第5章 認知症のケア 10.家族介護の視点から
公開月:2019年10月
認知症介護研究・研修仙台センターセンター長
加藤 伸司
1.家族形態の変化が介護に及ぼす影響
認知症の出現率は加齢と伴って増加するため、超高齢社会を迎えたわが国では、認知症介護の問題は深刻である。現在わが国の認知症の人の半数は在宅で生活していると言われており、在宅で生活する認知症の人は基本的に家族によって介護されているため、在宅支援においては、家族介護者に対するケアも重要な課題である。
日本では、児童のいる世帯が23.3%、65歳以上の高齢者のいる世帯は47.2%となっており、少子高齢化の問題はかなり深刻になってきている。さらに高齢者のいる世帯では、かつて多かった三世代同居世帯は全世帯数の11.0%と激減しており、現在最も多いのは夫婦のみの世帯の32.5%、次いで単身世帯26.4%であり、老夫婦と単独世帯をあわせると半数を超えているのが現状である1)。
高齢になっても元気で生活することは誰でも望むことではあるが、65歳以上の者の要介護者等数は増加しており、要介護又は要支援の認定を受けた人は、2015(平成27)年度末で606.8万人となっている2)。介護が必要になる原因は様々であるが、国民生活基礎調査の結果から、介護が必要になった原因は「認知症」が最も多いことが明らかとなっている1)。
要介護者と家族介護者の関係を見ると、配偶者による介護が4分の1(25.2%)と最も多く、次いで子による介護が21.8%と続く。子の配偶者(嫁)による介護は9.7%であり、かつて介護は嫁の仕事といわれた時代は過去の話となっている。この中でも介護者の約7割は60歳以上の人であり、高齢者同士の介護が目立つ。また介護者は7割が女性であるが、男性介護者の約4割は80歳以上と高齢化が目立つ1)。このような実態を考えると、これからの在宅ケアは老老介護が標準的であり、高齢介護者をどう支えていくかが大きな課題となる。
2.介護負担の問題
認知症のケアでは、認知症の人への身体的なケアが大変になるだけではない。たとえば認知症の人は何度も同じ事をたずねたり、何回も同じ事を言わなければならないなど、家族介護者にとってコミュニケーションの難しさによるストレスが起こってくる。
また認知症の人の身体機能が比較的自立している場合には、身の回りのお世話だけでなく、目が離せないなどの問題も起こってくる。さらに家族が高齢の場合には、自分自身に対する健康不安も起こってくる。認知症の介護にあたる家族の介護負担やストレスは大きく、家族介護者の半数以上にうつ状態が認められるという報告もある3)。このように、認知症という病気は、本人にとっての問題だけではなく、介護する家族にも大きな影響を与えている。
筆者らが行った認知症の家族介護者2,358人に対する調査によると、本人が違和感を感じたり、家族が異変を感じてから診断に至るまでの期間(空白の期間)は平均1年1か月であり、これは同別居の別や、原因疾患による差はない。このような空白の期間は、認知症の当事者にとっても家族介護者にとっても非常に大きな不安を抱える時期ともいえるだろう。また診断後介護サービス利用に至るまでの期間は平均1年4か月であり、診断後に支援が行き届かない場合には、介護する家族にとって大きな負担を感じる時期ともいえる4)。
介護負担には精神的負担や身体的負担、経済的負担など様々なものがある。精神的負担を強く感じる介護者は42.9%であり、身体的負担を強く感じる介護者(25.2%)に比べると多い。また経済的負担を強く感じる介護者も17.4%であり、認知症の人を介護する負担は大きいといえるだろう4)。
寝たきりの高齢者の介護と認知症の人の介護を単純に比較することはできないが、認知症介護には、特有の問題点があることも事実である。その一つは、認知症の人に認知機能障害があることである。具体的には、介護者のいっていることをなかなか理解してくれず、何度も同じことを繰り返さなければならないという問題である。もう一つは、介護に対する精神的なねぎらいが少ないことがあげられる5)。介護の大変さを周囲に理解してもらいにくく、しかも介護を受ける本人からも感謝のことばを期待できないという問題である。そのため、介護する家族は、疲れ果ててしまい、うつ状態になったり、精神的な健康を維持することが難しくなる。在宅介護を支える上で、介護者支援は重要な課題といえるだろう。
3.介護者との続柄による違い
認知症介護の問題は、当事者と介護者の続柄によってさまざまな違いがある6)。夫婦間介護は高齢者同士の介護であることがほとんどであるため、自分がいつまで介護できるのかという将来的不安は強くなる。たとえ子どもがいる場合であっても、子どもには子どもの生活があるという思いから、子どもに頼らず、夫婦だけで介護問題を解決しようとする場合もあるだろう。特に、「二人の問題は二人で解決するから大丈夫」ということを日ごろから子どもに言っている場合、介護負担が増えても子どもに助けて欲しいとなかなか言えなくなってしまう。また他人に介入して欲しくないという思いが強い場合には、サービスを利用することもためらってしまうため、介護負担は益々増えることになる。
1.妻による夫の介護
要介護者の介護に関しては、配偶者による介護が25.2%と最も多く、そのうち妻による介護は6割以上をしめる。妻が夫を介護する場合には、将来的な不安に加えて、夫(男性)を介護する上で体力的な負担は大きい。また夫の男性としてのプライドが介護への抵抗という形を取ることもある。さらに夫がさまざまな事を決定し、それにしたがってきたような生活をしてきた妻の場合には、介護を受けている夫が何かと介護の方法に口を出したり、過剰な要求をすることがあり、精神的負担も大きくなってくる。
2.夫による妻の介護
夫が妻を介護する場合には、お互いが高齢であるという将来的不安は高齢夫婦の介護に共通した問題となる。たとえば家事全般を妻に頼っていた夫の場合には、その役割を担うことになる。したがって家事能力が低い場合には、介護に加えて家事全般をこなすという負担が大きくなる。また、長年仕事をしてきた男性の場合、介護を仕事のようにこなそうとすることがあるが、認知症の介護は計画通り進まないことも多いため、予想しなかった状況が起こると混乱したり、怒りの感情が生まれることもあるだろう。在宅における高齢者虐待の加害者は、息子に次いで夫が2番目に多い7、8)。また、夫婦の問題は自分で解決するという思いの強い人は、介護サービスを利用することに抵抗を感じるかもしれず、自分ひとりで介護問題を抱えてしまうことになる。こうなると身体的・心理的負担は増え、ストレスも増大していくことになる。認知症という病気を受け入れることができない場合には、妻のできなくなったことを責めたり、過剰な要求をする場合があり、介護を受ける妻のストレスも増えていく。妻よりも年上の夫の場合は、自分自身の健康不安もあり、介護の限界が来たときに破綻しやすくなる。
3.娘による親の介護
娘が親を介護する場合、親子として長い年月係わってきたことによる、これまでの親子関係が介護に与えることがある。たとえば、親子であることによる遠慮のなさや、娘が親の面倒をみるのは当たり前という感覚があると、介護を受ける親がわがままを言ったり、介護者である娘の言うことを聞かないこともあるだろう。介護を受ける側は気兼ねがなくても、娘の立場からするとこの遠慮のなさが負担を増大させることになる。かつて自分を養育してくれた親を介護するという役割の逆転がおこり、自分を育ててくれた立派な親、尊敬していた親の介護が必要になることによる戸惑いもあるだろう。特に娘が介護する場合、介護負担感だけではなく、親が病気になったことに対する罪悪感を持ったり、複雑な感情を抱くこともある。さらに父親を介護する場合、異性であるということへの心理的抵抗感も生まれることがある。既婚者の娘の場合には、自分の家庭生活の維持と介護の役割に対する葛藤や、仕事をしている人には、仕事との両立など様々な問題が生まれる。近年問題になっているのは、介護離職であり、この場合には、親の経済に依存し、介護を提供するという共依存の関係が生まれることになる。
4.義理の娘による介護
かつて介護は嫁の仕事といわれた時代があったが、要介護者の介護の場合には、嫁による介護9.7%と少ない。かつては長男家族と同居する割合が高かったが、近年では必ずしも長男と同居するとは限らない。義理の娘が介護を担う場合には、なぜ自分が介護を担うのかという思いから負担感は非常に大きなものとなる。また子供の養育や仕事、家庭生活の維持と介護に対する役割葛藤などが生まれることもある。介護が必要になる以前からの関係性はその後の介護に影響を与え、実の息子である夫が介護を手伝ってくれたり、手伝うことができないとしても介護の大変さに理解を示さないと義理の娘の精神的負担は大きなものとなる。また異性である義理の父を介護する場合に起こる心理的抵抗が見られる場合もある。一方血縁関係がないという意味で適度な距離感をもって接することができる場合もある。
5.息子による介護
息子が親を介護する場合、娘の場合と同様にこれまでの親子関係が介護に与えることになる。親子であることによる遠慮のなさや、息子の介護に過剰な要求をしてくる場合もあるだけではなく、かつて自分を養育してくれた親を介護するという役割の逆転がおこり、自分を育ててくれた立派な親、尊敬していた親の介護が必要になることによる戸惑いもある。認知症という病気をなかなか受け入れられないことも多く、能力が低下していっている親に対して無理な要求をし、それに応えられないと時には暴言を吐いたりすることもあるだろう。夫による介護と同様に、家事能力が低い場合には、介護負担は大きなものとなる。さらに異性である母親の身体的介護に対する抵抗感もある。特に独身の息子が介護にあたる場合に問題になるのは、介護離職である。親の介護をするという使命感から仕事を辞めることになると、経済的基盤を失うことになり、親の財産を頼りにして介護を提供するという共依存の関係が生まれる。共依存になると、介護という役割から抜け出せなくなり、閉塞した生活に陥っていくこととなる。息子による虐待が最も多いという事実は深刻である7、8)。
4.家族介護者による虐待
2006(平成18)年に、高齢者の人権擁護に主眼をおいた「高齢者に対する虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」(以下高齢者虐待防止法)が施行された。国は高齢者虐待防止法が施行された年から、法に基づく実態調査を行ってきた。2006(平成18)年度の最初の調査の時には、相談通報件数が18,390件、虐待判断件数が12,569件であったものが、10年後の2016年(平成28年)には、相談通報件数が27,940件(1.5倍)、虐待判断件数が16,384件(1.3倍)と増加している7、8)。
2018年に起こった高齢者虐待の報告によると、虐待を行った人は息子が40.5%と最も多く、次いで夫の21.5%となっており、虐待者の6割以上が男性ということになる。一方女性による虐待では、娘が17.0%、妻が5.8%、嫁が4.0%となっており、妻や嫁による虐待は非常に少ないのが分かる。また虐待者との同別居関係では、「虐待者とのみ同居」が50.9%と最も多く、「虐待者及び他家族と同居」(36.3%)を合せると、87.2%が虐待者と同居しており、家庭内の虐待の多くは、同居している家族によって行われていることが分かる。家族形態では、「未婚の子と同居」が33.8%ともっとも多く、「子夫婦と同居」(14.4%)、「配偶者と離別・死別等した子と同居」(11.6%)と合わせて、59.8%であり、主として子世代と同居している。また「夫婦のみ世帯」は21.7%を占めている。
高齢者虐待防止法では、虐待を「身体的虐待」、「介護世話の放棄・放任(ネグレクト)」、「心理的虐待」、「性的虐待」、「経済的虐待」の5類型としているが、2018年の報告の中で、虐待種別で最も多いのが、身体的虐待で67.9%であり、次いで心理的虐待(41.3%)、放棄・放任:ネグレクト(19.6%)、経済的虐待(18.1%)、性的虐待(0.6%)の順になっている。虐待を受ける人には、「高齢者の中でも年齢が高いこと」、「女性」、「認知症の症状がある人」という特徴がある7、8)。
5.虐待の発生要因
虐待を受ける人の多くは介護が必要な人たちであり、虐待の問題は介護問題と切り離して考えることは出来ない。国の調査によると、虐待の発生要因としては介護疲れ・ストレスが27.4%と最も多い。虐待する人の障害や疾病(21.3%)、家庭内の経済的問題(14.8%)、被虐待者の認知症の症状(12.7%)、虐待する人の性格の問題(12.6%)、虐待発生までのお互いの人間関係(10.4%)など多彩である7、8)(表1)。
要因 | 割合 |
---|---|
虐待者(養護者)の介護疲れ・介護ストレス | 27.4% |
虐待者(養護者)の障害・疾病 | 21.3% |
経済的困窮(経済的問題) | 14.8% |
被虐待者の認知症の症状 | 12.7% |
虐待者の性格や人格(に基づく言動) | 12.0% |
被虐待者と虐待者の虐待発生までの人間関係 | 10.4% |
虐待者(養護者)の知識や情報の不足 | 8.1% |
虐待者の精神状態が安定していない | 6.6% |
虐待者の飲酒の影響 | 6.3% |
被虐待者の精神障害(疑い含む)、高次脳機能障害、知的障害、認知機能の低下 | 5.2% |
筆者ら行った虐待が起こる可能性(蓋然性)の自覚に関する調査で、介護放棄(ネグレクト)の蓋然性を自覚したことがある人は54.0%であり、その原因は、「排泄介助や失敗」、「仕事や家事との両立」、「暴言や暴力」、「介護の疲弊感」、「いうことをきいてくれない」、「介護者の体調不良」、「補助介護者がいない」、「家族や親せきの理解がない」などがみられた。また心理的虐待の蓋然性の自覚がある人は53.9%であり、その原因には、「同じことを何度もいう」、「言うことを聞かない」、「暴言暴力」などがみられた。さらに身体的虐待の蓋然性の自覚のある人は29.1%であり、その原因は「暴言や反抗的態度」、「言うことを聞かない」、「介護拒否」、「感謝の言葉がない」などがみられた9)。このように虐待が発生しそうになる要因には、介護を受ける側の要因と家族介護者の要因、さらに両者の関係性から起こる要因があることが分かる。
認知症の人の行動・心理症状(BPSD)は、両者の関係性から生じる場合がある。たとえば、認知症の人が介護を困難にさせる行動をとった場合、そのことによって介護者の介護負担は増え、ストレスを感じたりイライラしたりすることとなる。その結果介護者は意識的ではないにしても認知症の人に対して不適切な対応をしてしまうことがある。その不適切な対応は、認知症の人に影響を与え、行動・心理症状をさらに悪化させ、介護負担がさらに大きくなるという悪循環に陥ることになる。適切な環境や適切なケアは行動・心理症状を予防したり抑制したりするが、不適切な環境や不適切なケアは、行動・心理症状を誘発するということを家族が理解する必要がある。特に在宅で生活している認知症の人と介護家族に対しては、認知症の人への支援だけではなく、介護家族に対する支援も重要であり、このことが結果的に認知症の人への支援にもつながることになる10)。
6.家族介護者に対する支援
家族介護者に対する支援は、介護負担の軽減と家族に対する心理的サポート、および家族に対する介護者教育の3つの視点から考えていくことが基本となる。
介護負担軽減のためには、介護保険サービスの利用が有効となる。筆者らが行った調査では、現在利用しているサービスで最も多かったのが「デイサービス」であり、次いで「ショートステイ」、「福祉用具貸与」、「住宅改修」、「福祉用具購入」、「デイケア」の順となっている。またこれまで在宅介護を継続する上で最も助かったサービスとしては「デイサービス」が43.7%と最も多く、次いで「ショートステイ」が27.2%であり、これを合わせると7割を超える。このことから、デイサービスやショートステイといった介護の代替が家族介護者の介護負担を軽減するうえで有効なサービスといえる9)。介護保険サービス利用は、当事者のためだけではなく、家族の介護負担軽減にも非常に有効であるが、サービス利用を嫌う当事者もおり、介護支援専門員と家族、当事者を交えて一緒に考えていくことが重要である。また介護が1人に集中すると介護負担が増えるため、家族による介護の分担や、可能であれば親戚、友人、ボランティアなどを活用して介護の分担を行っていくことも有効である。
家族介護者に対する心理的サポートには、さまざまな方法がある。在宅で介護をする介護者に対して行った調査では、介護の専門職に助言されて役立ったことやうれしかったことがあると回答している人が83.5%おり、助言されて役立ったこととして、「サービスの提案・助言」、「認知症者との接し方」、「排泄介助の助言」、「福祉用具の助言」などがあげられている。このことから介護負担の軽減に向けた支援だけではなく、認知症の人とのコミュニケーション方法や具体的な介護方法、環境の調整など幅広い支援が介護者にとっては役立つものとなる。また専門職から言われて嬉しかった言葉としては、「介護者の体調への気遣い」、「介護者への気遣い」、「サービス利用の提案」、「苦労の評価」の順で多くみられた。このことから、専門職は認知症の人への支援だけではなく、介護者自身を気遣う言葉かけやねぎらいが家族介護者を支える支援として有効な支援といえるだろう9)。また家族会の紹介によるピアサポートグループによる支援や、認知症カフェへの参加の勧めなども効果的である。さらに虐待のリスクが考えられる家族介護者に対しては、サービス利用の提案や介護方法の助言、介護者を気遣う言葉かけ、ピアサポートによる支援だけではなく、カウンセリング的アプローチのようなより専門的な心理的支援が必要となるだろう。
介護家族に対する支援に関しては、直接的な支援だけではなく、家族に認知症という病気に対する知識をもってもらうことや、介護方法の助言・指導、介護を続けていく上での心構えを知ってもらうなどの教育的な視点も必要になってくる。在宅でケアをしていく上で、家族には次の4つの点を理解してもらうことが重要である11)。1つめは、介護者が健康であるということである。家族が病気などで療養が必要になってしまうと、介護力は極端に低くなり、認知症の人と介護する家族は共にケアが必要となってしまい、共倒れになってしまうことになる。2つめは、手伝ってくれる補助的介護者をさがすということである。認知症のケアは一人ではできないものと考え、手伝ってくれる人を見つけることは重要である。それは、親戚や友人、近隣の人だけではなく、訪問系のサービスの利用なども含めて考えていくことが必要となるだろう。3つめは、相談する人や場所があるということである。正しい情報を提供してくれるという意味では、地域のケアマネージャーへの相談も有効となる。さらに愚痴を聞いてくれるような人を見つけておくことも重要といえるだろう。4つめは、サービスを効果的に利用するということである。ケアの負担をなるべく減らし、介護家族自身の健康を考えながらさまざまなサービスを利用していくことが、在宅でのケアを長続きさせるポイントであることを理解してもらうことが重要である(表2)。
介護負担の軽減 | 心理的サポート | 家族介護者教育 |
---|---|---|
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7.地域社会への啓発
平均寿命まで生きると約半数の人が認知症になる可能性があるという点では、認知症は国民的な病気のひとつといえるだろう。こう考えると、一般市民が認知症という病気を正しく理解し、地域で認知症の人と家族介護者を支えていくという視点が重要となる。地域社会への啓発という点では認知症サポーター養成研修の広がりは一般市民の偏見をなくすことに一役買っていることは事実である。しかし、地域で生活する一般市民は、認知症の問題を身近な問題とし考えられない人も多く、偏見を持つ人たちも少なからずいる。認知症の人と家族介護者を地域で支えるという視点は重要であるにもかかわらず、近所に認知症の人が住んでいるのは火事の心配があるから危険だとか、認知症の人のひとり暮らしは心配だから施設入所すべきだなどという地域の人の認識が認知症の人や家族介護者に対する圧力になる場合もある。
また家族介護者が持つ偏見もある。たとえば認知症という病気を受け入れることができず、なぜ分からないのか、なぜできないのかという思いが、認知症の人に対して過剰な要求をすることにつながり、それが認知症の人にストレスを与えることもある。逆に認知症になると何もできなくなると思いこみ、過度に保護しようとする家族介護者もいる。このような家族介護者が、本人ができることに対しても何でもやってしまうことによって、認知症の人の発言の機会を奪うことになり、当事者の能力も奪っていくことになる。さらに認知症の当事者も社会や家族介護者の持つ偏見を受け入れてしまうことがある。このことが認知症になると何もできなくなっていくというあきらめの気持ちや、認知症は人生の終わりだという思いを当事者に抱かせてしまうことにもつながる。
国民的な病気ともいえる認知症は、人ごとではなく、親戚や隣近所の問題であり、我が家の問題、あるいは自分自身の問題でもある。認知症は、当事者にとっても家族介護者にとっても確かに大変な病気ではあるが、周囲の人が認知症の人や、家族介護者の苦悩を理解し、少しでも支援の手を差しのべることができれば、認知症になっても住み慣れた地域で安心して暮らしていけるのではないだろうか。このような社会の実現が今後の大きな課題といえるだろう。
文献
プロフィール
- 加藤 伸司(かとう しんじ)
- 認知症介護研究・研修仙台センター センター長
- 最終学歴
- 1979年 日本大学文理学部心理学科卒
- 主な職歴
- 1982年 聖マリアンナ医科大学病院臨床心理士 1993年 北海道医療大学講師、助教授 2001年 東北福祉大学教授、認知症介護研究・研修仙台センター研究・研修部長 2006年 東北福祉大学総合福祉学部福祉心理学科教授、認知症介護研究・研修仙台センターセンター長 現在に至る
- 専門分野
- 高齢者心理学、認知機能のアセスメント、認知症ケア、家族支援
※筆者の所属・役職は執筆当時のもの