第5章 認知症のケア 5.かかりつけ医の役割と課題
公開月:2019年10月
医療法人博仁会志村大宮病院理事長・院長
前日本医師会常任理事
鈴木 邦彦
1.かかりつけ医の定義とかかりつけ医機能の充実・強化の取り組み
現在わが国では2025年を目指した社会保障・税一体改革が進行中であるが、そのピークと言われた2018年度診療報酬・介護報酬同時改定も終わり、同改定により地域包括ケアシステムの基本である医療と介護の連携が報酬上大きく進むこととなった。
世界に類を見ない超高齢社会を迎える今後のわが国に必要な医療は、「高度急性期医療」と「地域に密着した医療」の二つであるが、前者のニーズが高齢化や若年層の減少により低下するのに対して、後者のニーズは高齢化の進行に伴って増加していく(図1)。地域に密着した医療の担い手としては、わが国には従来よりかかりつけ医がいる。日本医師会(以下、日医)ではかかりつけ医を「何でも相談できるうえ、最新の医療情報を熟知して、必要なときには専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療・保健・福祉を担う総合的な能力を有する医師」と定義している(図2)1)。
「かかりつけ医」とは(定義)
なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師。
図2 「かかりつけ医」とは(定義)
一方わが国には歴史的経緯により中小病院、有床診療所が多く存在し、専門医がかかりつけ医となって開業する診療所とともにこれまで低コストで充実した医療を提供してきた。わが国が超高齢社会を乗り切るためには、それらの診療所、有床診療所、中小病院がもつかかりつけ医機能を充実・強化しながら、いつでも身近なところで入院もできる中小病院、有床診療所や、検査・診断・治療・時に投薬・健診とワンストップサービスが可能な日本型の診療所という貴重な既存資源を活用することが重要である(図3)。すなわち超高齢社会においては、これまでの急性期の大病院を頂点とする垂直連携中心から、かかりつけ医機能をもつ中小病院、有床診療所、中小病院と介護分野などとの水平連携中心へのパラダイムシフトが求められており、その水平連携こそが地域包括ケアシステムにほかならない(図4)。
またかかりつけ医機能の充実・強化については、2013年8月8日に発表した日医・四病院団体協議会合同提言2)においてかかりつけ医の定義を再確認するとともに、かかりつけ医機能を明確に示し(図5)、その充実・強化に自ら取り組む方針を示した。これが2016年4月から開始された「日医かかりつけ医機能研修制度」3)に発展していくことになった。
「かかりつけ医機能」
- かかりつけ医は、日常行う診療においては、患者の生活背景を把握し、適切な診療及び保健指導を行い、自己の専門性を超えて診療や指導を行えない場合には、地域の医師、医療機関等と協力して解決策を提供する。
- かかりつけ医は、自己の診療時間外も患者にとって最善の医療が継続されるよう、地域の医師、医療機関等と必要な情報を共有し、お互いに協力して休日や夜間も患者に対応できる体制を構築する。
- かかりつけ医は、日常行う診療のほかに、地域住民との信頼関係を構築し、健康相談、健診・がん検診、母子保健、学校保健、産業保健、地域保健等の地域における医療を取り巻く社会的活動、行政活動に積極的に参加するとともに保健・介護・福祉関係者との連携を行う。また、地域の高齢者が少しでも長く地域で生活できるよう在宅医療を推進する。
- 患者や家族に対して、医療に関する適切かつわかりやすい情報の提供を行う。
図5 かかりつけ医機能
日医かかりつけ医機能研修制度の目的は、今後のさらなる少子高齢社会を見据えて、地域住民から信頼されるかかりつけ医機能のあるべき姿を評価し、その能力を維持・向上することにある(図6)。かかりつけ医機能として①患者中心の医療の実践、②継続性を重視した医療の実践、③チーム医療、多職種連携の実践、④社会的な保健・医療・介護・福祉活動の実践、⑤地域の特性に応じた医療の実践、⑥在宅医療の実践の6項目を示した。
同研修制度は基本研修、応用研修、実地研修の3つから構成されている(図7)。そのうち基本研修は日医生涯教育認定証を取得していればよく、実地研修は16項目の社会的な保健・医療・介護・福祉活動、在宅医療、地域連携活動等から2項目以上を実践していれば単位を取得できるが(図8)、応用研修は日医が行う中央研修など規定の座学研修を10単位以上取得する必要がある。3年間でそれらの要件を満たした場合に実施主体である都道府県医師会より修了証書または認定証が発行される。これまでの応用研修の受講者数は延べ26,349名で、修了者数も3,868名となっている(図9)。
応用研修受講者数(延べ人数)合計:26,349名
H28年度受講者:9,391名
(研修開催回数:日医中央研修1回、22都道府県42回)
H29年度受講者:9,712名
(研修開催回数:日医中央研修1回、27都道府県47回)
H30年度受講者:7,246名※
(研修開催回数:日医中央研修1回)
※H30年度受講者数は日医中央研修受講者数。今後都道府県医師会等において同様の研修会が実施される予定のため、H30年度受講者は増加の見込み。
修了者数(実人数)合計:3,868名
H28年度修了者:1,196名 H29年度修了者:2,672名
図9 日医かかりつけ医機能研修制度④ 現在の進捗状況(平成30年6月現在)
2.かかりつけ医と認知症
今や認知症はまずかかりつけ医が診るべき疾患として定着してきているが、これまでに日医を中心に様々な取り組みが行われてきた。
1.かかりつけ医認知症対応力向上研修事業
本研修事業は平成18年度から開始されており、実施主体は都道府県・指定郡市であるが、直営だけでなく、地域医師会など関係団体等との共催や委託も可能であり、対象者は診療科を問わず開業・勤務する医師である。ちなみに本研修では、医師会など専門職能団体への委託が7割であった。
新オレンジプラン上は、早期診断、早期対応のための体制整備の一環として同研修事業受講者の養成が進められており、当初2017年度末の目標は6万人と認定されたが、2016年度末には5.3万人に達したため、2020年度末の新目標を7.5万人とした。
2.地域包括診療加算・地域包括診療料に係るかかりつけ医研修会
2025年を目指した改革の道筋を反映した最初の改定が2014年度診療報酬改定である。その中でかかりつけ医機能の評価として「地域包括診療加算」と「地域包括診療料」が新設された。その算定要件となる対象は高血圧症、糖尿病、脂質異常症、認知症のうち2つ以上を有する患者となり、これにより認知症はまずかかりつけ医が診るべき疾患であることが明確にされた。
2016年度診療報酬改定では、地域包括診療加算および地域包括診療料の要件緩和とともに、新たに「認知症地域包括診療加算」と「認知症地域包括診療料」が設定された。その算定要件となる対象は認知症患者であってそれ以外に1つ以上の疾患を有する患者となり、認知症の位置づけがさらに重くなるとともに点数もより高く設定されている。
2018年度診療報酬改定では、それらの要件がさらに緩和されるとともに、認知症サポート医とそれと連携するかかりつけ医の評価が行われた。
ちなみにそれらの算定要件の1つに「関係団体主催の研修の修了」とあるが、同研修は「地域包括診療加算・地域包括診療料に係るかかりつけ医研修会」として医師会のみが実施している。
3.日医かかりつけ医機能研修制度3)
2016年4月から実施している「日医かかりつけ医機能研修制度」の応用研修は、かかりつけ医にとって特に必要な最新の知識をシラバスを作成して3年間をかけて座学で学習するものであるが、その中には認知症も含まれている(図10)。
4.かかりつけ医のための認知症マニュアル4)
2015年3月31日に日医として「かかりつけ医のための認知症マニュアル」を発行した。同マニュアルは、「はじめに」として「1.認知症疾患者の現状と認知症対策」、「2.認知症とかかりつけ医の役割」を取り上げたうえで、「Ⅰ認知症予防」、「Ⅱ認知症の診断」、「Ⅲ認知症の治療と症状への対応」、「Ⅳ認知症の人と家族を支えるケア」、「Ⅴかかりつけ医が知っておくべき医療保険・介護保険」から構成されている。
5.かかりつけ医向け認知症高齢者の運転免許更新に関する診断書作成の手引き5)
2017年3月1日に、同年3月12日から施行される改正道路交通法により、75歳以上の高齢者の運転免許証の更新に際して、かかりつけ医が認知症に関連した診断書を求められるケースが急増することが予想されたため、急きょ本手引きを発行することになった。
同手引きは、「第1章 かかりつけ医の対応について」、「第2章 平成29年3月施行改正道路交通法について」、「第3章 診断書の記載例」として、①アルツハイマー型認知症、②血管性認知症、③軽度認知障害の3事例を紹介、「第4章 高齢者の自動車等の運転と認知症の人を地域で支えるためのポイント」から構成されている。
6.超高齢社会におけるかかりつけ医のための適正処方のための手引き2.認知症6)
高齢者の薬物療法においては、高齢化に伴う薬物動態の変化のみならず、多くの疾患を抱えるために生じる多剤併用の問題、また、薬の飲み忘れや、薬の服用に介助が必要になるといった生活上の問題など、複数の問題が絡み合い複雑化しているケースも少なくない。こうした中、かかりつけ医が取り組むべきことは、患者一人ひとりの病態を把握し、適正な処方をすることであり、そのための簡便な参考資料が必要と考えられた。
2017年4月に日医として日本老年医学会の協力を得て「超高齢社会におけるかかりつけ医のための適正処方の手引き 2.認知症」を発行した。同手引は、「安全な薬物療法」に続くもので、今後「高血圧症」、「糖尿病」、「脂質異常症」の発行も予定している。その内容は、「1.認知症の現状と治療総論」、「2.認知症の中核症状に対する薬物療法」、「3.認知症の行動・心理症状(BPSD)に対する薬物療法」、「4.高齢者の認知症者への薬物使用の注意点」、「5.高齢の患者に認知機能障害を生じやすい薬物」から成る。
本手引きは、高齢者において起こりやすい薬物有害事象を防ぐための処方の考え方を示すもので、かかりつけ医自らが率先して処方の適正化に当たることを通じて、いわゆる多剤併用による副作用の発現リスクを減らし、より良い医療を提供すること、ひいては薬剤費・医療費の適正化にもつながることを期待する。
3.地域包括ケアシステムの構築と認知症への対応
超高齢社会においては高齢者医療と介護は一体化していくが(図11)、それが地域包括ケアシステムの構築にとって必要となる。その担い手はかかりつけ医であり、中心となる医療機関はかかりつけ医機能をもつ診療所、有床診療所、中小病院である。
地域包括ケアシステムを構築するためには行政と医師会が車の両輪になる必要があり、かかりつけ医には多職種連携のまとめ役になることが求められている(図12)。
実際に地域包括ケアシステムを構築するためには、郡市区医師会内に「地域包括ケア委員会」など担当の事務局となる委員会を設置する必要がある。そのうえで、①多職種連携会議の開催、②在宅医療連携拠点の設置、③総合事業や介護予防への積極的関与を行うことなどが考えられる。なお郡市区医師会には地域医療構想調整会議を主導することも求められる(図13)。
地域包括ケアシステムを構築するためには、郡市区医師会のもとで、かかりつけ医機能をもつ診療所、有床診療所、中小病院が可能なところは在宅療養支援診療所(以下、在支診)や在宅療養支援病院(以下、在支病)になり、在宅ケアセンターを設置してできるだけ総合的に在宅支援を行うことが必要である(図14)。かかりつけ医には外来医療の延長としての在宅医療が求められているが、1人のかかりつけ医が24時間365日対応することは困難になっている。これからのワークライフバランスを重視する若い医師や女性医師の増加を考えて、かかりつけ医は可能な範囲で在宅医療を行い、足りない分は日常生活圏域や在宅医療圏内の有床・無床の在支診や中小病院の在支病と患者毎に緩やかなグループを作って入院を含めて24時間365日カバーする体制を構築する必要がある(図15)。そのためには在支診や在支病を含めた地域包括ケアシステムを支援する地域密着型の中小病院や有床診療所の確立が必要であったが(図16)、2018年度診療報酬改定においてそれぞれ地域包括ケア病棟入院料・入院医療管理料1および地域包括ケアモデル(医療・介護併用モデル)として実現した。ちなみに高度急性期の大病院は、その外側で二次医療圏の最後の砦になることが求められている。
認知症は医療と介護の両方のサポートが必要であり、地域包括ケアシステムにふさわしい疾患であると言える。認知症がまずかかりつけ医が診るべき疾患となった以上、かかりつけ医も医師会の様々な研修などを活用して認知症に対する知識と理解を深めたうえで、医療面では認知症サポート医や認知症疾患医療センターと、介護面ではケアマネジャーと連携しながら、認知症においても多職種連携のリーダーになってほしい(図17)。
地域包括ケアシステムはまちづくりといわれるが、医師会や医療機関はその有力な中核となる可能性がある。かかりつけ医は医療と介護の連携から福祉・保健・栄養・リハビリテーションまで幅広く学び、地域や社会に目を向けて、多職種連携のみならず地域の多彩なフォーマル、インフォーマルなサービスの連携を推進し、行政と協力して元気な高齢者の就労や社会参加を促すとともに(図18)、仕事と子育てや介護との両立を通じて次世代の育成まで取り組むことにより、人口減少社会から全世代・全対象型地域包括ケアによる再生を目指す社会づくりを行うことが期待されている(図19)。
認知症の人は、とくにできる限り住み慣れた地域の落ち着いた環境のなかで暮らしていただくことが必要である。認知症の人にとって住みやすいまちは、一般の高齢者や若年層、そして子どもたちにとっても住みやすいまちである。2025年の改革の後半は2040年にもつながる地域包括ケアシステムの実践の時である。先進事例や最新の取り組みを学びながら、かかりつけ医の視点が、認知症の医療や介護を通じて、地域や社会づくりにまで広がっていくことを願ってやまない。
文献
プロフィール
- 鈴木 邦彦(すずき くにひこ)
- 医療法人博仁会志村大宮病院理事長・院長
前日本医師会常任理事 - 最終学歴
- 1980年 秋田大学医学部卒
- 主な職歴
- 1984年仙台市立病院内科 1986年東北大学医学部第3内科 1990年国立水戸病院内科 1993年医療法人博仁会志村大宮病院 現在に至る
- 専門分野
- 消化器内科
- 前職
- 前日本医師会常任理事、日本医療法人協会副会長、茨城県医師会理事
※筆者の所属・役職は執筆当時のもの