人口構成の変化から高齢者区分の見直しへ(西村 周三)
公開日:2018年6月14日 13時18分
更新日:2021年6月30日 11時17分
シリーズ第3回 生き生きとした心豊かな長寿社会の構築をめざして
わが国がこれから超長寿社会を迎えるに当たり、長寿科学はどのような視点で進んでいくことが重要であるかについて考える、シリーズ「生き生きとした心豊かな長寿社会の構築をめざして」と題した各界のキーパーソンと祖父江逸郎公益財団法人長寿科学振興財団理事長との対談の第3回は、西村周三国立社会保障・人口問題研究所所長をお招きしました。
人口問題から見えてくる課題
祖父江:この機関誌『Aging&Health』では、「生き生きとした心豊かな長寿社会の構築をめざして」という対談シリーズを続けています。第3回目の今回は国立社会保障・人口問題研究所所長で、厚生労働省の社会保障審議会会長でもあります西村周三先生にお越しいただきました。
人口問題についてはわかっているようでわからない点もありますが、最近、皆さんようやく少子高齢化を実感するようになってきたように思います。そこでまず、この先、日本の人口は少子高齢化が進み、高齢者の人口割合が非常に増えてくることについてどうご覧になっているかうかがいたいと思います。
西村:国立社会保障・人口問題研究所が推計した2025年時点の人口を横軸に、75歳以上人口を縦軸に描いてみました(図)。そこで見えてくるのは、第1に日本の人口を都道府県別で比べると、大きな格差があるということ。たとえば、東京都は2010年時点で1,300万人の人口であるのに対し、鳥取県は59万人と1/20です。
注:下記の資料に基づいて作成した。そのため2010年人口は、推計値であり、実現値ではないことに注意されたい。
出典:国立社会保障・人口問題研究所『日本の都道府県別将来推計人口(平成19年5月推計)』
さらに、高齢者人口の推移の違いにも注目する必要があります。今後の75歳以上人口は、絶対数では東京都などの大都市圏で急増します。2010年から2025年の間に、全国の75歳以上人口は約1,420万人から約2,180万人に760万人ほど増加しますが、このうち東京・埼玉・千葉・神奈川・茨城・栃木・群馬の各都県の増加が全国の25%の180万人となります。このことから、「過疎県が高齢化地域」という"先入観"を捨てる必要があります。
第2に、同一の都道府県内でも県庁所在地で75歳以上人口は増加しますが、それ以外の地域では伸びが鈍化します。東京では23区での伸びよりも郊外の伸びが顕著となるのです。
第3に、人口が著しく減少すると見込まれる地域は北海道・東北・中四国であること。また、県庁所在地以外の地方都市でも現在の「中山間地域」や「限界集落」に相当するところが増加します。
そうしたわが国における人口の動向を踏まえて、私は「65歳以上を『高齢者』と呼ぶことはやめた方がよい」と考えています。
最近、生産年齢人口(15~64歳)と65歳以上の高齢者の割合について、昔は「おみこしを担ぐ時代」から、「騎馬戦の時代」に、そして将来は「肩車の時代」と1人が1人を背負うようになるとよくいわれます。ところが面白いのは、65歳以上を高齢者とする2015年と、75歳以上を高齢者とする2035年とでは、生産年齢人口と高齢者人口の比率が同じ割合となるのです。つまり、高齢者を75歳以上とすれば高齢社会に備える準備期間はまだ20年あるといえるのです。しかし、やはり75歳以上になるとだんだん体力が弱ってくるので、「高齢者=75歳以上」という社会をめざすには、社会の仕組みをどうデザインするかがこれからの大きな課題となります。
また、具体的な話になりますが、東京都の23区ではかなり高齢化が進んでいるため、これ以降急激に高齢化が進む可能性は低いのです。むしろ、郊外で75歳以上の高齢者がここ10年以内に急増することが予測されています。なぜなら、その間に多くの"団塊の世代"が75歳を迎えるからです。
郊外を中心に高齢者が増加することはそう遠くない未来に控えています。そして、地域の高齢化によってさまざま課題も起こってきます。たとえば、住宅の問題があります。高齢者向けの住宅のみを整備しても、ケアを提供する人たちがその周囲にいないと困ってしまいますから、高齢者だけを集めるのではなくて、同時にケアを提供する人たちに住んでもらう仕組みが必要になります。それから交通機関の問題もあります。高齢になると、目や耳などの機能が低下するため車の運転が困難になってきます。そうすると、運転免許証を返上する人が増えるでしょうから、そういった人たちの移動手段をどうするかという問題がこれから発生してきます。こうしたさまざまな課題は、人口問題から見えてくることです。
「地域包括ケアシステム」が最近話題になっていますが、これは英語では「Aging in place」といい、「住みなれた地域で老いていく」という意味です。この考えは世界中で今広がっています。日本の高齢化は世界のトップランナーですから、この地域包括ケアシステムの実現には世界中が注目しています。
祖父江:特にアジア諸国でも高齢化は大きな問題になりますね。
西村:そうですね。アメリカで、Aging in placeの活動に一番熱心に動いているのは、Asian ethnicの人たちといわれています。つまり中国、韓国などアジア系の人たちです。そうした人種のまちづくりに注目が集まっているのです。
「限界集落」で元気に暮らすお年寄りから学ぶこと
西村:東京や東京の郊外の話をしましたが、逆に今までそれほど医療に恵まれなかった地方都市や過疎地・中山間部の高齢者が長寿で頑張っていることを最近いろいろなところで目にして驚きます。
15年ぐらい前に「限界集落は消えるだろう」と言われ、現代文明の進歩から取り残された地域というイメージがありました。しかし、そういうところで、今の日本のイメージからすると粗食でありながらしっかり元気で長生きしている。そこから私は学ぶべきではないかという気がします。もちろん救急などの医療体制を整備する必要がありますが、1つのまちに病院がたくさんあるということが必ずしも健康長寿につながらないことは明らかです。
そして、元気な高齢者に共通しているのは心や気持ちなどがかなり強いことです。そうした強靭な精神を鍛えた人たちと、物質文化の下で軟(やわ)い暮らしをしてきた人の違いをもう1度見直すことが、健康長寿を探る手がかりになると思っています。
祖父江:私たちが生まれ育った時代は昭和初期で、経済恐慌が起こり日本は自立できないような混乱した社会だったのです。その時代に生活していた人は栄養的にも生活環境の問題にしてもいろいろな問題を抱えていました。そういう時代を切り抜けてこられたのは、全国民挙げて戦争に向かったことが1つの原動力になったからだと思います。戦争という時代背景は非常に稀(まれ)なことといえます。
西村:そういう時代を生き抜くためには相当な精神力がないといけませんね。
祖父江:相当の精神力が当時の物資不足をカバーしてきたのでしょう。
西村:しかし、体力のない人は残念ながらその途中で亡くなっていったことも事実です。
祖父江:要するに淘汰されてきたわけです。厳しい環境下で、スクリーニングされたグループが今残っているといえます。戦後の豊かな時代に生活してきた人と時代背景はかなり違うのです。
西村:今から約20年前に、日本に100歳以上の人(センテナリアン)がどれぐらいいるかを調べたところ、わずか153人という結果になりました。一方で、同時期のアメリカには相当数のセンテナリアンがいました。総人口との比率を見てもはるかにアメリカの方が高く、豊かな国の人が長生きしている結果に愕然とした記憶があります。
現在、日本は豊かな時代になり、健康長寿化に成功しました。しかし、反対に国民一人ひとり気持ちは緩んでいるように思います。これを言うと、団塊の世代の人から怒られるのですが、「高度経済成長という時代はかなり運のよいラッキーな時代」だったと言うことができます。言い換えれば、一生懸命働いたら何とかなるという時代でした。今は一生懸命働いてもそれほど豊かにはなれない時代です。当時、団塊の世代は欧米を追いかけ、真似していればよい時代でした。
祖父江:それは時代背景の違いでしょう。敗戦後、多くの人々は食べ物が慢性的に不足し、混乱を極めるといった非常にみじめな数年間を経験したのです。そのとき、団塊の世代の人たちは大体乳幼児から学童期でした。その後に続いた時代は比較的よい時代で、経済的に豊かになる時代でした。
西村:そうした時代背景が世代の精神に与える影響は大きいでしょう。今、団塊の世代が高齢社会の主人公になろうとしていますが、健康で長生きを実現していくポイントは何でしょうか。
祖父江:バランスを中心に考えることです。バランスが崩れると、いわゆる健康阻害を起こします。「栄養、運動、休養」の3つのバランスをうまく保つことでほとんどの問題が解決します。いわゆるNK細胞(ナチュラルキラー細胞)という免疫力の高い細胞がどんどんできて活性化すれば、がん細胞を攻撃してくれます。体の中で攻撃したほうが、外から攻撃を加えるよりよっぽどよいのです。それで、NK細胞を体内で増やすには移植する方法もあるのですが、自らの細胞を培養し力をつけるほうがよくて、それには先ほどの「運動、栄養、休養」の3者のバランスをうまく取ることが不可欠となります。
西村:確かにそうです。経済の仕組みも、まったくそのとおりだと思います。一生懸命働いて、ある程度お金儲けはよいと思うのですが、金融だけが異常に発達して、金儲けばかりが異常に肥大化する。そうなると結果的に、経済のバランスが崩れてしまいます。ですから、バランスというのが重要なキーワードになりますね。
高齢者を3つの区分にする科学的データを
祖父江:最初におっしゃった高齢者の年齢区分ですが、最近の高齢者は身体的・体力的にかつてより10歳は若返ってきたので、75歳以上を高齢者とすれば、65歳から74歳までの人口は働くグループに入るわけです。したがって、高齢者の定義をどうするのかによって考え方はがらりと変わりますね。
西村:そうですね。しかし、国立社会保障・人口問題研究所に来て、人口問題の専門家といろいろ議論を重ねてきましたが、この変更は意外に難しいことがわかりました。その理由は、国連が「60歳以上が高齢者」という世界標準を定めているからで、60歳という区切りは世界中の人たちの寿命がそれほど長くないことを物語っています。世界標準である高齢者の定義をそう簡単に変えることはできません。ですから、日本は独自の基準を設ければよいと思います。
祖父江:「エイジング」というのがどのように進んでいくのかを克明にトレースし、フォローアップすると、65歳から74歳までのエイジングのプロセスは非常に緩やかであることがわかります。65歳と74歳の人を比べても大きなエイジングのハンディキャップはないのではないか。つまり、その間にエイジングはあまり進まないのです。ところが、75歳を過ぎた頃からだんだんエイジングは進行するのです。いわゆる生物学的な視点からみれば、「75歳を1つの起点にすべきではないか」という結論にたどり着きます。ただし、漠然と区分するのではなく、やはり科学的な論拠に基づいて年齢区分を行うのがよいのではないかと思います。
西村:どちらが先かという問題があって、恐らく祖父江先生がおっしゃったようなことが先であるべきだと思いますが、世の中の制度の変化はついていきません。60歳代後半の方が実際に働いている率はかなり低いのが現状です。60歳代前半は圧倒的に多くの方が働いていますが、60歳代後半から70歳代になると大部分の方はリタイヤしています。
祖父江:70歳を境に、若干エイジングのプロセスは進みますが、75歳を過ぎた人のエイジングのプロセスよりはずっと緩やかだと思います。したがって、やはり「どこで区切るか」ということが重要になってくるのでしょう。
西村:働くというのは、もちろん体力が決定的に重要ですが、同時に知力や精神力なども非常に重要です。そういうことに関してしっかりした調査があったらよいと思います。発展した国の仕事の仕方と、新興国の仕事の仕方は違います。一生懸命長い間働けば何とかなるというのは新興国です。日本のような国は頭を使う、アイデアを出すなどで勝負せざるを得ないようになっています。そうであるにも関わらず、いまだに多くの方は自分の仕事のスタイルを変えようとしないで、「どこかに仕事があって、それにありつけるはず」という考えを強く持っていると思うのです。
したがって、就労環境を整備するには創造的な仕事、高齢者ができる仕事が何であるかを明らかにしていくということが必要だと思います。
祖父江:いわゆる前期高齢者の65歳から74歳まで、後期高齢者も75歳から84歳まで、それから85歳以上─という3つの区分を設けたほうがよいと思います。生物学的にも、社会学的にも少しずつそれぞれ異なっていると思います。ですから、その裏付けとなる大規模な実態調査を行い、どれだけの身体・認知機能や活力があるか、どういった考え方を持っていてどのようなストレスを抱えやすいのか、加えて成育期のバックグラウンドがどのように作用するのかを明らかにする必要があります。
そういったことがわかると、高齢社会の課題がより明確に見えるだけではなく、現在の高齢者にある程度の安心感を与えることができます。しかし、現状はその点が非常にあいまいなので、不安を抱えている高齢者が多いのです。
それと高齢者を観察していますと、医療機関にかかっている人がものすごく多いことに気付きます。毎日の仕事は何かというと、医療機関に行くことですよ。
西村:しかも外来患者が多いのは日本が少し例外的ですかね。
祖父江:例外的に多いです。
前期高齢者の方が後期高齢者より医療費が高い
祖父江:当財団で研究補助金を出した人の研究発表会があり、そこで前期高齢者と後期高齢者の人の医療費調査を行った結果、前期高齢者の方が後期高齢者よりも医療費は高かったという報告を聞きました。
前期高齢者は60歳以前の若い人たちと同じように生物学的にはいきいきとしているわけです。したがって、急性疾患が非常に多いのです。75歳、むしろ85歳以上になると、これは枯れていくような病気にしか、かかっていないのです。その多くは、いわゆる萎縮性の疾患です。
西村:がんが典型的ですね。
祖父江:85歳以上になるとスクリーニングされているという点もあります。75歳までにがんの人は亡くなる。スクリーニングを行っているから一概に生物学的に果たして本当にそうかということは言えませんが、やはり75歳までの人たちは高齢者といわれているグループの中でも細胞学的には非常にいきいきとしているわけです。
西村:代謝機能がかなり活発ということですね。
祖父江:非常に活発です。だから急性期疾患は多いのです。したがって、いわゆる先端医療に費やす医療費が全体としては高くなるわけです。
西村:70歳代前後の方は、きちんと医療対応を行うと、その分長生きできるかどうかという話になりますね。
祖父江:これは私自身が経験して感じたことですが、病気になったそのときに決断をし、早く命に関わる決定的な疾患に対応するかが大きな分かれ道になります。上手に対応しないと"高齢者若死"という事態が起こってしまうのです。重大な急性疾患が起きたとき、それに早く対応すれば現在の医療の水準では命を助け得るのです。
西村:そこがなかなか難しい問題です。ということは、70歳代前半にはお金をかけないとだめだということになりますよね。そうすると、それ以降の年齢の人たちに対する医療のあり方はどうあるべきなのでしょうか。個人差を考えることが重要ですが、概して現状では、高齢の人に対して少し過度な医療をしているという面はないのでしょうか。
また、医師の方と話をする際、先生方はよく医師個人の技量や、診断能力の違いを強調しますが、私は全体としてどうなのかということに関心があります。つまり、適切な医療をすれば長生きするのに、適切な医療をしないと医療費がどんどんかかってよくない。それは正しいのですが、では誰がどこを基準にして適切か、適切でないかの判断を行うのでしょうか。
高齢者に多い不安からくる心身症
祖父江:医療行為もさることながら、そこまで追い込まれる前段階での対処が必要なのです。それには、どういうサインがその人にとって致命的であるかどうかという知識が必要になります。これは医師でもわからないのです。患者さんの症状は患者さん自身しか本当のところはわかりません。
そのため、少なからず患者さん本人の判断力を養うことが必要となります。まず、致命的な問題はほとんど循環器系疾患にあり、次に多いのが急性腹症、感染症です。すぐさま処置が必要になる疾病となるとこの3つくらいしかありません。それは教育によって患者さんでも、その判断の勘所をつかむことはできるのではないかと思います。
西村:そう思いますが、テレビなどではあらゆる疾患について通り一遍の説明をするだけで、今おっしゃったようなポイントの話はあまりされていません。
祖父江:これはマスコミの宿命で、面白おかしくしないといけないところがあるので、一般大衆を驚かせないと視聴率が上がらない。驚かすことばかりやっているわけです。これはよくない。不安をあおるだけです。
西村:おっしゃるとおりです。そこは何とか変える手だてが必要です。特に、団塊の世代は自身の状態について判断する力を養う必要があります。
祖父江:国民を上手に啓発し、教育をしていけば、かなりな部分はカバーできるようになるのです。変に不安をあおっていても意味はなく、かえって心身症の発生を促してしまいます。心身症は不安や心理的な作用によって発現するので、「脳卒中ではないか、がんにかかるのではないか、心筋梗塞を起こすのではないか」と、不安に凝り固まっている高齢者がかかりやすい病気なのです。そういった人は、高頻度で受診に行くものの、解決策が何ら提示されないということが多く、そういった状態が半年も1年も続いてしまうのです。
西村:そうですね。やはり原点である、自身の身体を健康に保つというところに立ち返らないといけませんね。
祖父江:日本は高齢社会の世界のトップランナーであり、この対談シリーズである「生き生きとした心豊かな長寿社会の構築をめざして」ということに世界中が注目しています。人類史上経験したことのない初めての高齢社会のあり方には先行するモデルはありません。したがって、あらゆる分野の叡智を集めていく必要があります。
今後とも西村先生にはご協力をお願いしたいと思います。本日はお忙しいところどうもありがとうございました。
対談者
- 西村 周三(にしむら しゅうぞう)
- 1969年:京都大学経済学部卒。1987年:京都大学教授。2009年:京都大学副学長。2011年:国立社会保障・人口問題研究所所長。2013年:厚生労働省社会保障審議会会長。
転載元
公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.66