第3章 認知症の診断 4.認知機能検査
公開月:2019年10月
鹿児島大学医学部保健学科理学療法学専攻基礎理学療法学講座 教授
牧迫 飛雄馬
1.認知症の診断と認知機能検査
認知機能の状態を把握するためにさまざまな認知機能検査が用いられており、その検査の特性や適性を理解したうえで、適切に活用することが求められる。表1に米国精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアル第5版(DSM-5)による認知症(major neurocognitive disorder)診断基準を示す1)。この診断基準においては、「日常の活動において、認知欠損が自立を阻害する」という点が非常に重要なポイントと言えよう。このことは、社会生活および日常生活を営む上で必要な認知機能に障害を生じ、自立が困難な状況を意味するものと捉えることができ、請求書の支払や金銭管理、内服薬の管理、家事や公共交通機関の利用といった手段的な日常生活活動動作が認知機能の低下による支援や援助が必要な状況となる。つまり、さまざまな認知機能検査が使用されるが、その検査の成績をもってのみ、認知症の診断に至るということではなく、その認知機能障害の程度が日常生活や社会生活の自立を阻害する状況であるか否かが重要となる。そのため、認知機能検査の成績は、認知機能の低下や障害の程度を把握するためには有用であり、認知症や軽度認知障害(mild cognitive impairment:MCI)の疑いを把握したり、認知症診断の補助的な役割としては、非常に重要な情報となる。
2.代表的な認知機能検査
全般的な認知機能を評価する代表的な検査としては、Mini-Mental State Examination(MMSE)や改訂長谷川式簡易知能評価スケール(revised Hasegawa dementia scale:HDS-R)が国内外での活用頻度が高い。その他に、MCIの疑いを把握することを目的とした(Montreal Cognitive Assessment:MoCA)、日常生活の状態から認知機能を評価する臨床認知症評価尺度(Clinical Dementia Rating:CDR)や地域包括ケアシステムにおける認知症アセスメントシート(DACS-21)など、目的に応じた認知機能の評価ツールが活用される。また、近年では必ずしも専門的な検査技能が要求されなくとも認知機能状態を把握するためのタブレット型PCによる検査の開発や活用も盛んに進められている。これらの検査ツールは、その特性や適応を考慮した活用が望まれる。以下に、いくつかの代表的な認知機能検査について紹介する。
3.改訂長谷川式簡易知能評価スケール(revised Hasegawa dementia scale:HDS-R)
1974年に長谷川和夫らによって長谷川式簡易知能評価スケール(HDS)が作成され、その後に質問項目の再構成と採点基準の見直しがなされ、1991年にHDS-Rとして改訂された2)。HDS-Rは全般的な認知機能の評価指標のひとつとして用いられ、とりわけ日本国内での活用頻度が高い。HDS-Rに含まれる設問は、見当識(日時、場所)、3単語の記銘と遅延再生、計算、数字の逆唱、物品の記銘と即時再生、語想起に関する全9項目であり2)、全て検者の質問に対して口頭で回答できるため、運動機能障害の有無に関わらず、口頭でのコミュニケーションが可能であれば検査が実施できる。各項目の回答内容から採点し、30点満点で総得点を算出する。得点が高いほど認知機能が良好であることを示し、総得点が20点以下である場合は認知症が疑われる2)。
4.Mini-Mental State Examination(MMSE)
MMSEは、1975年にFolsteinらによって開発され3)、全般的な認知機能の評価指標として国際的に最も活用頻度が高い認知機能検査と言えよう。MMSEに含まれる設問は、見当識(日時、場所)、記銘、計算、想起、呼称、復唱、三段階命令、読解、書字、構成に関する全11項目で構成され、検者から指示された課題を遂行したり、質問に答えたりする反応から採点し、30点満点で総得点を算出する(表2)3、4)。HDS-Rと共通の項目も含まれるため、HDS-Rと同時に実施可能な評価表を用いられることもある(図1)5)。得点が高いほど認知機能が良好であることを示す。総得点が23点以下である場合は、認知機能低下または認知症が疑われる6、7)。もしくは、アルツハイマー病の疑いが最も高い基準値を20点以下とする報告もある8)。また、27点以下で軽度の認知機能の低下を疑うこともある9)。
5.臨床認知症評価尺度(CDR)
認知症の重症度を判定するための評価指標のひとつに臨床認知症評価尺度(Clinical Dementia Rating:CDR)がある10)。CDRは1982年にHughesら11)によって報告され、国際的に広く活用されている。CDRでは検査上での認知機能のスコア化に基づく評価ではなく、趣味や社会活動、家事などの日常生活の状態から評価する。下位項目には、記憶、見当識、判断力と問題解決、地域社会活動、家庭生活および趣味・関心、介護状況の6項目が含まれる。本人への問診のほか、家族を中心とした身近な周囲の人からの情報を基に評価する。各項目について、障害なし(=0)、認知症の疑い(=0.5)、軽度(=1)、中等度(=2)、重度(=3)で判定し、それらを総合して重症度を判定する(図2)12)。CDR=0.5を軽度認知障害(MCI)、CDR=1以降を認知症として捉えることが多い。
6.Mini-cog
Mini-cogは、2000年にBorsonらによって報告され、3語の即時再生と遅延再生と時計
描画を組み合わせたスクリーニング検査である13)。なお、3語の即時再生は採点に含めず、遅延再生と時計描写が採点対象となる。3語の遅延再生にそれぞれ1点ずつで3点、時計描写(時計の数字および11時10分を示す針の記入)が正しくできたら2点とし、5点満点で採点する。Mini-cogは2点以下が認知症の疑いで、MMSEと同様の妥当性を有すると報告されている14)
7.Alzheimer's Disease Assessment Scale-cognitive subscale:ADAS-cog
アルツハイマー病の認知機能障害を評価する認知機能下位尺度(ADAS-cog)と精神状態等を評価する非認知機能下位尺度(ADAS-noncog)の2つの下位尺度から構成されている評価として1983年にMohsらによって開発されたが15)、ADAS-cogが独立した認知機能検査として用いられることが多い4)。ADAS-cogでは、単語再生、口頭言語能力、言語の聴覚的理解、自発話における喚語困難、口頭命令に従う、手指及び物品呼称、構成行為、観念運動、見当識、単語再認、テスト教示の再生能力の11項目によって認知機能を評価し、得点の範囲は0~70点である。すべて正解すると0点、すべて不正解であると70点となるため、得点が高いほど認知機能は不良なことを意味する。アルツハイマー病の治験では標準的な検査法として用いられることが多いが、検査には長時間(約40分前後)を要する。
8.日本語版Montreal Cognitive Assessment(MoCA-J)
Nasreddineら16)によって注意機能、視空間認知、記憶、注意、言語、概念的思考、計算、見当識などといった多領域の認知機能を30点満点で評価する指標としてMontreal Cognitive Assessment(MoCA)が報告され、その後に多数の言語で翻訳されており、日本語版Montreal Cognitive Assessment(MoCA-J)も報告されている。MoCA-Jは主として軽度の認知機能低下を評価するツールとして活用されている17、18)。MoCA-Jでは10分程度の個別面接式で認知機能を検査する。MoCA-Jに含まれる内容は、Trail Making、図形模写(立方体)、時計描写、命名、注意(順唱・逆唱・Target Detection・計算)、言語(文の復唱・語想起)、抽象的思考、遅延再生、見当識の8項目からなり、それぞれの正誤を判定して30点満点で採点する17)。教育年数が12年以下の場合には検査終了後に1点を加える。
MoCA-Jは、26点以上を健常範囲とする報告がなされており、25点以下でMCIのスクリーニングに有効であるとされている(感度93%、特異度87%)18)。MoCAによる評価では軽度の認知機能低下をスクリーニングすることが主たる目的となり、MMSEやHDS-Rでは判定が困難であるMCIの検出に適しているとされる。スクリーニングが主となるため、得点の変化による認知機能改善の有無を判断するためにアウトカム指標として用いる際は、慎重に解釈する必要がある。
9.その他の指標
本人の日常の様子を家族や介護者から聴取し、認知機能障害や生活機能障害に関連する行動の変化を評価する尺度として、地域包括ケアシステムにおける認知症アセスメントシート(DACS-21)がある(図4)19)。記憶、見当識、問題解決・判断力のほか、家庭内外のIADLや基本的なADLを含む21項目で構成され、基本的には家族や介護者からの情報を基に評価し、一人暮らしで家族や介護者に質問することができない場合には、本人に日常生活の様子を質問しながら、追加の質問をしたり、様子を観察したりして、本人の状態を評価する。
また、近年ではタッチパネル式やタブレット型のコンピュータによる認知機能検査を可能とするツールが開発されている。これらの共通した利点は、必ずしも専門的な知識や検査技能を有さずとも認知機能の状態を評価することが可能となることであり、より多くの対象者の認知機能の低下や障害のリスクを効率的なスクリーニングをするうえでも有益であろう。浦上・井上らによって開発されたTouch Panel-type Dementia Assessment Scale(TDAS)20)は、ADAS-cogを一部改変してタッチパネル式コンピュータに導入したものであり、自治体などでの予防事業や認知症リスクの早期発見のためのツールとして活用されている。タブレット型PCによる認知機能検査のツールとして、島田・牧迫らはNCGG-FATの信頼性と妥当性を報告しており21)、MCI高齢者に対する介入研究の効果を検証するアウトカム指標としても活用されている22)。NCGG-FATには、記憶、注意、遂行機能、情報処理などの各認知機能領域の検査ツールが含まれ、そのほかに必要性に応じて、ワーキングメモリ、空間認知などの検査が実施可能である。
10.認知機能検査の注意点
HDS-RやMMSEをはじめとした検者の質問や課題に対する応答から認知機能状態を把握する認知機能検査においては、意識、気分、緊張、不安、注意、集中などの精神的な要因の影響を受けるため、検査に対する取り組み方や態度の影響が結果に大きく反映される。これらの影響を考慮したうえで、得られた検査成績を基に判断する必要がある。また、なるべく精神的な要因の影響を最小限にできるような検査環境で実施するように努める必要もある。これらの検査では総得点を基準値と比較するなどして、認知症の疑いを判断することが多いが、これらの検査の成績が低い(不良である)ことで直ちに認知症と判断されるべきではない。これらの検査の総得点はあくまでも認知機能低下や認知症の疑いの有無や程度を判断する参考とし、他の症状の有無や程度と併せて認知症の疑いがあるかないかを判断することが必要であり、より確実な判断をするためには専門医による精査と診断が必要となる。
文献
プロフィール
- 牧迫 飛雄馬(まきざこ ひゅうま)
- 鹿児島大学医学部保健学科理学療法学専攻基礎理学療法学講座 教授
- 最終学歴
- 2009 年 早稲田大学大学院博士後期課程修了(博士(スポーツ科学))
- 主な職歴
- 2001年 国際医療福祉大学病院リハビリテーション科 2003年 板橋リハビリ訪問看護ステーション 2008年 札幌医科大学保健医療学部介護予防人材教育センター特任助教 2010年 独立行政法人国立長寿医療研究センター認知症先進医療開発センター在宅医療・自立支援開発部自立支援システム開発室流動研究員 2011年 日本学術振興会特別研究員PD、国立長寿医療研究センター老年学・社会科学研究センター自立支援開発研究部自立支援システム開発室外来研究員 2013年 Postdoctoral Research Fellow, Aging, Mobility, and Cognitive Neuroscience Laboratory, University of British Columbia 2014年 国立長寿医療研究センター老年学・社会科学研究センター予防老年学研究部健康増進研究室室長 2017年 鹿児島大学医学部保健学科理学療法学専攻教授、国立長寿医療研究センター予防老年学研究部客員研究員、早稲田大学エルダリーヘルス研究所招聘研究員 現在に至る
- 専門分野
- 健康・スポーツ科学、介護予防、地域リハビリテーション、老年学
※筆者の所属・役職は執筆当時のもの