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第4章 認知症の予防 7.MCI、認知的フレイルの視点から

 

公開月:2019年10月

国立長寿医療研究センター 老年学・社会科学研究センター
予防老年学研究部 健康増進研究室 室長
土井 剛彦

1.MCIとは

 Mild cognitive impairment(MCI)とは、通常の加齢よりも認知機能低下が進んだ状態であるとされ、MCIの定義にはいくつか種類があるが、Petersenによる定義が広く用いられている。Petersenの定義によるMCIは、以下の項目を満たすものとされる(図1)1)

MCIの定義
  • 認知機能低下の訴え
  • 正常な認知機能ではない(客観的認知機能の低下)
  • 認知症ではない
  • 基本的な日常生活動作の自立

図1 MCIの定義

 認知機能低下の訴えとは、自覚的な記憶力の低下や主観的な認知機能低下の訴え(subjective cognitive decline)と定義されることが一般的である。さらに、MCIにおける「正常な認知機能ではない」は、認知症ではないが通常の加齢よりも認知機能低下の程度が大きい状態を指し、具体的な定義については報告によって様々である。一般的に用いられているものとしては、年代別の標準値や年齢だけでなく性別や教育歴を加味した標準値より、ある程度の認知機能低下(例えば1.5標準偏差以上の低下)がみられる場合があげられる2)Clinical dementia rating(CDR)を用いた場合では、MCIは0.5相当であるとされている3)

 認知機能検査については、認知症の診断基準をふまえ、記憶だけでなく多領域の認知機能(注意、情報処理、遂行機能、言語機能など)を評価し、その結果から判断することが望ましいとされている。その結果、認知機能低下のみられる項目の種類に応じてさらに分類がなされ、記憶の低下を有する場合は健忘型MCI(amnestic MCI)、記憶以外の項目で低下がみられる場合は非健忘型MCI(non-amnestic MCI)と定義されている(図2)1)

図2:認知機能検査における認知機能低下のみられる項目の種類に応じた分類をあらわす図。
図2 MCIの下位分類(Peterson, 20041)より作図)
MCIの下位分類は、認知機能低下の種類によって行われる。記憶の低下の有無によって健忘型(amnestic)と非健忘型(non-amnestic)に分類され、さらに、認知機能低下が見られる認知機能の種類の数によって分類される。

 MCIの有病率は、調査される地域や対象者の特性や認知機能低下の判断に用いた認知機能検査の種類や数によって潜在的にばらつく可能性を有しているため、Wardらによるシステマティックレビューでは、MCIにおいては3%~42%、健忘型MCIでは0.5%~31.9%と幅広い数字が報告されている2)。我が国におけるMCIの有病率調査として、我々の研究グループが実施した調査(65歳以上の5,104名の地域在住高齢者を対象に実施したコホート研究(National Center for Geriatrics and Gerontology-Study of Geriatric Syndromes:NCGG-SGS))によるとMCIの有病率は18.8%であった4)。他にも、厚生労働省の研究班による2012年の報告では、我が国においてMCIを有する高齢者が約400万人にのぼると推計された5)。他国の同様な調査によると、中国において実施された10,276名を対象にしたコホート調査では20.8%6)、オーストラリアで実施されたThe Sydney Memory and Ageing Study(70歳から90歳までの873名の地域在住高齢者が対象)では、2年間の追跡期間中にMCIの発症した割合は104.6(1000person-year)であったと報告された7)

 MCIは認知症ではないが、加齢よりも大きな認知機能低下を有していることから認知症への移行リスクが大きい反面、ある一定の割合で正常な認知機能に戻る場合があるため、認知症予防を目指した取り組みにおいて非常に重要な対象であると位置づけられている。たとえば、Sydney Memory and Ageing Studyによる縦断研究の結果では、健忘型MCIの単一領域の問題であれば、2年後に認知障害がない状態に回復する率は44.4%であるが、健忘型MCIの多重領域に問題を持っていると10.9%しか回復しないと報告した。非健忘型MCIでも同様に単一領域の問題では31.0%が回復したのに対し、多重領域の問題では5.0%の対象者しか正常の認知機能に戻る者はいなかった7)。さらには、我々の研究グループが実施した研究(NCGG-SGS)では、4年間の追跡調査を実施し4,153名を解析対象とし検討したところ、認知症への移行率は、ベースライン時の状態別に見ると、以下のとおりで(認知機能正常:4.7%、健忘型MCI単一領域:4.5%、非健忘型MCI単一領域:13.1%、健忘型MCI多領域:20.6%、非健忘型MCI多領域:21.6%)MCIの多領域であると移行率が高かった8)。一方で、認知機能正常への移行率については以下のとおりで(健忘型MCI単一領域:38.7%、非健忘型MCI単一領域:57.0%、健忘型MCI多領域:25.7%、非健忘型MCI多領域:20.9%)MCIのなかでも単一領域で高い割合を示した8)。これらの知見は、地域在住高齢者を対象に行った観察研究の結果であることをふまえると、認知症の予防を目指すためには、MCIの状態をできるだけ早期に発見し、改善のための取り組みを積極的に行う必要があることを示唆している。

2.Cognitive frail(認知的フレイル)とは

 認知的フレイル(cognitive frail)とは、広義においては、身体機能の低下と認知機能の低下が併存する状態で近年着目を浴びつつあるハイリスクの一つである9)。身体機能と認知機能の関係性を検討した多くの研究成果を元に、身体機能低下と認知機能低下の併存が新たなリスクとして捉えられてきた。身体機能と認知機能の相互関係についてはコホート研究やneuroimaging studyなど様々な角度から検討がなされてきた。例えば、筋力低下や歩行能力の低下など身体機能低下がみられると、ADや認知症の発症リスクになるという報告がある一方で10-13)、認知機能低下が身体機能低下のリスクとなったとの報告がある14)。さらには、身体機能と脳機能との関係性をMRI、PET、NIRSなどの機器を用いた検討が行われ15)、身体機能低下と脳萎縮15、16)や白質病変との関係性15、16)や、歩行時の脳活性において運動に関連する部位だけでなく前頭葉などの部位が関連することが報告されてきた17、18)。これらのことから身体機能と認知機能は相互に、そして密な関係性を有していると考えられ、両者が低下する場合には認知症の発症や生活機能障害の発生リスクが高く、注意すべきハイリスクだと認識されつつある。

 身体機能の低下と認知機能の低下が併存する状態として、"International Academy of Nutrition and Aging"と"International Association of Gerontology and Geriatrics"によって2013年に提唱された「cognitive frailty(認知的フレイル)」は、身体的フレイルとMCI相当の認知機能低下の両方を有している場合とされた19)。この研究を契機として類似した組み合わせによってcognitive frailtyが定義されるようになった。Sugimotoらによるレビューによると、身体機能低下は身体的フレイルや歩行速度低下が用いられ、認知機能低下としてはMCIと同様に客観的認知機能低下を用いるもの、主観的認知機能低下を用いるもの、CDR0.5を用いるものなど研究によってばらつきがみられた9)。身体的フレイルについては、Friedらによる定義を用いたCHS indexにもとづいたものがほとんどで、5つの構成要素からなる項目(Shrinking: weight loss(体重減少)、Weakness(筋力低下)、Exhaustion(易疲労感)、Slowness(歩行能力低下)、Low activity(活動低下))にもとづいて判断される20)。我が国において最も広く用いられている身体的フレイルの定義としては、CHS indexを改変したJ-CHS indexがあげられ、カットオフ値などが若干異なるものであるが構成要素に違いはなく、CHS indexと同義としての位置づけである。

 認知的フレイルにおける身体機能低下と認知機能低下の組み合わせの多くは身体的フレイルに対し認知機能低下を組み合わせているが、その定義は研究によってかなりばらつきがある。認知機能低下としては、主観的認知機能低下(subjective cognitive decline)やMCIまたはCDRが0.5であることが用いられてきた。認知的フレイルの定義が探索的に検討されてきた背景には、"International Academy of Nutrition and Aging"と"International Association of Gerontology and Geriatrics"によって提唱された定義を用いると有病率が極端に低いことが一因と考えられる。我々の研究グループが実施した研究(NCGG-SGS)では、身体的フレイルとMCIの併存した有病率は2.7%4)、身体的フレイルと客観的認知機能低下により定義された認知的フレイルの有病率は1.2%であった21、22)。他のコホート研究においても、Singapore Longitudinal Ageing Studies(SLAS)において身体的フレイルと客観的認知機能低下の組み合わせの有病率が1.0%という報告や、Italian Longitudinal Study on Aging(ILSA)においては身体的フレイルとMCIの組み合わせの有病率が1.0%であったとの報告など、かなり低い有病率が報告された。近年では、認知機能低下を客観的認知機能低下、身体機能低下について身体的フレイルではなく筋力低下もしくは歩行速度低下を有する場合として、これらの併存状態を認知的フレイルとする定義も用いられるようになってきた23、24、25)。この定義を用いた場合、cognitive frailtyの有病率は、NCGG-SGSにおいては9.8%、Social Environment and Biomarkers of Aging Study(SEABAS)においては8.6%23)と比較的高い有病率であった。

3.認知的フレイルとアウトカム・リスク

 NCGG-SGSにおいて身体的フレイルと客観的認知機能低下を組み合わせた認知的フレイルの関連因子を横断的に検討した報告では、認知的フレイルがInstrumental Activity of Daily Livingの障害と関係していた21)。他にも、横断的検討より生活機能障害との関係性を報告したものがある26)。縦断的に検討した報告によると、認知的フレイルが生活機能障害のリスクとなる報告22、27)、死亡リスクの上昇となる報告28)がなされた。さらには、認知的フレイルが認知機能低下ないし認知症との関連性がありリスクの一つであるとの報告がなされた25、29、30)。NCGG-SGSでは4,570名の高齢者を対象に、約3年間の追跡を行い認知的フレイルと認知症の発症との関連性を検討した25)。認知的フレイルは、客観的認知機能低下と身体機能低下(歩行速度低下もしくは握力低下)の組み合わせとし、正常な者、認知機能低下のみ有する者、身体機能低下のみを有する者、認知的フレイルの者における認知症の発症リスクを比較した。その結果、認知機能低下のみを有する者(hazard ratio[HR]:2.06, 95% confidence interval[95%CI]:1.41-3.02)、認知的フレイルを有する者(HR:3.43, 95%CI:2.37-4.97)はそれぞれ有意に認知症の発症リスクが高かった。一方で、身体機能低下のみを有する者においては(HR:1.13, 95% CI:0.76-1.69)認知症との有意な関連性が認められなかった(図3)。

図3:3年間の追跡による認知的フレイルと認知症の発症との関連性を示す図
図3 認知的フレイルと認知症発症との関連性shimada H, et al., 201830)より作図)

4.MCR(motoric cognitive risk syndrome)とは

 MCRとは、Verghese31)が提唱した概念で、定義としては「主観的認知機能低下の訴え」と「歩行速度の低下」を両方有している状態とされる。つまり、認知的フレイルと同様に、認知機能低下と身体機能低下が併存している状態であるが、認知的フレイルと比較して、より簡便に判定を行うことができる。主観的認知機能低下の訴えの評価については、質問により主観的な回答をえる方法で行われている。MCRに関する多国間の有病率の比較ならびにプール解析を行った研究において、主観的認知機能低下の訴えの評価として用いられた方法として最も多かったのは、Geriatric Depression Scale-15の下位項目である「ほかの人に比べて記憶力が落ちたと感じますか」という項目であった。歩行速度の低下については、各特性やコホートによってばらつきがあるため、MCRの定義において用いられている方法として性・年代別にみた平均値より1.0SD以上の低下が認められた場合を歩行速度低下であると定義されている。これら両方に該当した場合に、MCRであるとされている。

 MCRの有病率は、コホートによってばらつきはあるものの、認知的フレイルよりは高い数値を報告しているものがほとんどである。実際、多国間研究の報告によると9.7%(95% CI:8.2%-11.2%)と報告され、我が国における大規模コホートでは、6.4%(95% CI:5.9%-6.9%)で、加齢とともに有病率の増加が認められた32)。MCRは、認知的フレイルと同様に、認知症に対するリスク評価の一つであると認識されている。各研究において、観察期間や診断方法など各方法についてばらつきはあるが、我が国を含めたいずれのコホートにおいてもMCRであることが将来の認知症発症に対して有意な関連が認められた(図4)31、33)

図4:MCRであることが将来の認知症発症に対して有意な関連が認められることを示す図。
図4 認知症のリスクとしてのMCRVerghese J. et al., 201431)より引用)

 さらに、MCRは認知症だけでなく様々なadverse health outcomeとの関連が報告されており、MCRが転倒34)、新規要介護認定33)や死亡35)の、それぞれのリスクとなると報告され、その臨床的意義が着目されてきた。一方で、MCRにいたってしまうリスクを検討した報告によると、十分なエビデンスがあるとはいいがたいが、脳卒中やパーキンソン病の既往に加え、うつ症候、身体的不活動、肥満などが報告された36)。これらの因子は、認知症のリスク因子と重複しているため37、38、39)、MCRを経て認知症へ移行するケースがある一定の割合でいると考えられる。さらに言えば、これらのリスク因子の中でも修正可能な因子について介入すればMCRないし認知症の予防または発症遅延につながる可能性があり、今後の介入研究による検討を期待したいところである。

 また、認知的フレイルと同様にMCRにおいても、その病理背景を明らかにすることが課題の一つである。歩行速度の低下に対しては、認知症の中でもアルツハイマー病にみられるAβの集積や脳萎縮などの脳機能変化と関連していること40)や白質病変などの血管性病変との関連性41、42)などが影響を及ぼしていることが考えられており、MCRがこれらの疾患や病理的変化に対する応答なのか、もしくは他の要因も組み合わさった複合的な背景を有しているのかについて明らかにしていく必要がある。

5.MCIや認知的フレイルに対する介入

 MCIや認知的フレイルは認知症ではない状態で、認知症の発症リスクが高い反面、正常へと移行することが可能な状態であることは前述のとおりである。そのため、これらの状態にある場合には積極的な介入を行っていく必要があると考えられる。高齢者の認知機能改善のためには、活動の低下が認知症のリスクとなることから、日常生活で行える活動として運動を中心とした身体活動、知的活動、社会的活動に着目が浴びつつある。これらの活動にもとづいたプログラムの介入効果がMCIや認知的フレイルに対してどのような影響を及ぼすのかが重要であるが、認知的フレイルを対象とした介入研究はほとんど実施されていないのが現状である。

 MCIを対象にした知見をみると、身体活動をもとに運動の実施を主とした介入について検討されたものがいくつか報告された。MCIを含む軽度の認知機能低下を有する者に対するシステマティックレビューでは、限られたエビデンスではあるが、メタアナリシスの結果として認知機能の中でも語流暢性課題に対する効果が認められるとした43)。近年では、身体活動と知的活動を組み合わせた介入方法により認知機能の維持改善が期待できる結果が得られた介入研究44)やメタアナリシスが報告された45)。また、Songらのメタアナリシスによると、MCIに対する身体活動や運動を用いた介入では全般的な認知機能に対して有意な効果が認められ、その中でも有酸素運動を用いたプログラムの効果量が大きかったと報告された46)。知的活動を用いた介入では、脳トレのような知的トレーニングを扱うものが多く、これらに対するエビデンスは他の活動による介入よりも豊富で、多くのメタアナリシスによりその効果が認められている47、48、49)。その他にも栄養介入をプログラムに取り入れたプログラムの効果検証も行われてきたが、MCIに対してビタミンEに着目した介入効果はメタアナリシスの結果は有意なものではなかった50)。しかし、認知機能低下を有する者を対象にした大規模効果検証の一つであるFINGER studyでは、運動、知的トレーニングや栄養指導などを組み合わせた複合的なプログラムが認知機能の維持・向上に寄与できる効果が認められた51)。一方で、社会的活動についてはいまだ検討が不十分であるため、明確なエビデンスは得られていない。そのため、日々の活動にもとづいた介入内容については、今後の研究成果を注視していく必要がある。これらのことを考慮するとMCIまたは認知的フレイルに対する介入効果については、認知機能の向上に寄与できる方法がいくつか示唆されつつあるが、未だ不明瞭もあるため、さらなる知見の集積が求められると考えられる。

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プロフィール

写真:土井剛彦先生
土井 剛彦(どい たけひこ)
国立長寿医療研究センター 老年学・社会科学研究センター
予防老年学研究部 健康増進研究室 室長
最終学歴
2012年 国立大学法人神戸大学大学院博士後期課程修了
主な職歴
2010年 国立長寿医療研究センター研究員 2015年 Albert Einstein College of Medicine 外来研究員 2017年 国立長寿医療研究センター老年学・社会科学研究センター予防老年学研究部健康増進研究室室長 現在に至る
専門分野
老年医学、リハビリテーション科学

※筆者の所属・役職は執筆当時のもの

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