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第4章 認知症の予防 6. 社会的交流・知的活動の視点から

 

公開月:2019年10月

東京都健康長寿医療センター研究所
社会参加と地域保健研究チーム研究部長(チームリーダー)
藤原 佳典

1.はじめに

 認知症は患者本人および家族にとって様々な問題を引き起こす。そして認知症患者の増加は患者本人の医療・介護費用というフォーマルなコストに加え、家族の介護離職による経済的負担の増加や離職された企業にとっても労働力の減少などのインフォーマルなコストと合わせて地域社会にとって大きな負担となる。とはいえ、認知症の発症に最も関連しているのは間違いなく加齢であり、誰もが健康であることを目指した結果としての寿命の延伸が認知症の増加に関連している、いわば、「長生き病」と見ることもできる。公衆衛生・医学の発展を是とするならば認知症患者の増加は宿命であり、超高齢社会を迎えているわが国においては長寿を保健・医療の成功の証しとして前向きに捉えたうえで、この状況を乗り越える術を探求する必要がある。

2.非薬理的予防法の重要性

 認知症の治療もしくは発症の抑制には、薬剤によるコントロールが期待されるものの、現状では薬理的アプローチによる対応には限界があると言わざるを得ない。認知症の最大の原因疾患であるアルツハイマー病について、有力な機序仮説であるアミロイド仮説が提案されてから25年が経過している1)。しかしながら、未だ根治に関わる薬剤は開発されておらず、候補となる抗体も限られている。2002年からの10年間で実施された413のアルツハイマー病を対象とした治験について、その99.6%が失敗に終わっていることが報告されている2)。アメリカの大手製薬会社がアルツハイマー病の新薬開発の一部中断を発表したことも記憶に新しい。

 一方では、近年、認知症の原因として、糖尿病をはじめとした生活習慣病の影響が指摘され、そのコントロールが認知症の副次的薬理的アプローチとして実臨床の場面で期待される。しかしながら、根治的な薬理的アプローチが躓く背景には、やはり加齢の影響が大きいためと考えられる。加齢現象と関連しているともいえる症状に対して、薬剤で立ち向かうことがいかに困難であるかは想像に難くない。

 近い将来、認知症に対する根治的な薬理的アプローチが成功することを願ってやまないが、そのような確たる見通しが立たない現状においては非薬理的な方法に注目する必要がある。認知症の発症や認知機能の変化をアウトカムとした研究の蓄積によって、認知症の予防に関与する可能性がある生活習慣や取り組みが提唱されるようになった。これらの非薬理的予防法は、認知症の発症を完全に防ぐという発想のもと行われるものではなく、認知症発症の抑制・遅延を目標としている。高齢になるほど発症の可能性が高まる認知症を完全に防ぐのでは無く、その時点での発症の可能性をなるべく低減させ、いずれ発症するとしてもその年齢を可能な限り先送りすることを目指した取り組みが非薬理的予防法といえる。

3.認知症予防の戦略

 認知症予防にどのように取り組むべきかについては、認知症の診断基準に基づき整理することができる。米国精神医学会が2013年に発行した精神疾患の診断・統計マニュアル第5版(DSM-5)における認知症の診断基準では、認知機能の低下と、それによる自立した生活の障害が認知症診断の要点となっている(表1)。認知機能の低下を抑制するアプローチが求められる一方、認知機能が低下したとしても自立した生活が継続できるような環境を構築するアプローチも重要となる。

表1 DSM-5 による認知症の診断基準
(米国精神医学会(原著),日本精神神経学会(日本語版用語監修).高橋三郎,他(監訳):DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル.医学書院.より転載)
表1:米国精神医学会が発行した精神疾患の診断・統計マニュアルにおけるAからDの4つの認知症診断基準を記載した表

 認知機能低下を抑制するアプローチのうち、非薬理的予防法には様々な方法が想定されるが、認知症発症に関わる危険因子の性質により生理的アプローチと認知的アプローチに分類することができる。生活環境へのアプローチを含め、これら種々の取り組みは図1のようにまとめられる。

図1:認知症予防について危険因子の性質より種々のアプローチの仕方があることを表したフローチャート
図1 現在の認知症予防のアプローチ

 認知症予防におけるいずれの取り組みにおいても、早期の段階に手を打つことが重要となる。認知症の前駆段階として軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment:MCI)が注目されて久しいが、その理由には認知症の早期発見につながるということだけではなく、MCI状態の約3割は健常な状態に戻るということが報告されたことにもある3)。非薬理的予防法においては早期に取り組むことが発症の遅延につながり、生活環境アプローチにおいては早く取り組むほどに自身にとって有益な生活環境の構築について自らが決定できる可能性が高まる。

4.生理的アプローチ

 生理的アプローチでは、脳をはじめとする全身の生理的状態を良好に保つことが目的となる。栄養面ではエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)などの単一の栄養素に着目した取り組みは以前から報告されているが、その有効性については議論が続いている。近年では単一の栄養素の効果よりも、多様な食品摂取が認知機能低下の抑制に寄与することが指摘されている4)。運動面では、有酸素運動による血管新生5)、アミロイドβの減少6)、神経細胞の成長7)などの可能性に関する報告が続いており、継続的な有酸素運動が海馬の容量の増大に寄与することも報告されている8)。また、栄養や運動に限らず飲酒、喫煙、体型も含めた健康的な生活習慣が認知症発症の抑制に関与することも報告されている9)。生理的アプローチとして認知機能低下抑制に有効とされる取り組みは、その機序が完全に明らかになっている訳ではないが、いずれも循環器疾患の予防に関連するものである。これらの知見は、循環器疾患の予防が結果として中枢神経の生理状態を良好に保つことに寄与することを示す重要なものである。

5.認知的アプローチ

 認知的アプローチは中枢神経の働きに着目しており、主に認知的予備力仮説(Cognitive Reserve Hypothesis)に基づいた取り組みとなる。認知的予備力仮説では、認知機能を反映する脳内神経ネットワークは頻繁に使用することによって強固になり、病的な神経ネットワークへの侵襲に備えることができると想定している10)。例えば、教育年数の短さがアルツハイマー病のリスク増加と関与している理由は認知的予備力仮説によって説明される可能性がある。また、人生を通して手紙を書くなどの認知的活動を行う機会が多かった者の方がアルツハイマー病の原因物質とされるアミロイドβの沈着が少ない事も報告されている11)。社会的つながりが豊富なものの方がそうでないものよりも認知症の発症率が低い12)ことも、対人接触によって神経ネットワークが活発に使用されていることで認知的予備力が高まった結果である可能性がある。

 知的活動が認知機能の低下抑制に有効であることは認められつつあるが、知的活動であれば何でも有効であるというわけではない。どのような知的活動が認知機能にとって良い刺激をもたらすかを検討した研究では、音楽鑑賞やパズルなどに取り組むグループと比して、カメラの撮影技術の学習やパソコンによる画像編集技術の学習といった新しい事柄の学習を行ったグループにおいて記憶機能の向上がみられたことを報告している13)。認知機能の働きが向上することで、その後の認知機能低下が遅延することが期待できる。

 認知的アプローチとして良いものを取り上げればきりはないが、我々が実際に行うことで出来る活動には限りがある。認知症予防の要素を取り込んだ活動を日常生活の中にいかに取り込めるかが重要となる。この視点から認知的アプローチのキーポイントは次のように示すことができる。

  1. 豊富な知的活動(認知機能を使用する活動)がある
  2. 知的活動には新しい学習が含まれる
  3. 他者との交流・会話が豊富にある
  4. 知的活動・他者との交流は自分にとって満足・楽しみがある
  5. 長期間に渡って継続することができる(目的意識がある)

1.認知的アプローチの例:絵本の読み聞かせボランティア活動

1)方法

 そこで、認知的アプローチとして新しい学習や社会的つながりが重要であるということに着目し、我々は絵本の読み聞かせ技術の習得を目的とした介入研究を展開している14)

 無作為割り付けによる介入群29人(男2人、女27人、平均年齢73.0歳)、対照群29人(男3人、女26人、平均年齢73.3歳)を対象に事前評価として、参加者全員に一回目の健康調査を実施した。調査結果から、介入群と対照群の間には、年齢や活動能力の偏りがないことを確認した。介入群は1回2時間、週1回の絵本読み聞かせ講座への参加を条件とした。一方、対照群には、通常通りの生活を送ってもらい、待機中の近況報告も兼ね、一般的な健康に関する講座を月1回開催した。介入群の講座修了後(受講開始から3ヶ月後)に事後評価として、二回目の健康調査を実施した。

2)認知機能への効果

 認知機能は複数の領域から成り立っているため、多面的な評価を行った。主要な指標として、言語性の記憶検査を設定した。語想起課題は、日常生活で求められる記憶機能と直結しているため重要な指標となる。絵本の読み聞かせ方法習得による認知機能低下抑制プログラムの検証では、物語の記憶検査を実施した。物語の記憶検査では、いくつかの内容から構成される物語を口頭で読み上げ、それを記憶してもらうように求めた。そして、物語を聞いた直後と、およそ数十分後に物語を思い出してもらい、思い出せた項目の数を得点とした。物語の記憶検査は「いつ」、「どこで」、「だれが」、「なにを」というような互いに関連する内容を整合性に基づいて記憶できているかを評価可能なことから、専門的には論理的記憶と呼ばれている。人間は、相互に無関連な単語を耳で聞いて憶えようとするとその数は平均で5個程度であるが、日常で出会う文章や物語、互いに関連する単語を記憶するときにはそれを遙かに超えて憶えることができる。これは、複雑で大量の情報を頭の中で整理して記憶し、その情報を取り出す時には同じように整理しながら取り出すことが出来るからであり、物語の記憶はこの能力を評価していると考えられる。

 物語の記憶検査の得点について、事前評価と事後評価で比較したところ、対照群の成績には変化がみられなかった一方で、絵本読み聞かせ講座を受講した介入群の得点は、事後評価において向上した。さらに詳細に分析したところ、介入群においては、一度に覚えられる内容の量が増加したわけではなく、一度覚えた内容を長く保っておく能力(保持率)が向上したことがわかった。これは、講座に参加することによって、多くの物語に触れ、物語を記憶するという作業を繰り返す中で、憶えた情報を効率よく保つ能力が向上した、と考えられる。一見すると、講座の内容と密接に関係した効果であるため、介入群の成績が向上して当たり前のように感じる。しかし、その能力は日常生活において必要となる記憶力と類似した機能であると考えられるので、生活に密着した重要な成果であると言える。介入群の後で絵本読み聞かせ講座を受講した対照群でも講座受講の前後における物語の記憶検査の得点を比較したところ、クロスオーバーデザインによる介入群と同様の効果がみられた。

 この検証ではもの忘れに不安のある人が研究対象であったが、その後、もの忘れに不安のない人を募集して絵本読み聞かせ講座を実施した場合でも物語の記憶検査における得点の向上がみられた。さらに最近では、50歳から64歳の比較的若い人を対象とした検証においても同様の効果を確認した。若い人の場合には単純に検査を反復して実施しただけでも検査への慣れから得点が向上する。そのため、絵本読み聞かせ講座の効果を明確にすることが難しいが、それでも保持率においては対照群と介入群で違いがみられ、介入群に向上がみられた。

 また、最初の検証に参加した人に対してプログラム開始から2年後に追跡調査を実施したところ、講座後に向上した物語の記憶検査の得点がそのまま維持されていることも確認した。絵本の読み聞かせ方法習得による認知機能低下抑制プログラムは、現時点で認知機能が健常者にも効果があり、その効果は長期的に継続することが示唆される。認知症予防における認知的アプローチにおいて期待される効果が得られているとも考えられる。

 この研究の重要な点は、絵本の読み聞かせ技術を習得することで世代間交流活動への移行が期待でき、自主活動グループの仲間や、読み聞かせに参加する子ども達との新しい社会的つながりが生まれるところにある。このような社会的つながりは認知機能の低下抑制に好影響であるだけでなく、QOLの向上にも寄与するものと考えられる。

3)REPRINTS研究

 我々は、本介入研究に先行して、その源流として、2003年に高齢者ボランティアが子どもへの絵本読み聞かせを行う世代間交流プロジェクト「Research of Productivity by Intergenerational Sympathy:REPRINTS」を立ち上げて、その活動の支援と共に追跡調査を重ねて、その心身機能への効果を検証してきた15)。調査では、脳構造を調べるためにMRI検査も行ってきた。そこで準実験デザインとして、初回検査時にMRI検査を受けたREPRINTS projects参加者および読み聞かせを行わず健康調査だけに参加する健康モニター(両者ともに自由参加)のうち、6年後にもMRI検査を受けた人を対象に、海馬の萎縮がどの程度進んでいるか調べた16)。その結果、健康モニターでは正常範囲ながら加齢に伴い統計学的に有意な海馬の萎縮が認められたのに対し、REPRINTS projects参加者では、海馬の萎縮が抑制されていることが明らかになった。また、このような6年間の海馬萎縮の程度は認知機能検査の得点変化と強く相関していた、このような6年間の海馬萎縮の程度は認知機能検査の得点変化と強く相関していた。

図2:世代間交流プロジェクト参加者と非参加者との初回時と6年後のMRI検査による脳容量の変化を示したグラフ
図2 REPRINTS projects参加者と健康モニターの海馬容量の変化

 絵本の読み聞かせ活動に含まれる知的活動や子どもとの世代間交流、ボランティア同士の世代内交流、更には、社会参加・社会貢献活動を行うことによって、記憶を中心とした認知機能を司っていると考えられる海馬の萎縮が抑制されることが明らかとなった。認知的アプローチとしての絵本読み聞かせ活動の効果が、神経科学的にも示されたと考えられる。REPRINTS研究は、準実験デザインであるため、その解釈には注意は必要であるが、この結果は、認知的アプローチは脳内神経ネットワークになんらかの影響を与える要因であり、それによって健康な認知機能が保たれていることを示唆するものと言える。

 認知的アプローチにおけるリスク因子の除去という観点からは、メンタルヘルスについても言及する必要がある。うつと認知症は異なるものの、うつは認知症のリスク因子であり、その背景には血管障害に伴う前頭葉系障害や糖質コルチコイドの増加による海馬の萎縮などの神経ネットワークの損傷が想定される17)。うつではなくとも高齢期における日常のストレスと認知機能低下の関連も指摘されており18)、中枢神経の働きを健全に保つという観点からも日頃のストレスマネジメントによるメンタルヘルスの維持・向上が重要となることは自明であろう。

6.生活環境的アプローチ

 デイサービス(以下、DS)の利用が認知症高齢患者の認知機能維持・低下抑制へ及ぼす影響について検証した19)。対象は当センターもの忘れ外来に通院し、同一主治医により2年間の継続観察が可能であった認知症患者35名(DS利用群21名、非利用群14名;内訳は,アルツハイマー型認知症22名、脳血管障害を伴うアルツハイマー型認知症5名、脳血管性認知症8名)である。利用群においては、Montreal Cognitive Assessment(MoCA-J)の得点が2年間維持されたが、非利用群は後半の1年間で有意に低下した。MoCA-Jの下位項目で同様に検討すると、見当識領域において非利用群は、後半の1年間で有意な得点低下を認めた。本研究におけるDSについては、頻度や時間、プログラムの制約は求めていない。ただし、DSプログラムには共通して、見当識を維持しうるような定期的・継続的な要因が包含されるとともに、閉じこもり予防および利用者同士や職員とのコミュニケーションによる間接的な認知機能維持への好影響も示唆された。このように、既に、認知症を発症した高齢者においても、社会的交流は認知症の重症化抑制に寄与する可能性がある。

 認知機能の低下は認知症患者本人の人生に重大な問題をもたらすため、生理的アプローチと認知的アプローチによる予防はともに重要となる。しかし、認知症の予防とは認知機能の低下を先送りすることであり、いくら予防活動に励んでも、いずれは、認知症を発症する者も少なくない。社会的交流は認知機能の低下を抑制する一方で、認知機能が低下するほど、社会参加活動、ひいては社会的交流に消極的になる。そのため、認知機能が明らかに低下した人には、自分から積極的に社会的交流や社会参加を促進することは期待し難い。

 そのため、認知機能の低下後も可能な限り重症化を抑制し、本人が望む生活を継続できる状況を作り出す生活環境アプローチは、認知機能低下を予防するアプローチと同等あるいはそれ以上に重要となる。

 生活環境アプローチに関する取り組みは今後進展するものと思われるが、具体的には認知機能が低下しても、その人にとって快適な生活が継続できるような介護・福祉サービスの利用、居住環境の構築や、財産管理のための成年後見制度の利用などが挙げられる。

文献

プロフィール

著者:藤原佳典
藤原 佳典(ふじわら よしのり)

東京都健康長寿医療センター研究所
社会参加と地域保健研究チーム研究部長(チームリーダー)

最終学歴
2000年 京都大学大学院医学研究科修了(医学博士)
主な職歴
1993年京都大学病院老年科などを経て2011年より現職。
専門分野

世代間交流・多世代共生の地域づくり・ソーシャルキャピタルの視点から高齢者の社会参加と介護予防・認知症予防について実践的研究を進めている。内閣府高齢社会対策の基本的在り方等に関する検討会委員他、多数の自治体の審議会座長を歴任。

※筆者の所属・役職は執筆当時のもの

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