第4章 認知症の予防 3.うつ予防との関わり
公開月:2019年10月
国立長寿医療研究センター病院 精神科部長
服部 英幸
1.はじめに
うつ病あるいはうつ状態は各年代に出現する病態であるが、発症時期によって症状やリスク要因に違いがある。高齢者においては加齢に伴う環境変化、心理的変化に加えて中枢神経系の病的変化が重要なリスクであり、その意味で認知症と共通する点がある。したがって、予防を含めた高齢者のうつへの対応は認知症への有効な対応につながっているといえる。ここでは、高齢者うつの特徴、認知症との関わりおよび予防について、最近注目されているフレイルの観点も交えて考えていく。
2.うつの定義
まず、「うつ」の用語について簡単に説明する。「うつ症状」は抑うつ気分などうつ病にみられる精神症状をさして使用されることが多く、うつ病と必ずしも一致しない。「うつ状態」はあいまいに使われているが、うつ症状がいくつか認められるけれども「うつ病」とまではいえないときに使われることが多いようだ。「うつ病」は気分、喜びの喪失、自責感といった精神症状に加えて、全身倦怠感、体重減少あるいは増加といった身体症状を伴っている。診断基準として繁用されるDSM-5において「うつ病/大うつ病性障害」と記述されている一群が典型的な病像である(表1)。さらにうつ症状、うつ状態、うつ病をすべてふくめて単に「うつ」と表現することもある。ここでは「うつ」を包含的に使うことにする。
3.高齢者うつの特徴
高齢者にみられるうつでは、他の年齢層とは異なる特徴がいくつかある。心理的には、心身機能の低下と孤独の受容ができないままであることと、過去の記憶が重くのしかかり、未来への展望が少なくなるという時間感覚に悩まされることを理解する必要がある1)。特に加齢に伴う心身機能低下、社会的な役割喪失への不安が発症に関わってくる。
身体的機能低下と精神的機能低下が連動している点も重要である。身体疾患を有するとうつになりやすく、うつの患者は身体疾患を高率に合併し治療が困難になる。例えば、脳卒中後片麻痺を生じた症例においてうつ病併発によりリハビリテーションの意欲がなくなり運動能力の回復が遅れることなどがある。うつ単独でも日常生活動作能力の低下、介護困難を呈するが、身体疾患にうつが併発することにより治療効果が減殺される可能性が高くなる。生活習慣病との関連も重要である。高齢者うつ病・うつ状態のリスクとして、喫煙、認知機能、拡張期血圧、Body mass index、高血圧、糖尿病などのvascular factorと関連がある。特に、うつ病と糖尿病の発症には双方向性の関係がある。うつ病において糖尿病の発症リスクは1.6倍に上がり、糖尿病例ではうつ病発症リスクが1.15倍高い2)。
身体疾患や不眠などのために処方をうけている高齢者は多く、多剤併用が大きな問題となっている。それらの薬剤の中には、うつを惹起するリスクのあるものも少なくない(表2)3)。このような症例に対して抗うつ剤、抗不安薬などを安易に投与することは危険である。診療に際しては内服薬の確認を必ず行い、投与中止や切り替えを可能な限り行うようにする。
4.評価と鑑別
高齢者のうつ症状の有無や重症度の評価としてよく用いられるのがGeriatric Depression Scale(GDS)である。30の質問項目に、はい・いいえで答えてもらう自記式検査法であり、うつ状態の有無を判定するスクリーニングとして有用である4)。GDS15において5点以上該当する場合、うつ状態が疑われ、11点以上では重症であると判断する。ただし、GDSが高値であればうつ症状があるとはいえるが、「うつ病」であることを意味するわけではない点は注意すべきである。その他に、うつ症状の重症度の判定にはハミルトンうつ病評価尺度(Hamilton Rating Scale for Depression:HAM-D)、Montgomery Asbergうつ病評価尺度(Montgomery-Asberg Depression Rating Scale:MADRS)が用いられる。
眼前に「元気のない」高齢者が来た場合、明らかな身体疾患が見いだされない症例はしばしば「うつ病」と診断されて、抗うつ薬やベンゾジアゼピン系抗不安薬が安易に処方される。しかしながら、身体疾患が明らかでない「元気のない高齢者」はうつ病・うつ状態以外の場合がある。特に重要なのはアパシーと低活動せん妄である。うつと比較すると、アパシーは無気力、無関心で感情の表出が乏しい。自分の状態について周囲に訴えることは少ない(表3)。アパシーの評価方法としては「意欲の指標」5)などさまざまなものがあるが、うつとの鑑別には岡田らの「やる気スコア」が有用である6)。「元気のない高齢者」の見分け方と対応について図1にまとめた。
うつ状態 | アパシー | |
---|---|---|
基盤にある病態 | 機能性、心因、環境因 | 器質性、慢性脳障害、全身衰弱 |
症状 | 悲哀感、喜びの喪失、精神運動抑制、焦燥感 | 意欲低下、無関心 |
認知症との関連 | 合併することはあるが、典型的症状を示さないことが多い | 認知症・フレイルにともなう精神症状のひとつである |
評価法 | GDS,CES-Dなど | やる気スコア、意欲の指標 |
治療法 | 抗うつ剤、急性期は精神的安静 | 脳賦活剤、作業療法などの非薬物的アプローチ |
5.治療戦略と薬物療法、非薬物療法
高齢者のうつ診療には、精神医学的視点と老年医学的視点を複合することが重要であり、治療においても他の年齢層とは異なる問題点が生じる。精神症状の治療のみに気をとられていると、薬物の影響や慢性化により廃用症候群など高齢者特有の身体機能低下を招きやすい。そのため、当初の精神症状はよくなったのに日常生活動作機能は改善しないという事態が生じやすい。この特徴に則した治療戦略を図2にまとめた。症状、経過から大きく3つの柱がある。急性期、慢性期、生活支援・地域連携である。うつ病の治療に入る前提として、認知症・身体疾患の合併の評価治療を並行しておこなう必要がある。大うつ病の急性期の一般的な治療は精神的安静と抗うつ剤服用が基本であり、これは、高齢者においても変わらない原則である。
薬物療法としては高齢者にとって有害な抗コリン作用、鎮静作用が比較的すくない選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)、セロトニンノルアドレナリン再取り込み阻害剤(SNRI)が第1選択薬となる。薬物の効果が乏しい症例あるいは幻覚妄想を伴う症例では電気痙攣療法が有効なことがある。
うつ病では従来どおりの治療により抑うつ気分が軽快したのちにも意欲が戻ってこない時期がしばらく続くが、高齢者では急性期の安静から引き続いて起こってくる運動機能低下、日常生活動作能力低下といった廃用症候群の予防が極めて重要になってくる。すなわち、急性期における安静中心の治療から賦活を主とする治療へ変換する必要がある。この時期には精神、運動機能維持のための身体リハビリテーションその他の物理療法も効果がある。介護サポートによる生活支援は認知症例と同様に重要である。また慢性期における運動療法が効果的であるが、在宅うつ病患者に対するデイケアがうつに対して効果があることの検証が今後必要となるであろう。
6.うつと認知症
アルツハイマー型認知症(AD)やレビー小体型認知症(DLB)などの認知症とうつは合併することも多く7)、関係は複雑である。ADとうつは病理学的基盤が共通している側面がある(図3)8)。症状的にはうつと認知症との違いはある(表4)9)、しかし一度きりの診察では鑑別が難しい症例が少なくない。一方で、両者の関係を経過の面から考えてみると、次のような類型が想定できる。
うつ | 認知症 | |
---|---|---|
発症 | 週か月単位、何らかの契機 | 緩徐 |
もの忘れの訴え方 | 強調する | 自覚がない、自覚あっても生活に支障ない |
答え方 | 否定的答え(わからない) | 作話、つじつまをあわせる |
思考内容 | 自罰的 | 他罰的 |
失見当 | 軽い割にADL障害強い | ADLの障害と一致 |
記憶障害 | 軽い割にADL障害強い 最近の記憶と昔の記憶に差がない |
ADLの障害と一致 最近の記憶が主体 |
睡眠 | 障害ある | 障害はない |
日内変動 | 夜間や夕刻に悪化 | 変化に乏しい |
持続 | 数時間-数週間 | 永続的 |
気分 | 動揺性 | 変化あり |
1.高齢者うつが認知症とは無関係に発症している場合
認知機能低下を認めず、若年より周期的にうつ病を発症している例や、環境因子が深くかかわっている例ではうつ病である可能性が高いと思われる。ただし、うつ病は認知症発症リスクであり10)、経過をみるなかで認知機能・生活機能低下への配慮は怠らないようにする。
2.認知症発症に先行してうつが出現する
DLBでは認知機能低下や幻視、パーキンソン症候群の出現に前駆してうつ症状が認められ、高齢者のうつ病と診断されて治療を受けている場合がある。レム睡眠関連異常や薬物過敏が見られる場合はDLBを疑ってDATスキャンやMIBG心筋シンチなど、より詳しい検査の実施を考慮する。
3.うつに認知機能低下が併存する
この場合AD、DLBや血管性認知症などで認められる「仮性認知症」との鑑別が求められる。症状や経過に違いがあるが、症例によっては鑑別に苦慮する。その中で手掛かりとすべき特徴的な症状として自分を責める、過小評価する言動が多くみられ点があげられる。これらの症状は時に妄想レベル(微小妄想)に至ることがある。微小妄想には、自分は病気になって治らないと信じ込む「疾病妄想」、貧乏でお金がないと信じ込む「貧困妄想」、自分はとんでもない罪を犯してしまったと信じ込む「罪業妄想」がある。プライマリケアや介護の現場で微小妄想を観察したら、うつを強く疑ってその方向で対応を検討することが望ましいと考える。
4.認知症の診断がついた症例にうつを認める
認知機能低下が進行する中でうつと思われる症状が出現した場合は、うつではなくアパシーの可能性があり、基盤に身体疾患発症による低活動せん妄が潜んでいるかもしれないと考える必要があるだろう。これは認知症が高齢者の疾患であることの特徴であり、常に配慮されなければならない。図1の「元気のない高齢者」の見分け方と対応も参考にしてほしい。
7.高齢者うつ病の予防
高齢になってから発症するうつの予防のための対応は社会、心理、身体的側面のレベルでバランスよく考える(表5)。社会的には孤立を防ぐ地域サポート体制が求められるが、これは認知症の対応と共通している点であり、認知症の予防と同時に展開していくことが望まれる。心理的には高齢化しても自分の趣味などで周囲との人間関係を保ち続けることが重要である。身体的には、運動がメンタルヘルスの維持改善に効果がある。その中でも有酸素運動、レジスタンス(筋力)運動の効果があるとされている11)。また、食生活への配慮が重要であって、糖尿病はうつの大きなリスクであることが知られている他、葉酸などのビタミン不足、トリプトファンなどのアミノ酸不足などがうつと関連しているという12)。また、アルコールの過度の摂取はうつ病への危険因子である点も注意したい。高齢者のうつとの関連で、自殺予防は重要な課題である。高齢者の自殺リスク因子としては、うつ病が重度であること、心気的傾向が強く、時に妄想的であること、アルコール依存症やパニック障害、知機能低下を併発していることが挙げられている13)。そして常に自殺のことを考え、計画していることが明らかであったり、実際に企図したエピソードがあればすぐに専門医に紹介することが望ましい。
表5 高齢者うつ病の予防のために
- 喪失体験が重なりやすいことに対して周囲からの援助体制
- 社会的役割が小さくなっていくことへの対処としてボランティアなどへの誘導体制の確立
- 個々人の趣味を生かす
- 身体面の健康管理と生活習慣病予防(特に糖尿病はうつ病のリスクである)
- アルコールの過度の摂取はうつ病への危険因子
8.フレイルとうつ
フレイル(Frail elderly)は老年内科の重要なテーマとして、急速に注目を集めるようになった。運動能力低下、筋肉量減少、低栄養状態といった身体機能低下の側面が強調されがちだが、精神症状を高率に合併しており、どのように介入すべきかが課題となっている14)。フレイルは「うつ症状」を高頻度に合併する。フレイルの程度とうつの重症度は相関しており、高齢者うつ病例では高頻度にADL低下と運動機能障害が出現し、フレイルになりやすい。うつと認知症以外に、臨床上考慮しておくべき状態は意欲低下(アパシー)と不安、精神的疲労感である(図4)。心身ともに疲労しているように見えるフレイルだが、心理検査を用いた研究では、精神的疲労感に加えて強い不安感を持っていることが示された15)。フレイルは介入によって改善することができる状態であり、精神症状についても積極的な介入が求められる。それが高齢者のうつ予防にもつながっていくはずである。
文献
プロフィール
- 服部 英幸(はっとり ひでゆき)
- 国立長寿医療研究センター病院 精神科部長
- 最終学歴
- 1981年 大阪大学医学部卒
- 主な職歴
- 1981年 大阪大学医学部精神神経科研修医 1982年 大阪警察病院神経科医員 1983年 ベルランド病院神経科医員 1985年 近畿大学医学部第2病理学教室助手 1988年 ベルランド総合病院神経科医長 1993年 美原病院精神科医員 1997年 金沢医科大学老年病科講師 2000年 同・助教授 2003年 国立療養所中部病院精神科医長 2004年 国立長寿医療センター行動心理療法科医長 2010年 独立行政法人国立長寿医療研究センター精神科医長 2011年 同・行動心理療法部長 2013年 同・精神診療部長 2015年 同・精神科部長 現在に至る
- 専門分野
- 老年精神医学
- 取得資格
- 解剖医資格、精神保健指定医、老年精神医学会専門医、老年精神医学会指導医、日本精神神経学会専門医、日本認知症学会専門医
- 所属学会
- 日本精神神経学会、日本認知症学会、日本認知症ケア学会 評議員、日本老年精神医学会 評議員、日本老年医学会 評議員、日本うつ病学会
※筆者の所属・役職は執筆当時のもの