第5章 認知症のケア 11.介護予防サロン事業の実績と効果
公開月:2019年10月
公益社団法人全国老人保健施設協会会長
東 憲太郎
1.はじめに
介護予防事業は、すでに各地において市町村主催で推進されている。各老健施設においても、自治体から委託され介護予防教室などを開いている施設がある。しかしながら、それらの多くは元気高齢者を対象としたものである。
また、認知症の対策としては、「認知症カフェ」として、認知症の人とその家族を支援することを目的に、2012年から国の認知症施策の一つとして普及が始まった。2015年に国が「認知症施策推進総合戦略(通称新オレンジプラン)」の中心施策の一つとして位置づけたこともあり、全国でその数が増えている。
認知症の人とその家族が集うカフェは、これまでにもあったが、現在の「認知症カフェ」は、利用者を限定せず、認知症の当事者、家族、地域住民、介護や医療の専門職などさまざまな方が集うことに大きな特徴がある。
地域の人たちが気軽に集い、認知症の人や家族の悩みを共有し合いながら、カフェという自由な雰囲気のなかで、支える人と支えられる人という隔てをなくし、地域の人たちが自然に集まれる新しい場所となっている。
全国老人保健施設協会(以下、全老健)では、平成25・26年度、独立行政法人福祉医療機構の助成を受けて、「介護予防サロンに関する社会貢献モデル事業」「介護予防サロンの社会・地域貢献モデル事業」を実施し、抽出された施設において介護予防サロン事業が試行的に開始された。その後、この事業は、平成25年度から平成28年度までの4年間で延べ32箇所、525名が参加した。介護予防サロン事業は、地域高齢者の「健康管理(介護予防)」と「フレイル対策」を同時に提供できる新たなサービス形態を模索するために行ったモデル事業である。認知症の予防という命題に対し、今回は全老健が行った「介護予防サロン事業」について紹介することにする。
2.介護予防サロンの実際(表1)
介護予防サロンは、要介護状態になることを予防したり、生きがいや自己実現のための取組を支援することで、その人らしい豊かな生活の実現を目指す活動である。また、間接的にフレイル対策にも寄与することを目的としている。
「介護予防」という目的が真に有効に作用する対象者は、元気高齢者と要介護者の間にいる、フレイルの方(概ね要支援1、2)と考えられる。元気な方がフレイルになることを防ぐことも大切だが、それには公衆衛生学的専門性と人手が求められ、介護保険の機能を活かして有効に働く介護予防は「フレイル対策」であろう。そして、それを提供する主体に適しているのが、リハ3職種を含む、多職種が配置されている老健施設だと思われる。「介護予防サロン」の対象者は、要介護認定を受けていない、フレイル状態にある高齢者、認知症を有すると思われる高齢者で、最近元気がなくなった、外出しなくなった、食欲が落ちて体重が減ってきた、物忘れが多くなってきた、最近つまずいたり、転ぶことが多くなったという方々に効果があると考えられる。
試行的に事業を行った各施設の取組内容やプログラム内容は様々で、トレーニングマシンを使った体力づくり、ウォーキング、ストレッチ体操、ゲームを使ったバランスゲーム、生け花、手芸や書道、ケーキやお好み焼き等の簡単な調理や、唄や合奏、健康相談やもの忘れ相談など、実施する施設の主体性を重んじ、地域性も考慮され、それぞれに特色があるものとなった。
実施するスタッフは、医師、看護師、リハビリ職員などの医療専門職に加え、介護福祉士、支援相談員などが携わり、「多職種協働」という老健施設の強みを発揮するものとなった。
H25年度 | H26年度 | H27年度 | H28年度 | 延べ | |
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参加事業所 | 4ヵ所 | 10ヵ所 | 9ヵ所 | 9ヵ所 | 32ヵ所 |
参加人数 | 65名 | 180名 | 120名 | 160名 | 延べ525名 |
実施場所 |
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1.介護予防サロンの事例
1)宮城県介護老人保健施設せんだんの丘
近隣の地域包括支援センターに事業概要等の説明を行い、ニーズ調査を実施した結果、仙台市中心部のマンション内の集会所での開催とした。事業説明会の案内をマンション全戸ポストへ投函、紹介や口コミ、町会の協力を得ながら約12名の参加で実施した。参加者の主体的な活動とするために、興味関心があるものについてアンケートを行い、①手工芸グループ、②運動・健康グループ、③デジタル機器活用グループ、④調理活動などのイベント開催グループに分けて活動した。
写真 介護予防サロンの様子
2)福島県介護老人保健施設生愛会ナーシングケアセンター
以前より法人に関わりがあった地域の高齢者に声かけをしたり、地域の予防教室において説明会を開催し参加者を募り、約14名の参加で実施した。法人内の地域交流館で、17時30分~19時の開催とした。交通機関が少ないため、職員による送迎を実施した。当初は、運動機能に着目したプログラムを設定していたが、参加者から、手工芸・年賀状作成・料理等について実施してほしいとの声があがり、グループに分かれて活動を行った。また、歯科医師、歯科衛生士による口腔機能検査を行った。
3)埼玉県介護老人保健施設鶴ヶ島ケアホーム
地域包括支援センターで募集の協力を得られた他、自治会長や民生委員に参加者の声かけや事業のボランティアとしても協力いただいた。約20名の参加で実施した。送迎の要望もあったが、対応できず自力での参加もしくは家族の送迎となった。プログラムは、身体機能の維持向上の為の体操、手工芸、調理実習、社会貢献活動として屋外(近隣中学校)での清掃や奉仕活動も行った。
4)東京都介護老人保健施設ハートランド・ぐらんぱぐらんま
施設がある町内会及び老人会にて説明会を開催し、町内回覧板で告知し介護保険サービスを受けていない方を対象とした。参加者は約12名で実施した。施設が高台にあり、実施に際しては送迎が必要となった。プログラムは、健康に関する講座があった日は講座終了後に体操教室を開催し、講座が無い日は体操教室後に参加者が希望した習字や手芸を行った。また、農業活動を行うNPO法人の協力を得て農作物の収穫を行い、収穫した白菜を施設に持ち帰り鍋料理で忘年会等を行った。
5)三重県介護老人保健施設いこいの森
近隣の診療所(歯科、眼科、耳鼻科等)、美容院等にチラシ配布と説明を行った他、地域包括支援センターや知人、友人からの紹介で14名の参加があった。17時~19時までという時間での開催であったことや、距離と歩行能力の関係から、送迎を行うこととなった。プログラムは、体操、筋トレの他、健康等に関する講義、地域の伝統工芸である伊勢型紙の制作やクリスマス会を実施。また、軽食をとりながらの会話の時間を設定し独居や家から出られない人等のコミュニケーションの時間を多くとるようにした。
3.効果検証
平成25年度に関しては4箇所のモデル事業であった為、サンプルデータは無い。また、平成27年度、平成28年度に関しては各施設の独自事業の為、効果検証は行っていない。ここでは、平成26年度に実施した事業の効果検証の結果を示す1)。平成26年度に実施した参加者に対して、介護予防サロン利用初回時と終了時に、身体機能・認知機能・社会交流面の評価項目について、測定・聞き取りを行い、事前事後のアセスメントを行った。評価結果の詳述は以下に示すとおりである。参加者180名のなかで、初回時または終了時に測定等ができなかった者があるため、以下に示すサンプル数は異なっている(図1)。
1.介護予防サロンのアセスメントデータからみる効果
1)身体機能の向上
体重、握力、通常歩行速度・歩数、FIM(運動項目)を用いて、初回・終了時のアセスメントを行い、身体機能についての評価を行った。t分布による2群の母平均の差の検定を行ったところ、体重および通常歩行速度、FIM(①清拭(入浴)、②浴槽移乗)においては有意な改善がみられた。
a. 体重に関しては、参加者の58.0%に体重の増加がみられた(図2)。
b. 握力に関しては、参加者の45.7%に握力の向上がみられたが、有意ではなかった(図3)。
c. 通常歩行速度に関しては、参加者の48.0%に歩行速度の上昇がみられ、サロンの利用により歩行速度の有意な改善が見られた(図4)。
d. 通常歩行歩数に関しては、参加者の37.7%に歩行数の減少がみられた(歩幅が広がった)が有意ではなかった(図5)。
e. FIMに関しては、①清拭(入浴)、②浴槽移乗、③階段昇降いずれにおいても、90%近くが維持であった。そのなかで、①清拭(入浴)、②浴槽移乗においては有意に改善していた(図6)。
2)認知機能の向上
認知機能については、NMスケールとFAST stageを用いて評価を行った。
a. NMスケールにおいては、参加者(n=175)の23.9%が改善しており、その他多くは維持(61.1%)できていた(図7)。
b. FAST stageにおいて、参加者(n=175)の大半は維持(85.0%)出来ており、改善(7.8%)が悪化(4.4%)を上回ったが、有意な変化ではなかった(図8)。
3)社会性の向上
社会生活の拡がりの指標であるライフスペースアセスメントを用いて評価を行った。
何らかの改善があった(ライフスペースアセスメント合計点が増加)者は、参加者の36.1%であったが、有意な変化ではなかった(図9)。
2.参加者アンケートからみられる効果
介護予防サロン終了時に、参加者に対するアンケート調査を行った(図10)。
その結果、介護予防サロンに対する満足度については、89.5%が満足していると答え、非常に満足していると答えた者は、約70%であった。また、介護予防サロンの継続意向を聞く問いに対しては、継続希望者が9割を占めた。介護予防サロンの実施頻度の希望は、週1回が最も多く、意欲的な面がうかがえる結果となった。
3.総合評価
介護予防サロンを開催することにより、一部の機能ではあるが、身体機能、認知機能いずれにも改善効果がみられた。また、年齢を重ねるに伴い衰えがみられるなか、機能を維持しているという結果は、介護予防事業としての意義においては、重要な効果と考えられる。
また、意欲向上や社会参加の面については、ライフスペースアセスメントにおける結果からも、参加者の終了時アンケートにおいて継続意向が9割を占めること等から、導入可能性に耐える社会実装効果があったと考えられる。
4.おわりに
介護保険下の介護施設は、大きく介護老人福祉施設(いわゆる特養)、介護老人保健施設、介護医療院の3類型に分けられる。そのいずれにも共通していることは、入所者の90%以上が認知症を合併しているということである。そして各々が特色のある認知症ケアを提供し、認知症の重度化予防に努めている。中でも老健施設では、2004年より認知症に対するリハビリテーションという切り口から、独自の取り組みを開始、2006年からは「認知症短期集中リハビリテーション実施加算」として、介護報酬上の評価もなされた。2013年にはTobaらが2)、また同年筆者も3)、認知症短期集中リハビリテーションの有効性を報告している。
しかし、介護施設に入所している方の殆どが、すでに認知症の診断を受けていることが多い為、介護施設が認知症発症以前のフレイル対策に取り組むことは稀であった。今回本稿にて紹介した全老健の介護予防サロン事業は、報酬上の評価が担保されている訳ではなかったが、地域に開かれた老健、老健の地域貢献活動という観点からも、老健施設が取り組むべき事業と考えている。全国隈無く、中学校区毎に配備されている老健施設において、この事業が広く行われることになれば、認知症予防に大きく貢献するものと思われる。
文献
プロフィール
- 東 憲太郎(ひがし けんたろう)
- 公益社団法人全国老人保健施設協会会長
- 最終学歴
- 1980年 三重大学医学部卒
- 主な職歴
- 1980年 三重大学医学部附属病院胸部外科入局 1989年 有床診療所千里クリニック開業 1991年 医療法人緑の風設立、理事長 1997年 介護老人保健施設いこいの森設立、施設長 2000年 グループホームくつろぎの家開設、居宅介護支援事業所虹開設 2005年 全国老人保健施設協会常務理事 2012年 三重県老人保健施設協会会長、全国老人保健施設協会三重県支部長、全国老人保健施設協会東海・北陸ブロック長、全国老人保健施設協会副会長 2014年 全国老人保健施設協会会長
- その他
- 三重大学医学部非常勤講師、高知大学医学部非常勤講師、厚生労働省社会保障審議会介護給付費分科会委員、厚生労働省社会保障審議会介護保険部会委員、厚生労働省医道審議会専門委員
※筆者の所属・役職は執筆当時のもの