をめざしていた弟に母子家庭が影響したら大変と伯父の養子に入って、結果、見事に合格した。

写真3:大川繁子氏と園長である次男の大川眞氏のツーショット写真。
園長である次男の大川眞さん(68)と大川繁子さん

東京女子大の数学科に進むも20歳で結婚して足利に

 大川さんはすべり止めを受けていなかったため、品川女学園に進学した。ある日、同級生の1人から「私の親は女郎屋経営をしていて恥ずかしい」と言われた。大川さんは家に帰って母親に「じょうろ屋でなにが恥ずかしいのかしら?」と聞くと、母親は品川遊郭地域近くに女学校があることにピンときて、すぐに家の近くの普連土(フレンド)女学校に転校させた。

 その後、東京女子大学数学科に進学。1年生のときに終戦を迎えた。20歳になると遠縁にあたる10歳年上の人から結婚を申し込まれ、大学を中退してここ足利で病院を営む大地主の大川家に嫁ぐことになった。

"羽仁教(はにきょう)"の信者で姑が生活団を始める

 それからが大変。気丈夫な姑の大川ナミさんは「私が黒と言えば、それが白いものでもハイと言いなさい。いいですか!」という人。夫である大川邦之の妻ではなく、大川家の嫁だった。

 一方、ナミさんは大変な開明派で、自由学園を創った羽仁もと子に感化された"羽仁教信者"だった。羽仁もと子が創刊した月刊『婦人之友』の読者会である「友の会」の足利支部長もしていた。

 終戦から4年後、ナミさんの「保育園でもつくろうかしら」のひと言で始まったのがこの小俣幼児生活団だ。保育士の人数が足りないと、ナミさんの指示で繁子さんは次男を背におんぶしながら保育士の資格を取った。「生活団」という聞きなれない名称は、「生活そのものが教育」という羽仁もと子の考えから来るもので、現在もこの名称の団体は全国にいくつかある。

いきなり次男が園長繁子さんが主任保育士に

 やがてナミさんが亡くなると、保育園の葬式の席上、理事の弔辞で「これからは次男の眞さんが園長、繁子さんは主任保育士」と勝手に言われてしまった。大学で化学工学を学んで間もない25歳の眞さんが園長になることが決まった。3人の男の子を育て上げた繁子さん、50歳のときだ。

 最初は少林寺拳法にのめり込んで、保育園運営には身が入らなかった眞さんだった。だが、昼寝をしない子を暗い部屋で叱る保育士、昼食を残す子にも叱る保育士に疑問を抱くようになった。見かねた眞さんが保育士を注意すると、「子どもの前で私を怒らないでください」と言い返される始末。

写真4:池や灯篭があり、野山が広がる園庭の様子を表す写真。
3,000坪を超える園庭には池あり、灯篭あり、野山が広がる。鹿などの野生動物も出没する

モンテッソーリ教育法とアドラー心理学を導入

 そこから眞さんの保育改革が動き出す。「自立した人間」を育てるイタリアの幼児教育者マリア・モンテッソーリ(1870~1952)の保育法を取り入れようと、その第一人者である赤羽惠子さんの京都モンテッソーリ教師養成コースに保育士を毎年送り込んだ。6、7年すると保育士の方から「モンテッソーリ教育法を始めましょう」という声が上がった。

 さらに10年後、オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラーが提唱したアドラー心理学が日本ではまだ知られていない時代に、その第一人者の野田俊作さんに眞さんは弟子入りをした。この考え方は大人と子どもを対等の立場に置き、叱ることも褒めることもよしとしない接し方だ。

一流の人を見つけいち早く取り入れる伝統

 一流の先生を見つけ、それをいち早く取り入れるのは大川家の家風ともいえる。繁子さんは3歳のころ日比谷公会堂でのコンサートで音楽に合わせて椅子の上で踊るほど音楽とダンスが好きで、その後、創作舞踏の天才といわれた石井漠(ばく)さんに可愛がられた。そんな経験から、音楽・歌・即興からなるダルクローズのリトミックという音楽教育法を幼児生活団に取り入れた。その際もリトミックの第一人者の馬淵明彦さんを呼んでいる。

 絵本を使わず、物語を暗唱して子どもに聞かせる手法も繁子さんが40歳を過ぎてから始めたことだ。

 足利絵本の会には詩人の谷川俊太郎さんを招いている。「講演はしない」という谷川さんは繁子さんとの対談を望んだ。谷川さんが登場するとき、「鉄腕アトム」の曲が流れるという。その理由を聞くと、「実はあの曲の作詞は谷川さんなのです」

写真5:大川氏が子供に囲まれて楽しそうに保育をする様子を表す写真。
子どもに囲まれて楽しそうな繁子さん

毎日9時間半務める現役保育士

 朝は8時に起きる。「朝は脳がガス欠状態ですから燃焼しやすい炭水化物の朝食を摂ります。頭で食べているようなものです」

 10時半には幼児生活団に来る。「歩いて10分くらいでしたのでかつては歩いて来ましたが、今は眞さんが車で送り迎えをしてくれます」。夜は8時まで幼児生活団にいて、栄養士がつくった昼食を持ち帰って自宅で食べる。1日2食だ。夜は12時か1時に就寝する。

 病気はしないが、怪我はするという。転んで骨折したり、背骨の圧迫骨折や股関節を痛めたりがあって、「92歳になって体力・気力が落ちてきましたが、戦争を乗り越えてきたから丈夫なんでしょう。カラ元気ですよ」と弾むように笑った。

 補聴器なしの大きな耳、豊かな身振り手振りで、その場がなごむ不思議な魅力に満ちた現役保育士だ。

撮影:丹羽 諭

(2020年4月発行エイジングアンドヘルスNo.93より転載)

プロフィール

写真:インタビュアー大川繁子氏。
大川繁子(おおかわしげこ)
 1927(昭和2)年9月1日、東京・三田生まれ。1945年、東京女子大学数学科入学、46年結婚のため中退。62年、小俣幼児生活団に就職、72年、主任保育士となり、現在に至る。
 女性で初めて足利市教育委員、宇都宮裁判所家事調停委員。足利市女性問題懇話会座長などを歴任。モンテッソーリ教育やアドラー心理学を取り入れた今年創立71年の同園で、60年以上にわたり子どもの保育に携わっている。初めての著書『92歳の現役保育士が伝えたい親子で幸せになる子育て』(実務教育出版)は2019年9月に出版され、たちまち5刷となった。テレビでも紹介されるなど話題の人となった。

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.93(PDF:10.1MB)(新しいウィンドウが開きます)

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